10 そして少年は復讐者となる

「ほう、アキナが殺されたか……」


 襲撃事件から一夜が明けた朝焼けの中。

 新宿に無数にそびえ立つ高層ビル群のうちのひとつ。

 その屋上でフードを被ったウォーリアが街を見下ろしながら呟いた。


「翠色のクロスディスター、やはり危険と認めざるを得ないな」


 その言葉とは裏腹に口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。

 仲間を殺されたとはいえ彼自身はそれほど危機を感じていない。


 なぜなら殺されたアキナはウォーリアの中でも下位。

 序列で言えば三桁クラスなのである。


 固有能力JOYも戦闘向きではない単なる作り。

 ウォーリアとして必要最低限の戦闘力は持っているがガラクタに頼ってる時点で底が知れている。

 国家に対する忠誠心だけはあるから捨て駒として使ってやったが、結局は何の役にも立たずに死んでしまった。

 しかも最後に企てた無茶な市街地特別作戦行動の後始末で今ごろ役所はおおわらわである。


「まあ、今のところは僕が直々に出るほどの相手でもないかな」


 彼には上位のウォーリアとしての強い自負がある。

 その序列は四十二番の二桁戦士だ。


 内地の治安維持部隊や、平和地域の人狩りのような雑用役とは全く違う。

 単騎で軍隊レベルとは言わないが、狩るべき敵はもう少し箔がつく相手の方が好ましい。


 とは言え一応ウォーリア殺しの重罪人になったあのジェイドという奴には常に監視の目を行き渡らせる必要がある。


「翠色のクロスディスタージェイド。お前はもう二度とこの街でぐっすり眠れる夜は来ないよ」


 RACとかいう危機管理能力があるとはいえ索敵専門のJOYがあれば捕捉は容易。

 敵の位置は常に把握しつつ適当に自分より序列の低いウォーリアを呼び寄せてぶつけてやろう。


 そんなことを考えながらフードを被ったウォーリアはディスタージェイドの位置を探って――


「あれ?」


 どうにもおかしいことに気付く。

 彼が持つJOYは≪死門の鎖ターゲッティング≫と言う。

 一度『鎖付け』した相手の現在位置を手元の電子地図上に記し、半径一〇キロ以内なら即座にその付近に瞬間移動できるという便利なものだ。


 さらに一キロ以内に近づけばあらゆる投擲武器を正確に当てるという効果もある。

 狙撃手としても非常に優秀な、まさしく上位ウォーリアにはふさわしい能力だ。


 ところが、以前にこっそりと鎖付けしておいたジェイドの反応がおかしい。

 何故か現在自分がいる地点と同座標を指しているのだ。

 これは鎖付けが成功していない時に見られる反応と同じである。


「鎖付けを外して逃げられたか? 面倒だな……」


 彼の≪死門の鎖ターゲッティング≫の鎖付けを外すには術者から一〇〇キロ以上離れる必要がある。

 友人たちを殺されたショックで動けないと思って放っておいたが、まさか昨日のうちに関東圏から脱出するほど遠くへ移動したのか。


「ちっ、余計な手間をかけさせるなよ」


 痛恨のミスであるが挽回できないことはない。

 悪態をつきながら重い腰を上げようとする彼の頭を何かが抑えた。


「お前、ウォーリアだな?」


 女の声。

 高く可愛らしいが抑揚がない。

 感情を強く抑えているような、そんな声色だった。


 フードのウォーリアは戦慄した。

 馬鹿な、そんなはずはないだろ。

 なんでお前がここにいるんだよ。


「答えろよ。ウォーリアなんだろ?」


 彼は頭を掴んだ手によって強制的に反対側を向かせられる。


 ふわりと拡がる翠色の髪。

 翡翠色、黄緑色、緑がかった白の三色のワンピースドレス。

 膨らんだ胸の辺りに大きなリボンと、風になびく両袖とスカートのフリル。


 そこに立っていたのは紛れもなく彼のターゲット。

 翠色のクロスディスター、ディスタージェイド。


「ウォーリアは一人残らず殺す。お前もオレに殺されて死ね」

「う、うわあああっ!」


 残念ながら彼の能力は接近戦ではほぼ役に立たない。

 任せに頭を掴んだ手を振り解こうとするが、まるでビクともしない。


 ディスタージェイドはそっと彼の腹に拳を当てた。


「やめ、やめろ! やめっ――」

「うるせえ」


 拳から放たれた翠色の高エネルギーが、本社のウォーリアの腹に巨大な風穴を開けた。




   ※


 RACを逆手にとって見つけた付近のウォーリアを抹殺。

 胸から上だけになった敵の遺骸を放り投げて翠は長い髪を風に靡かせる。

 その姿を隣のビルの給水塔の上から眺めながら人間体になった褐色の少女リシアは独りごちた。


「本当に申し訳なく思っているよ。どんなに言い訳したところでアタシが巻き込んだせいでアンタは大切な人たちを失った。アタシがアンタの平穏な生活を壊したんだ」


 その瞳は深い悔恨の情を湛えていた。

 唇からは贖罪の言葉が滔々と呟かれる。


「詫び代わりにもならないだろうけど、クロスディスターの力はアンタにくれてやる。恨みを晴らすのもすべてメチャクチャにするもアンタの自由だ。アンタはアタシを恨んでいないと言ったが、気が変わって殺したくなったらいつでも来いよ……じゃあな」


 深い悲しみの果てに復讐者となってしまった少年から目を背け、リシアは一人ビルの中に消えていった。

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