コール・ミー!!!

とさまじふ

ハウンド・トゥース

第1話


 佐伯瑠衣は、人と出会うのが大好きだ。


 だから、新しい出会いが多い春が、日本の四季の中で最も好きである。


 四条南高校では、毎年クラス替えが行われるため、2年生になると見たことのない顔ぶれがクラスに揃った。


 今年度は10クラス全部がシャッフルになったため、去年一緒のクラスだった友達はかなりバラバラになってしまい、2年1組で一緒になったのは戌井君、滝君、東條さんの3人だけだった。


 興奮する。


 新しい毎日が、これから始まるんだ。


 瑠衣は人間観察が大好きなので、新しいクラスメイトに注目することが面白くてたまらない。


 この性癖を『変態っぽい』とか、『観察されるなんて居心地悪い』とか非難する人だっているかも知れない。


 だから瑠衣はワクワクを必死で隠し、ニヤニヤしながら4月を過ごすのだ。


 高校2年の春は、一度しかやって来ない。


 この毎日を、1分1秒を、楽しみたい。



 恒例の自己紹介タイムになった。一人一人が皆の様子を探りながら、無難な自己ピーアールを始め出した。


『安斉誠です。バスケ部です。よろしくお願いします』



 瑠衣は思った。

 これでは、安斉君がバスケ部所属だという事しかわからない。


 つまらん。


 もっとこう…彼がどういう食べ物が好きなのか、とか、何フェチなのか、とか、どういう場所にいるのが好き、とか、そういう基本情報が知りたいのだ。


 そんな事を決して言いたくない人も、聞きたくない人も、多いのかも知れないが。


 全員もっと、色々な何かを教えて欲しい。話しかけるきっかけが欲しい。


 1年間一緒にいる中で色々聞ける事が増えるかも知れないが、一人一人と会話できる時間は、驚くほど限られているのだから。


 瑠衣がモヤモヤしているうちに、男子の自己紹介が進んでいく。



 次が、瑠衣の隣に座る男子の番だった。


 立ち上がった彼を見て、瑠衣は両目を見開いた。



 なんつー美形!!!




 その麗しい外見だけでもう、皆の視線は釘付けだ。



 そこには少女マンガに出てくる王子様のような容姿で、さらさらした栗色の少しだけ長い髪が印象的な、長身の美少年が立っていた。



 彼からは、人を拒絶するような、近寄りがたい雰囲気を感じた。



 自己紹介の間中ずっと彼は目を伏せて、自分の机以外何も見ようとしなかったから、そう見えたのかも知れない。


「久世 透矢(くぜ とおや)です。去年まで北海道の札幌市に住んでいて、この春からこの高校に転校して来ました」



 彼は続けた。



「趣味は勉強。部活には入りません」



 淡々とした低めの声で彼がそう言うと、皆は少しだけどよめいた。

趣味は勉強などと言う人は、いなかったからだ。


 しかし彼は飄々とした雰囲気であって、『オレ、勉強できるんだぜー!』といった自己顕示欲が強そうな人とは正反対の人柄に見える。

 人が自分に注目していようといまいと、全く我関せずといった様子である。


 そして彼は、そのまま着席してしまった。



 ???

 何だか、妙に面白い人だ。

 勉強が好きなのだろうか。



 彼と話をしてみたい。

 瑠衣は、そう思った。



 自己紹介の順番が、瑠衣に回って来た。



「佐伯瑠衣です。1年の時は3組にいました。手芸部に所属していて、動物のぬいぐるみを作る事が好きです。どこかくつろげる場所に遊びに行く事と、人と話す事が大好きです。一緒にお茶してくれる友達を募集しています。どうか、よろしくお願いします」



 ウザそうなうるせえヤツ、と思われただろうか。



 まあいい。



 …これでも瑠衣の自分史の中で、最低限の情報しか、発信しなかったのだが。



 最近メジャーデビューしたてのアーティストのファンクラブに昨日入って、そのアーティストの研究に夢中である事とか、作ったぬいぐるみの中では白猫が最も多く、白猫ちゃんへの愛情は他の動物への愛情とは桁違いのモノであり、瑠衣作ぬいぐるみ史上過去最高の50個目を突破した事とか、他の人にとっては心の底からどうでもいい事を、もっと知ってもらいたかった。



 瑠衣は、心の中でまた、呟いた。



 まあいい。


 まだ時間はあるのだから。




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