第五話

1

「始めて会ったときならあなたのことが好きでした! 私と付き合ってください!」


 可愛らしい声を力の限り振り絞って、少女が愛を告白する。

 返事を聞くのを怖がるように頭を下げたままの表情は見えない。


「あー……」


 あきらは自分の胸の高さ辺りにある少女の頭を見つめながら悩んでいた。


 告白への答えは決まっている。

 ただ、なんて言うのが正しいのかわからない。


 少女は下を向いたまま動かない。

 結局、いくら考えても良い答えなんて見つかるはずがなかった。

 翠は覚悟を決めて正直な気持ちを告げることにする。


「ごめん、悪いけどあんたとは付き合えない」


 少女が顔を上げる。

 予想通り、いやそれ以上にとても傷ついた顔をしていた。


「そ、そう。ごめんね。その、ごめっ、うっ、うううっ……」


 少女の瞳からぽろぽろと涙が零れる。

 すごい罪悪感。


「わああああんっ」


 そのまま少女は泣きながら走り去ってしまった。


 十メートルほど走ったところで用具小屋の影から複数の女子生徒が現れて少女を囲んだ。

 どうやらフラれて泣きじゃくる少女をみんなで慰めているようだ。


 何人かが恨めしげな目つきでこっちを見る。

 もしかしたら悪口でも言われているのかもしれない。

 できれば自分のいないところでやって欲しいが、告白を断った負い目もあるので、翠は黙ってその場を立ち去ることにした。


 そして反対側の校舎の角に来た所で、こちらも三人の男子生徒が現れて同じように囲まれる。


「みたよ、みたよ、みたよーっ! 翠が女の子をフッちゃったの見たよー!」

「すっぱり断っちゃったなあ。もったいない」

「女の子を泣かせるような男は最悪だと思うよ」

「お前ら……」


 左から順番に頼太、楓真、冷二郎。

 好き勝手に言ってくれる友人たちに白い目を向けながら、とりあえず彼らを押しやって校舎の角を曲がる。

 さすがにあの子の視界に入る場所にいつまでも留まりたくはない。


「これで何人目だ? 翠に告白して玉砕した女の子は」


 楓真が聞いてくる。

 翠は少し間を置いてから答えた。


「……五人」

「うっはぁーっ!」


 奇声を上げる頼太。

 コイツはいちいち声が大きい。

 頼太は翠を睨みつけ、口元で拳を握りしめながら憎しみを込めた目で睨んでくる。


「とんでもない、とんでもない女の敵だよこの野郎! どんだけ理想が高いんだ!?」

「っていうかあんな可愛い子に告白されてなんで付き合わないの?」

「もしかして翠ってホモ?」

「ちげーよ馬鹿ども」


 ウザいことこの上ない。

 こいつらにはどう見えてるか知らないが、こっちだって心苦しいんだからな。


「嫌いじゃないならとりあえず付き合ってみれば良いじゃない。付き合って初めて見えてくる相手の良さもあるものだよ」


 人をホモ呼ばわりした冷二郎が今度は別角度から攻めてくる。


「おぉーっ、さすが彼女持ちは言うことが違うね。さっさと爆発しろこのリア充どもめ」


 頼太はからかいの対象になる恋愛話には全力で食いつくが、実際にカップルになった奴には敵意を剥き出しにするという、ある意味わかりやすい奴である。

 冷二郎は友人の敵意を気にすることもなく翠の方を見てニコニコと微笑んでいた。

 どうやら自分の意見に対する答えを待っているらしい。


「……女と付き合うとか、よくわかんねーんだよ。なんか面倒くさそーだしさ」

「あはははは。死ね」


 辛らつな言葉を吐く頼太の目は笑っていなかった。

 その隣では楓真が首をかしげている。


「っていうか、冷二郎はともかく翠がなんでモテるんだ? 俺らとスペックそんな変わらねーだろ」

「やっぱりお節介だからじゃない? よく委員会で困ってる女の子の仕事とか手伝ってるでしょ。それで気があると勘違いさせちゃうんだよ。フラグの立て逃げってやつ」

「マジかよ最低だな翠」

「でしょ。死ぬべきだよね」

「それかやっぱり男が好きなのかも知れないね」

「お前ら……」


 言いたい放題の友人たちをそろそろ殴ろうかと考えた辺りで、頼太が唐突に話題を変えるようなことを言う。


「あ、でもさすがの翠もアイツには敵わないだろうな」

「アイツ?」

「ほらアイツ。D組の……っと、噂をすれば」


 尋ねる楓真の肩越しに頼太は指をさした。

 後ろからシャラシャラシャラ……と、砂をふるいにかけるような音が聞こえてくる。


 翠が振り返ると、小型のスクーターに乗った男子生徒と目が合った。

 それはすれ違った一瞬のことで、彼はあっという間に四人の横を通り過ぎて行ってしまう。


「ああ、なんつったっけ。先月の初めにD組に編入したって言う転校生」

「たしか転入してからの一ヶ月で八人の女子に告白されたらしいよ」

「それマジで!?」

「マジマジ。頭も良くて運動神経も抜群、しかも無口キャラですごいイケメンじゃん? 告白した女子の全員が玉砕だって」

「っかー。世の中にはイヤミなやつがいっぱいいやがるなー」

「不公平だよね。帰り道で事故れば良いのに」


 僻み丸出しの頼太と楓真の会話を聞き流しながら、翠は校門の向こうへ消えていくスクーターの後ろ姿を見ながら思わず呟いた。


「……カッケーな」


 その瞬間、波が引くように三人が翠から距離を取る。


「聞いた? 聞きました楓真くん」

「ああ。この耳で確かに」

「やっぱり、翠くんは男が好きで……」

「違えよ馬鹿共! スクーターだよ、スクーター!」


 翠がカッコイイと言ったのは、あの転校生が乗っているスクーターのことである。

 確かにあの男子生徒はイケメンだと思うが、断じてあいつのことを言ったわけではない。


「あれ、うちの学校ってバイク通学オッケーだっけ」

「っていうかそもそも中学生が免許とれるのか?」

「普通は十六歳からだけど、特別な事情があれば特例免許が取得できるはずだよ」

「へー、そうなんだ」


 冷二郎の説明に納得する他二人。

 話題が逸れたチャンスを見計らって翠は三人から離れた。


「悪ぃけどオレ、先に帰るわ」

「え、待てよ部活は?」

「バイトあるからパス! じゃーな!」


 呼び止めた楓真に答えて一方的に手を振って駆け出す翠。

 その背中に頼太の恨み籠もった声が投げかけられる。


「一人くらい女の子紹介しろ、ばかーっ!」

「また今度なー!」

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