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えっと、これは……?
あまりにも信じられない状況に思考が一瞬停止する。
こちらを見上げる黄色い瞳を見返して、翠は目の前の現実を声高に叫んだ。
「猫が喋ったーっ!?」
「ぎゃーっ! 大声出すなーっ!」
猫が飛びかかってくる。
間違いない、聞き違いなんかじゃない。
喋ったどころかハッキリとこちらの言葉に反応している。
反射的にひらりと横に飛んで猫の突撃をかわした翠は、妖怪を見るような目で全身の毛を逆立てた茶色い猫に向き直る。
「な、ななな……」
これはあれか、化け猫とかいうやつか。
今すぐ走って逃げるべきと思う反面、謎の生物に対する興味がわいてくる。
翠は身構えつつ距離をとった。
深呼吸をして気分を落ち着けてから会話を試みることにした。
「お前、何者だよ……?」
「ち、面倒なことになったぜ。いや、待てよ? オマエこの道はよく通るのか?」
喋る猫はこちらの問いかけには答えず一方的に質問をぶつけてくる。
言葉遣いは乱暴だが、その声はやはり若い女の子のものであった。
とりあえず言葉が通じるのは間違いない。
まずは相手の話に付き合うことにした。
「ああ、近くに住んでるからな。今朝と夕方だけでも二回通ってるよ」
「この辺りで金色のリングを見なかったか? 真ん中に緑色の宝石が入ってるやつ」
「……あ」
今朝の通学中に拾った腕輪のことだ。
「知ってるんだな!?」
「いや、知ってるっていうか」
実は今も上着ポケットの中に入っている。
親に見つかると何を言われるかわからないので、万が一を考えて持ち歩くことにしたのだ。
改めて気付いたが、この猫は今朝見かけたのと同じ猫である。
なるほどあの時に腕輪を落としたんだろう。
しかしなんで猫の妖怪があんな高級そうな腕輪を持っているんだ?
「持ってるならよこせ。あれは一般人が扱うには危険なものなんだよ」
「いや、危険って言われても……ただの腕輪だろ?」
それなりの場所に持って行けば高値で売れそうな腕輪である。
せっかく拾ったのに、なんだって化け猫に渡さなきゃいけないのか。
「その前にこっちの質問に答えろって。お前はなんなんだ? なんで猫が喋ってるんだよ」
「こんな姿をしてるけどアタシは猫じゃない、人間だ」
ますます意味がわからない。
どっからどう見ても猫じゃないか。
「詳しい事情は話せないけど、
「犯罪者なのか?」
「この国の法律に照らし合わせればそうかもね」
こいつは思った以上に関わっちゃヤバそうである。
人間が猫になってるってだけなら不思議なこともあるんだなで済ませられるが、犯罪者と関係を持つのはゴメンだ。
ってことはあの腕輪もやっぱりヤバいモノのなのか?
翠は悩んだ。
この猫の発言を信じるべきかどうかの判断がつかない。
そもそもが喋る猫って時点で怪しさ大爆発なわけだし、素直に渡すべきだろうか?
いや、もしあれが本物の高価な宝石なら千載一遇のチャンスを逃すことになる。
とりあえず会話を続けてから判断をしようと思った。
「お前、名前はなんて言うんだ?」
翠の質問に猫は目を細めて疑わしげな顔を見せる。
不思議と人間っぽい表情に見えることからもただの猫じゃないのがよくわかる。
「リシアだ」
少しの間を置いて猫は短く答えた。
「どっから来たんだ? やっぱり猫の国とか?」
「そんなメルヘンな国があるなら言ってみたいわ。アタシは人間だって言ってんでしょ。生まれはずーっと東のクリスタ共和国よ」
「クリスタ共和国? どこだそれ」
「は? 知らないの?」
無知をバカにされたような気がしてムッとしたが、いくら考えてもそんな名前の国は知らない。
そもそもこの
ここより東には海しか存在しないはずだ。
「まさか……いや、あり得るな。この国はとことんまで歪んでるな」
よくわからないが猫は何かひとりでブツブツ呟きながら考え始めてしまった。
自分の国を知られていないのがショックだったのだろうか。
まあきっとマイナーな小国なんだろう。
この隙に逃げられないだろうかと翠はちらりと背後の様子を確認した。
が、猫のリシアは逃がさないぞとばかりに肩に跳び乗ってきた。
肩に爪が食い込む。
「痛え!」
「黙って逃げようとするんじゃない。とにかくCDリングを持ってるならはやく出しなさい」
「だから、そのなんとかリングが一体何だってんだよ!」
「アンタはSHIP能力者じゃないでしょ? 適正のないやつが持ってるとマジで危ないんだって。つべこべ言わずにさっさと出しなさい」
SHIP能力者?
よく意味がわからない。
とりあえず自称犯罪者の喋る猫を信じろと言っても説得力がないだろと突っ込みたい。
「これはアンタのためでもあるんだぞ。間違いに気付いてからじゃ遅……」
「ん、どうした?」
猫のリシアは急に黙り込むと目を見開いて視線を上に向ける。
何があるのかと思ってそちらを見ようとした瞬間、
「おいおいおお、こいつは運が良い! 面倒くせえ方があっさり見つかっちまったじゃねえか!」
また別の声が聞こえてきた。
近くの民家の屋根の上に人が立っている。
どうやら女のようだが、やけに露出度の高い黒いボンテージファッションである。
喋る猫以上に怪しい人物である。
次々と起こる意味不明な状況に翠の頭はパンクしそうだった。
「こんな夜中に一体なんなんだよマジで!」
「……しまった、アタシとしたことが、気配の探知を疎かにするなんて」
翠の肩から飛び降りた猫のリシアは一目散に駆けだした。
そのまま道路脇の排水溝に入り込もうとするが、
「逃がさねえよ!」
辺りの景色がぐにゃりと変形する。
視界の端に現れた灰色の壁が周囲を取り囲む
住宅街は消失し、学校の教室より少し広い程度の空間が発生。
その中に翠と猫のリシア、そしてボンテージ姿の女だけが取り残された。
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