6 偽善
瑠那はそのまま表通りに出て、先ほどの商店で大量の食材と調理道具を買い込んだ。
リュウが盗んだ缶詰はこっそり棚に戻す。
店主は窃盗があったことすら気付いていないようだ。
まあ、これだけ売り上げに貢献すれば許してもらえるだろう。
リュウたちが住んでいる地域は十七街区と呼ばれる朽ちた旧市街の中にある一角である。
崩れかけたコンクリート建築がいくつも折り重なっている危険地域だ。
しかし、かなり多くの人が住んでいるようである。
リュウたちのねぐらは一階部分に今は営業していない飲食店の看板がある殺風景なビルだった。
中に入ると店舗の面影はなく、いくつか小分けされた何もない部屋があるだけ。
その中の一室が彼らの『家』である。
水道もなければまともな調度品もない。
瑠那も基本的なサバイバル知識は学んでいる。
まずは即席のかまどを組み立てて火を熾してやった。
野菜を切り、肉を炒め、調味料で味付ける。
あっという間に栄養たっぷりの野菜炒めの完成である。
それを大きな空き缶をくりぬいて作った皿に盛って三人に振る舞う。
「どうぞ、召し上がれ」
料理が置かれるなりスプーンで食べ物を口の中にかき込む少年少女たち。
マナーも何も知らない子どもたちの食事を見ていると瑠那はなぜか悲しい気持ちになった。
「おかわりもあるよ。デザートもあるからね」
出来合いの杏仁豆腐を皿に開けてフルーツを盛りつける。
二人の少女は初めて見るらしい真っ白なデザートに目を輝かせた。
「おいしいです。おいしいです」
「おなかいっぱいです。ありがとう、ありがとう、おにいさん」
本当に幸せそうな顔でデザートを食べる少女たち。
それを横目に瑠那はリュウの隣に座った。
「リュウ」
「何?」
手に五〇〇円玉をたっぷり詰め込んだ袋を握らせる。
「兄ちゃん、これ……」
「小分けにして隠しておいて。今度は盗まれないようにね」
食材を買い込んだ時にわかった。
この辺りの物価ならこれだけあれば一年は暮らせるだろう。
また不届き者に襲われても、バラバラに隠しておけばすべて盗られることはないはずだ。
「どうしてこんなに良くしてくれるの? オイラは道案内しただけなのに……」
不安そうな顔で見上げるリュウの瞳に胸が痛む。
自分たちが戦争を長引かせているから。
君たちのお父さんを奪ったのはぼくたちかもしれないから。
……とは言えない。
「袖振り合うも多生の縁、ってね」
「え?」
「日本のことわざだよ」
結局、子どもには難しい言葉で煙に巻いた。
自分はいつからこんなずるい人間になったんだろう?
まあ瑠那もまだ十三歳で、大人とはとても言えない年齢なのだが。
「ごめん、もう行かなくちゃ。元気で妹たちと仲良くね」
「うん、ありがとう。本当にありがとう」
自分たちのやっていることを考えれば罪滅ぼしにもならないかもしれない。
それでも、これがたとえ罪悪感を紛らわすための偽善だとしても……
「またね、おにいさん!」
「またあおうね!」
去り際に手を振ってくれた子どもたちの笑顔が見れたことで、瑠那はほんの少しだけ救われたような気がした。
※
リュウたちに食事を振る舞っていたせいで命令された時間を大幅に過ぎてしまった。
小言の一つも覚悟して駅に戻った瑠那を待ち受けていたのは予想よりも強烈な叱責であった。
「遅えんだよぉ!」
「がはっ!」
遅くなりましたの一言を発する暇すらなかった。
戻るなりキルスの強烈なパンチが瑠那の腹にめり込んだ。
地面に膝をついて蹲り、咳き込みながら頭上から降り注ぐ怒声を聞く。
「たかが宿の予約に何時間かかってんだよバカ野郎が! てめえはガキの使いすら満足にできねえのか!? 言い訳があるなら聞いてやるから言ってみろや!」
「も、申し訳ありません……」
事情を説明して万が一にもリュウたちに怒りの矛先が向いてはいけない。
背中に浴びせられる蹴りと怒号に瑠那は黙って耐えた。
「ちっ、役立たずがよ! とんだお荷物のお守りを押しつけられたもんだぜ!」
「そこまでにしておけキルス。作戦前に使い物にならなくなったらどうする」
カミュの制止でようやく蹴りが止む。
青い女戦士は瑠那の腕を掴んで強引に立ち上がらせた。
「新しい命令が入った」
「え……」
「すぐに目標地点へ向かう。実戦になるから覚悟しろ」
キルスがここまで怒っている理由がわかった。
瑠那が時間通りに戻ってきていれば風呂に入る時間くらいはあっただろう。
ところが待っている間に次の命令が下され、貴重な休憩時間を自分のせいでふいにしたのだ。
「役立たず扱いされるのが嫌ならせめて仕事で挽回してみせろ」
「は、はい」
キルスに尻を蹴られて瑠那は走り出す。
新たな任務を受けた三人のウォーリアは重慶の町へと繰り出した。
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