第14話

 翌日の、月曜日。


 クラス中の注目を、瑠衣は集めた。




 滝君と、東條さんと、戌井君をお昼に誘ってOKをもらったので、その流れでトオヤにも声をかけてみたのだ。



「トオヤ、お昼一緒に食べない?」



「うん」



「…」


「…」


「…」



 佐伯さんが久世君を誘った!!!




 しかも呼び捨て!!!




 という、心の叫び声が、聞こえてくる。




 机を並べていた3人も、衝撃を受けたように固まった。


 教室に残っていたクラスメイト達からの注目を浴びている。


 ずっと1人でいたトオヤが、初めて誰かと一緒にいる所を目撃したのだ。驚いて皆がこちらを見るのも無理はない。


 昨日まではお昼休みになると、トオヤは教室を出てどこかに行ってしまっていた。

 今日はその前に声をかけられて、本当に良かった、と瑠衣は思った。


 瑠衣は、3人にトオヤと友達になった経緯を簡単に説明し、トオヤには去年一緒のクラスだった3人を紹介した。



「よろしく」



トオヤは無表情のままだったが、3人にきちんと挨拶した。


「おう」


「よろしく!」


「よ、よろしく」


 最初はぎこちない様子だったが、徐々にトオヤを含む5人での会話は弾むようになってきた。会話上手でコミュ力が高い、滝君と東條さんがいるおかげかも知れない。


 昼食が終わった後は東條さんの提案で、何故か全員でトランプをする事になった。


 カードを回しながら5人の会話がまた弾む。


「プレゼンの授業、金曜日だね」

 瑠衣はハートの10を捨てながら、授業の話題を振った。


「私達の班は、『人生に立ち向かえ!』っていうテーマなの。ポジティブでいる事について、研究するそうよ」


 東條さんは、残り2枚になったカードを見ながら微笑んで答えた。


 瑠衣は、目を輝かせた。

「へえ、面白そう!」


 滝君は自分の5枚残ったカードを睨みながら、プレゼンの内容を思い出した。

「俺達は何だったかな…。『SNSがコミュニケーションに与える影響』みたいな内容だった」


 戌井君は、嬉しそうに最後の一枚を出し終わり、清々しい顔で

「僕達は、『会話の発展法』」

と言った。


「久世君と佐伯さんの班は?」

 東條さんに聞かれると、


「『いじめをなくす事はできるのか』」

 と、トオヤは答えた。


 瑠衣は一枚だけ手元に残ったカードを見つめながら考えた。


 プレゼンでは結論や今後の展望も、まとめなければならない。


 …何故、よりによってトオヤが、このテーマに当たってしまうのだろう。


 動物園で聞いた彼の過去を、急に思い出してしまう。


 東條さんは、呑気な口調で、

「金曜日まで、まだ時間があるから。じっくり考えればいいわね」


 5人でトランプをした楽しい昼休みは、あっという間に過ぎてしまった。





 放課後になると、瑠衣はトオヤにに声をかけられた。


「瑠衣、もう帰る?」


 月曜日は手芸部が無いので、いつもなら1人でどこかへ寄って帰るのだが。


「ううん。今日は図書室に寄って、勉強してから帰る」


 瑠衣は、自分が授業について行けないのを痛切に感じていた。このままでは、行きたい大学に入れるのかどうかすら怪しい。


「じゃ、俺も」


「え?」


「図書室に寄る」







 瑠衣はトオヤと一緒に図書室に寄り、並んで座ってテスト勉強を始めた。


 …数学が、さっぱりわからない。


 もっと前に教わった場所まで遡って、理解するまでやらないと、チンプンカンプンになっていくばかりだ。


「………」


 眉間にシワを寄せて悩んでいると、いきなり耳元で、トオヤが話しかけてきた。


「ここは、この公式を」


 彼は、瑠衣のノートの余白に、サラサラと公式を書き出した。



 ち、ちょっと待って!!!



 彼は、瑠衣が解けなかった部分の続きを、とても綺麗な数学で書いてから、こう言った。



「こうやって代入する」



 超至近距離で、目と目が合う。



「…!!!」



 ち、近過ぎるんですけど!!!



 ひ、久しぶりにフリーズした。

 今まで、全然気にして無かったのに。



 思わず、意識しそうになってしまう。



「あ、ありがと、トオヤ。やっぱり頭いいんだね」



 トオヤは微笑した。



「わからなくなったら、声かけて」




 あれ?




 よく見ると、彼は勉強をしているわけでは無く、何かの本を読んでいるようだった。


 もしかして、ただ図書室に付き合ってくれただけなのかな。



 一緒に帰るために?



 申し訳無さと感謝が沢山入り混じった気持ちになりながら、瑠衣は次の問題に立ち向かった。


 集中して、これを早く終わらせてしまおう。


 一緒に帰るために。




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