少々

夏の陽炎

第1話 風向き ー大牙抄録暦5430年

 *萬壽洲ゃ下の花が咲いている。(*幻想の世界の花)

一つ一つの小さな花は丁寧に集合して咲き、小さな個々の花の世界も、大輪の広い宇宙も、わたしの双眸をついて眺めさせてくれる、そんな花だ。

(どうしたっていい。)今日(と名乗る少女)は、乾かした蕗の茎をピラピラと風に靡かせて歩いていた。今日の身長が150cmまで伸びたら道に詰まるのではないかと思うほど細い東方の国の市街地。住人は今日に比べたら大柄。大人の男性は160cmはある、なのにスーッと道を通り抜ける。とても優雅だ。

 今日は少し丸みを帯びたお腹をしていた。(わたしが、女になる頃にはこの丸みもキュッととがらせて柔らかく通行できるようにならないといけないのかな。)と思った。薄くなった蕗を天女から頂いた羽衣のように風に棚引かせて遊ばせて見るけど、蕗の先の手首は今日のものだ。空に落ちないようにと鉛の様に重くて硬い身体を持て余して困っている竜みたいだと思った。

ここは東の中心にある陸の大国。だけれども国内はこじんまりしている。そこが、どこかお洒落でもあった。

 半世紀前から20年にも及ぶ世界的な大戦が終わり、東の大国は控えめに活気を取り戻していた。今日は大国にしばらく住まわしていただき共に一呼吸していた。国民でもないので就職しているわけではなく、本当に休暇中の今日はすることがない。町をぶらぶらと歩いて立ち並んでいる商品を眺めて少し手に取って遊ばせてもらっていた。

今日がどこか記憶喪失気味なのはいつものことだ。この国というのは、今という時間から現実逃避していても、取り戻したい過去に立ち戻っていても、今日に平静を保たせ続けている。

今日に、療養という言葉を宛がうには、無法者に刺激を与えすぎてしまう。今日に呼びつける名前があることで既に狂わんばかりの熱を反乱者の群れに上げさせていた。

その日も今日は、いつものように市街地のはずれの小さな民宿(定員4名様2組まで)から目を覚まして、ザンブンッと洗面器に顔をつけてさっさと拭き上げ、服にブラシをかけてから急いで靴を履いて外に出ていた。そして本日は、京城に一番近い通りまで向かった。今日はいつものように面白く商品の品を見せてもらい、蕗が味付けせずに短く切られてないままに売られているのを見てとてもご機嫌だったようだ。

 「…こんなモノ…。」

 遠くから声が聞こえてきた。

今日は平常通り耳には入れずに、頭の中に商品の様子を記録しているようだった。さすがに空気が濁ってるを通りにいた兵隊は無視できなかった。

 「…ei、今日。」

 兵隊さんは、この国とは異なる言葉を使い短く挨拶したあとに今日の名前を呼んだ。

この国というのは一風変わった国である。多くの外国人を政治的な要職や軍隊として雇用委託している。本来の国民の多くは、控えめに農工業を営み、表向きは商業を営んでいる。

今日はビクリと震えた。まるで目覚めることを禁じられた西方の童話の姫にかけられた呪いと似ていた。“何事もない”という譜面を自らに描き、それに必要な音符と休符をなんとか上手く掬って並べているようだった。

兵隊さんは、今日の持っている長い干物の蕗を、小さなダガーナイフで短く切り、安上がりに仕上げたブリキの容れ物に入れた。その間に他の兵隊たちが小言の犯人を探り手短に職務質問をしていた。次に、兵隊さんは持っていた小さな水筒(の水)を蕗にかけ軽やかに蓋を閉めると今日に渡した。商人さんは、兵隊さんからの貨幣を受け取らずニコリと頬骨をあげ、

 「今日の家から催促するからさ。」

 と、今日に聞こえないように早口に伝えた。

兵隊さんは“蓋を安易に閉めすぎたかな。”とでも言うような表情をして今日に向き直った。蛇よりも細やかな手探りで今日の持つ容れ物の蓋を浮かして蕗を取り直して今日の口に運んだ。そして柔らかく後腐れないキスをした。西方の宗教戦争史の中で大切にしてきた伝統的な口づけ、であった。

