第15話

「理衣は、別の学校に通ってるの?」


 帰る途中の電車の中で、吊革につかまりながら、トオヤは瑠衣に聞いてきた。


「そう。うちの高校よりも偏差値高い私立。単位を取得するのが1番大事で、ほぼ通信制。授業は家のPCで受けられるんだって」


 瑠衣は電車の手すりにつかまり、窓の外から夕焼けを見た。


「理衣は自分で学校を選んだの。あの子の発明みたいに、自分で決めた事を、きちんと最後まで計画的にやり通す事の出来る人だけが、卒業できる高校だと思う」


 瑠衣は、トオヤにおどけながら言った。


「私は、課題やるだけで精一杯だけどね」


 電車の中が混んできた。


 たくさんの人が乗り込んできて、息が出来ないくらいに苦しくなってしまう。


 嫌だな、この、ひどい混雑。


 ドア付近に立っていた瑠衣はふと急に、呼吸が楽になるのを感じた。



 トオヤが両腕をドアについて、瑠衣の前に立っている。


 瑠衣が息をする事が出来るように、自分の腕の力で、人混みから瑠衣を守ってくれている。




 ………!!!




 また、至近距離。





 いいよ、

 大変だから。


 そんな事しないでいいよ、トオヤ。





 と、言いたいけど、言葉を飲み込む。





 トオヤは、顔に唇が触れてしまいそうな距離で、瑠衣の目を見つめて、こう言った。




「瑠衣にしか、出来ない事があると思う」




 …。




 …もう駄目。




 瑠衣は、初めてトオヤと目が合った状態で、真っ赤になってしまった。





 お願いだから、鳴り止んで、心臓。





 その後。


 どうやって家に帰ったのか、


 瑠衣はあまり良く覚えていない。














 木曜日。

 プレゼン計画の授業の最中での出来事。


 安西君は、こう言った。


「出来るだけ時間稼ぎをしよう」


 時間稼ぎという言葉は、無難に事を済ませようとする彼の常套句だ。最近では、瑠衣の中での彼のあだ名は『無難くん』だ。


「時間稼ぎって?どういう事?」

 仙崎さんは、どんな意見にも文句を言わないと気が済まない人格のようだ。


「プレゼンの時間は、最初から決まっている。説明に時間をかけて、質問に一切時間を与えない。そうすれば、面倒な事にはならない」

 安西君は、勝ち誇ったような表情でこう言った。


「あ、それ賛成。ネットて沢山情報収集して、テキトーに考察述べて、サッサと終わらせよ」

 池岡さんが、それに乗る。


「アンケートは、取らないといけないけどね」

 谷崎君は、欠伸をしながら締めくくる。



 瑠衣は、唖然とした。


 これはそんなに簡単に、終わらせてしまっていい テーマじゃない。



「もうちょっと考えてみない?結論とか、今後の展望に繋げて発表しなきゃ」




 仙崎さんはバカにしたように、瑠衣に向かって笑いながら言った。



「いじめの原因は集団心理や、いじめを行う人の家庭環境などによって生じるものです」



 彼女はやれやれといった口調で、こう続けた。


「いじめに終止符を打つことは、我々には出来ない。完全に撲滅することは難しいけれど、事態を少しでも改善することは出来る」


 なおも、彼女は人に物を言わせぬ態度で続ける。


「…とか適当に言って、締めくくればいいんじゃないの?あとは、質問されないように時間稼ぎするだけ」



 瑠衣は思った。



 この人たち、全然考えようとしていない。



 これが、県下1高校の人間が考えることなのだろうか。



 決して目立たない様に。



 矢面に、立たされない様に。



 うまく立ち回って、自分が決して傷つかない様に。



 誰とも衝突しない様に、ただただ無難に。




 日々を安心して過ごす事を、第1として。






 …これでいいの?









「いじめる側も、いじめられる側も、誰かに話をしたいんじゃないかと思う」



 いきなり、トオヤが話し出した。



 それまで、みんなの話をただ、聞いていただけだった彼が。



「いじめの話だけじゃなく、色んな話」




 班の皆がトオヤの発言に注目した。



「情報交換の、場所か」

 谷崎君が、トオヤの言葉を聞いて腕を組んだ。




「身近な友達には相談できない。噂が広がると、後でどんな目に遭うかわからないから」






 トオヤがまた、発言した。


「同年代の、離れた場所にいる人間に相談するのが1番いい」




「結論はそれでいこう。それでまとまる」

 谷崎君は、ノートにサラサラと今トオヤが言った事を書き留めた。




 結局時間が無くなってしまい、トオヤの最後の意見を基に、その内容を結論や考察にする事にして、話し合いは終わってしまった。



 あとは本番で発表するだけ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る