10 この一撃で! 必殺・クロスシュート!
黒いボンテージファッションのウォーリア・アキナが突っ込んでくる。
ロケットのようなその突撃も翠には……ディスタージェイドには止まって見える。
アキナは直前で動きを変えた。
真横に回り込んで死角から拳を打ってくる。
そんなフェイントもジェイドは動きを見てから十分に対処できる。
「オラッ!」
拳に対して正面から拳を打ち込み返す純粋な力の勝負。
激突の瞬間はさすがに少し抵抗があったが、振り抜いた拳はアキナの体を容易く吹き飛ばす。
「ぎゃっ!」
アキナというウォーリアは人間離れした超人だ。
しかし今、自分が振るっているのはそれを凌駕するとんでもないパワー。
力が溢れるだけじゃない、五感すべてが研ぎ澄まされて敵の動きが手に取るようにわかる。
ヒラヒラの衣装も不思議と動きを阻害しない。
「おの、おのれ、おのれェ!」
怒りに任せて突っ込んでくるアキナ。
その右手は先ほどのカウンターで完全に折れている。
ジェイドはステップからの飛び蹴りで無謀に迫る敵を吹き飛ばした。
「ぐえっ!」
「かーっ……」
ほんの少しだけ良心が痛んだ。
凶悪なウォーリアとはいえ相手は女である。
これだけ力の差があっては弱いモノいじめになってしまう。
「なにやってんだよ、早くトドメを刺せ!」
リシアが叫ぶ。
「うーん……」
ジェイドは少し考えた。
そもそもコイツは自分を殺すつもりだった。
なら別に同情なんてする必要はないんじゃないか?
というか、この空間からの脱出の仕方がわからない。
ここはいっちょ全力でぶっ放してみるか。
「それじゃ、行くぜ!」
ジェイドは腰を深く沈めて拳を引いた。
今の自分に何が起こっているのかはよくわからない。
けれど、どうすればいいかは知っている。
この力の正しい使い方も。
さっき変身した時に自然に口から決めゼリフが出てきたように。
翠がジェイドになった瞬間からその技は頭の中にあった。
「クロォォォスッ!」
右拳にエネルギーが溜まっていく。
空間すべてを振るわせるような地響きが巻き起こる。
まるで時限爆弾がこの手の中で音を立てているような緊張感だ。
なのに、少しも怖くない。
この力を完璧に操れるという自信がある。
アキナは未だに一〇メートルほど向こうで倒れたまま。
「シュートッ!」
突き出した拳から翠色のエネルギーが放出される。
それはまるでビーム砲のような力の本流。
「う、うわっ!」
倒れているアキナの頭上を通り越して反対側の壁をぶち破る。
風穴のあいた灰色の空間は歪みを発生させ瞬く間に視界すべてに亀裂が走る。
パキィィィン!
ガラスが割れるような激しい音と共に灰色の空間は崩れ落ちた。
三人を閉じ込めていた空間の檻が消失し周囲は元の住宅街の景色を取り戻す。
「よっしゃ!」
ジェイドはガッツポーズを取った。
攻撃は外れたけど脱出は成功だ。
「くっ……」
片膝をつきながら緩慢な動作でアキナが立ち上がる。
その目は怒りに燃えていたが、どう見ても体に力が入っていない。
「お、まだやるかい?」
「ちっ」
アキナは舌打ちをし、直前までの動きが嘘のように俊敏な動作で跳躍、近くの屋根の上に逃げた。
「許せねえ……ディスタージェイド! その名前、覚えておくぞ!」
三流悪役丸出しの捨て台詞と共にボンテージファッションの女は闇に消えた。
※
「ふぅ……」
一息ついたジェイドはなんとなく右斜め上を見上げた。
そこにあるのは道路のカーブミラー。
夜の暗闇の中でも視力を強化された目にはハッキリと見える。
そこに映っていた自分の姿は明らかに自分ではなかった。
長くふわっとしたやたら量の多い薄緑色のもこもこ髪。
ナチュラルメイクを施したように綺麗に整えられた女性的な容貌。
三段階の翠色で構築された服装はまるでドレス……というよりコスプレ衣装のよう。
「なんなんだよこれ、まるっきり変態じゃねえか……」
幸いなのは元から中性的な顔をしているので『女装した男』には見えないことだろうか。
よく見れば胸も増量されている気がする。
下がどうなってるのか確かめてみたかったが勇気は出なかった。
「大丈夫、普通にかわいい女の子にしか見えないから」
肩に猫のリシアが跳び乗ってくる。
この姿はあの腕輪の影響なのか。
「おいこら猫。こうなるって知ってたならなんで先に言わねえ」
「いや、アタシにとっても予想外なんだよ。まあ結果オーライってことで」
「よくねえ! っていうか、これ元に戻れるんだろうな?」
「たぶんね」
「たぶんってお前……」
ジェイドは自分の姿を改めて見て戦慄した。
もしずっとこの姿のままだったらシャレにならない。
服は着替えれば良いけど、女になっちまったなんて友だちや親にどう説明すれば良いんだ。
「というわけで、おめでとう。これからよろしくね」
「は?」
「めでたくクロスディスターの適正を得たわけだし、これからは正義のヒーローとしてアタシと一緒に戦ってもらうよ」
「マジか」
信じられない状況に戸惑う反面、アニメや特撮の中の出来事が現実に起こっているという事実に図らずも胸が熱くってしまう。
それに、あの強敵をあっさりと撃退したとんでもないパワーを使えるのはものすごく気持ちよかった。
正義のヒーローか、悪くないな……
「これからは大変になるよ。なにせ相手は国家だし。おっと、その前に他の適合者を探さなくっちゃ。さすがにひとりで戦うのは心許ないしね」
前向きになっていた翠だが、リシアのとんでもない言葉に思考が中断される。
数秒の空白の後、顔を引きつらせながら喋る猫に問いかける。
「おい待て、国と戦うってどういうことだ。敵は悪の組織とかじゃないのか?」
「言葉通りの意味。どっちにせよあのウォーリアを生かして逃がした以上、また襲ってくるのは間違いないからね。これまで通り平穏な暮らしができるとは思うなよ」
「うっ」
確かに、あれだけ一方的にボコボコにして終わりとは行かないだろう。
あのボンテージ女が仕返しに来るのは目に見えている。
「悪の国家を相手に戦うダークヒーロー! 格好いいと思わない?」
「思わねえよ! いや、正直言えばちょっと思ったけど。っていうか疑問なんだがなんで変身すると女になるんだ?」
「機会があればそいつを作った変人じいさんに聞いてみな。クリスタ共和国に行く用があればだけど」
「だからそのクリスタって国はどこにあるんだよ」
もしかして、とんでもないことに巻き込まれてしまったんじゃないだろうか。
「とりあえずアンタに必要なのは正しい知識だね。まずはいい加減な教育でねじ曲がった認識を改めなきゃ。帰ったらしっかり現実の社会情勢を教えてあげるよ」
「うるせーっ! 誰かこれは夢だと言ってくれーっ!」
翠の叫び声が夜の住宅街に響いたが、彼の望む答えを与えてくれる者は誰もいなかった。
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