7 任務

 旧市街地から長江を東に降る。

 巨大な中州に新市街の中心である一番街がある。


 清華風城砦を模した市役所を取り囲むように五、六階立てのビルが建ち並ぶ一角。

 そこに今回のターゲットである四僉工業公司の本社はあった。


 四僉工業公司は成都地方軍お抱えの兵器製造企業だ。

 西方の対オリエンタル同盟戦線の兵站を支える清華民国内で最も重要な軍需会社の一つである。


 今回、彼らは重大な条約違反を犯している可能性が指摘された。


「ちっ。大人しく機関銃と旧式の大砲だけ作ってりゃいいものを……」


 現場近くに来てもキルスの怒りは収まっていない。

 さっきから何度も繰り返し不満を愚痴っていた。


 ミサイル、戦車、潜水艦、そして航空機の類いはすべて条約で製造が禁止されているが、塹壕戦で硬直した戦局を打破できるこれらの兵器を黙って製造しようとする企業は三連合ともに後を絶たない。


 それを見つけ出して罰を下すのもウォーリアの仕事である。

 紅武凰国の誇り高き調停者として直ちに任務を遂行する。


 四僉工業公司の本社は五階建てのビルであった。

 瑠那の感覚では大企業の本社としてはそれほど大きくないように見える。


 だが紅武凰国の基準で比べるのがそもそもの間違いだと気づく。

 他国は歴史的に見ればまだようやく蒸気機関が生まれた程度の工業水準である。

 これだけの建物を煉瓦の積み重ねで作っているのだからその技術には逆に感心すべきだろう。


「突入は任せる。無茶はするなよ」

「わかってるよ!」


 カミュはビルの外で待機。

 キルスと瑠那が中に乗り込む作戦になった。

 カミュに念を押されたキルスは苛立ちを隠しもせず怒鳴り声を返した。


 実はキルスが怒っている理由はもう一つある。

 最初は殲滅戦の予定だったのが、秘密工廠の場所が判明していないため、まずは本社に乗り込んで情報収集をしろと追加命令が下されたからだ。

 内部事情を知っている人間を捉えて吐かせるという面倒な任務である。


「ちっ、さっさと行くぜ!」


 ちなみにキルスもカミュも普段とは違って黒いスーツに身を包んでいる。

 髪も一時的に黒く染めて顔を隠すようなサングラスをかけていた。

 この辺りはアジア系の人種でないバレるとすぐ警戒される。


 窮屈な格好もキルスの怒りを加速させているのは間違いない。

 共に行動する身としては胃が痛くなるような状況だが、ともあれ作戦は遂行しなければならない。

 スーツ姿でも幼さを隠しきれていない瑠那は俯きがちで黙っったままキルスの後に従った。


 緑色の制服を着た警備員がビルの入口に立っている。

 キルスが支給されたパスを見せるとあっさり通してくれた。


 個人照会すらしないのは危機管理意識が甘すぎると言うべきだろう。

 もっとも軍需産業の本社に堂々と入り込む不審者などそういるものではないか。


 建物の中ではスーツ姿の人間がせわしげに動き回っていた。

 キルスは入ってすぐの場所で立ち止まり壁にある建物の見取り図を眺めている。


「おい役立たず」

「え……あ、はい」


 坊ちゃんから役立たずに格下げされた。

 不満はあるが面と向かって文句を言える立場でもない。

 作戦中にこれ以上の怒りを買うのは嫌なので素直に返事をする。


「お前、四階の事務室を占拠してこい」

「は……」

「さすがに非戦闘民の拘束くらいできるよな?」


 できないなどと言ったら殺されかねない迫力である。

 瑠那は頷くしかなかった。


「わ、わかりました。先輩はどうするんですか?」

「いいからてめえは黙って言われたことだけやれ」


 胸倉を掴み上げられた。

 周りのホワイトカラーたちが不審そうな目でこちらを眺めている。

 ざわつく雰囲気にもキルスはお構いなしなので、瑠那は咳き込み「わかりました」と答えた。


「占拠したらしばらく待機してろ。後で迎えに行ってやるからよ」


 瑠那が突き飛ばされて会話は終了した。

 キルスは受付の女になにやら話しかけている。


 先輩が何を考えているのか推察する権利はない。

 言われた通りに四階の事務室へ向かった。

 当然、エレベーターなどというものは存在しないのでホール脇の階段を昇っていく。


 軍需会社の本社を三人で占拠しろという命令。

 一見すると狂気の沙汰に思えるが、ウォーリアなら無茶でもない。

 少なくとも護身用のピストル程度じゃ先輩たちはもちろん瑠那にも傷一つ付けられないだろう。

 あとはどんな風にやるかが問題だ。


 四階に着いた。

 この階は廊下で区切られずにひとつの大きなフロアがあるだけ。

 そこでは無数に机が並び、スーツ姿の事務員たちがそれぞれの仕事に没頭していた。


 瑠那が立ち入っても誰も視線を向けない。

 みな自分の仕事に忙しいようだ。

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