 「職務を放棄しない放棄でしょ。」

 今日がこんがらかったことを言った。今日の母国に支配された生き方そのもの言い回しに兵隊さんは少したじろいだ。

 「ゴメンね、好きだヨ。」

 今日は、駆け足に去っていった。兵隊さんは少し驚いた。今日の駆けていく様子は、西方で未出版の内密な童話の絵、そのものの身振り姿で居なくなったからだった。

 「本当にこんな子供がいるのですね。」

 兵隊さんは、ちょうどやって来た京城の主―身を隠した皇帝に―話しかけた。

皇帝は話し足りないという唇をきゅっと抑えて愛想をした。そして兵隊さんの隊列とその場にいた国民に手短に深々とお礼を言うと静かに裏門へと去って行った。


 不穏な空気は清浄できなかった。今日を預かったせいとは言い切れない。明らかに戦争へと発展しそうな治安の悪くなる機運に今日を呼び寄せた。今日にとっては僅かないい思い出になったし、無法者の群れは怒りの矛先を見寄りのなさそうな今日に向ければ良かった。

“西方諸国というのは社交的で人の心に入り込むのが上手だ。”

今日が、東方の大国の子供と戯れる時いつも欠かさず言っていた口癖だ。子供たちは耳を折りたたんで聴いていた。どうも、背筋はピンとしないといけないようだと理解された。


 明くる日、今日の泊まる民宿に昨日出会った兵隊さんが訪ねてきた。確かに自分たちとは異なる人種だと建物の陰に身を潜めて町の子供たちが様子を眺めていた。子供たちは、とにかく抜け目がないように情勢が悪い時には気を引き締めていたから、兵隊という職業の人に声をかけられることはなかった。片付けをしてもし足りない部屋に招くには少し気が動揺していたし、話始めたら終いまで聞いて欲しいものだった。すぐにその場からいなくなる今日とは違っていた。

今日は子供たちの予想通りに少し寝坊をしていて、兵隊さんは少し困った顔をした。極め付きは今日の上手く開かなく重くなった瞼だった。兵隊さんは、触れたか分からないくらいの加減で今日の肩を触り背筋を整えた。今日は態度だけはいつも生意気だったことも子供たちは知っている。手厳しい目は兵隊さんに二度と今日の元へ来ないようにしないか、子供たちは不安がった。子供たちは身に染みて知っている、今日が呪い師の片割れだということも。

 「…padd…le, Moon.…」

 今日の脳裏まで浸食しない優しい音色は、鼻歌を歌っているように聴こえた。

足元がおぼつかない今日の身体を兵隊さんは再度抱き寄せ身体の芯を張るのを手伝った。今日の泊まる部屋の奥のミニキッチンでは、いつのまに入場したのか、若い男性が立っていた。方正な手つきで今日の出した洗い物を片付けて小鍋を汽笛の合図のように持ち、それからサッサと東方の療養飯を作った。兵隊さんは今日をベッドの横にある小さな床の間に座らせてから男性の所へ行き深々と頭を下げた。その男性は西南西の大国の皇帝の血族であった。

 

 「大丈夫と言わなきゃいけないのよ。

  大事な時まで人の手を借りることはできない

の。」

 呻くように唱える今日は、術者だ。

 お皿に上った療養飯を息のつく間も惜しんで食わいつく今日は、獣のようだ。皇太子様の記憶を消し去りたいのか、それが温情なのか知らない。

今日はまだ呟いた。

 「自分の手で支配できなくなるって…。」


 「何を?」

 兵隊さんは皇太子様に示された通りに相槌を打った。

 「こういう始まりを分かつことなのね。」

 兵隊さんは変なことを言う子だと目を瞬くいて広げ直した。

 「心はこの…縫い目のように厚いものなのよ。」

 今日は指先で、民宿屋の経営者が飾っていた国柄を表すぬいぐるみを指した。

 「もし縫い目をほどいてしまったら零れてしまう

大事なものがあったの。」

 もうこれ以上何も言えなくなった今日は、三度、粥皿に口をつけてから手の甲で唇を拭って崩れるように眠りについた。


 一度目の世界大戦は西方のうちに終わった。東方も秘密裏に多額の支援をしていた。

二度目が起こるであろう今回は、東方の陣営も直接的に引っ張られることを嫌というほど闇色の雲が教える。実際に治安の維持はこれ以上できなくなってきた。

生死を賭けた争いがなくては世界が成立しないというのは過ちだ。ただわたし―と彼の国との秩序はお互いに宇宙を編み合い、生の輪を築き合っている。戦争に参加し宇宙倫理観を正当なものとする必要があった。

東方の皇帝は一人自室で茶を飲み、丁寧に紙を調べ上げていた。

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