4 移民
ようやく汽車が重慶に到着する。
さすがのウォーリアたちも長時間の乗車で疲弊している。
車両から降りた瞬間は足下がふらついた。
「なあ、これからすぐに作戦開始とか言わないよな?」
キルスがやつれた顔で相棒に問いかける。
途中で無駄な体力を使ってしまった彼女の疲弊は戦線から帰ってきた時よりも深刻だった。
「指令書にはできる限り速やかにと書いてある。今日中に終わらせろと言っていないな」
「そりゃ良かった。とりあえず今日くらいは温かいベッドで寝たいし、できれば風呂にも入りたい」
「それに関しては同感だ。作戦の開始は明日からでいいだろう。泊まる場所の確保も必要だしな」
「小間使いとはいえ俺らもお国のために働く兵士だよな? 寝台車か、せめて宿泊施設くらいは手配してもらえねえのかよ」
「この作戦が終わったら待遇改善を掛け合ってみるか」
態度の差こそあれ先輩たちも不満が溜まっているようだ。
そんな彼女たちを刺激しないよう黙って後ろを歩いていた瑠那だが、
「おい坊ちゃん。お前、町に行って宿泊所を手配してこい」
振り返ったキルスからそんな命令を受けた。
「日本人が経営してて風呂がある所な。二時間以内に行って戻ってこい」
「え……」
「返事はどうした!」
「は、はい!」
仮にも軍事活動を行う集団である以上、先輩の命令は絶対である。
宿の手配を瑠那に一任した先輩たちは近くのベンチに座り込んでしまった。
瑠那は仕方なく一人で重慶の町へと繰り出した。
※
紅武凰国は同盟国である日本に対して露骨な内政干渉を行っている。
本土では軍行動及び自衛のための銃火器の持ち込みすら禁止させるよう法律を改正させた。
日本国内は江戸時代さながらの技術水準にまで後退しており、同時に多くの元日本人が東亜連合構成各国へと移り住んでいる。
特にアジア大戦とE3ハザードで大きな被害を受けた清華民国は復興の名目から多くの移民を受け入れていた。
ここ重慶もそんな町の一つである。
アジア大戦の際に旧市街はほとんどが破壊されて廃墟となっている。
その後しばらく人の住まない地域となっていたが、近年になって旧市街から離れた場所に新しく都市が形成され始めている。
新市街は建物の雰囲気こそ清国風であるが移民が多いため日本語の看板が目立っている。
町を行けば聞こえてくる雑踏の半分以上は日本語だった。
「ほんと、人使い荒いなあ……」
瑠那は先輩の要求に応えるための宿泊施設を探して異国の町を歩き回った。
女性的な容姿のこの少年は元々紅武凰国の二等国民だった。
父親は現役ウォーリアだが彼自身は一般人として暮らしていた普通の少年。
将来は官僚を目指して勉強し、十二歳までには大学レベルの教育課程も修了した秀才でもあった。
ところが進路選択時にウォーリアの素質ありと見出されてから彼の生活は一変。
ほぼ強制的に兵士養成学校に入れられ、戦闘員としての訓練を受けることになってしまう。
半年ほど国内で訓練を積んだ後、ウォーリアの力の根源であるNDリングを渡され、強制的に海外任務に従事することになった。
そこで先輩として指導を受けるよう言われたのが先ほどのキルスとカミュである。
「ボクはウォーリアになんてなりたくなかったのに……」
人波を避けながら左手首の金色の腕輪を眺める。
この『NDリング』はかつてDリングと呼ばれていた装備の改良品である。
強力な防御力を持つ見えない防御膜に加え、身体能力や腕力までも超人的に高めてくれる。
加えて、素質がある者は『
旧時代のDリング、SHIP能力、ジョイストーンのすべての性質を併せ持った超人化兵器だ。
もちろんこれを装備するためには特殊な才能が必要である。
素質のない者が身につければ、その莫大なエネルギーに耐えきれず死んでしまうだろう。
ウォーリアの資質がある人間は官僚よりも貴重であり、外人だろうと他にやりたいことがある若者だろうと遊ばせておくことなどできないのである。
一度身につけたNDリングは決して外せない。
本人の意志に関わらず瑠那の運命はすでに決まってしまった。
「はぁ……」
望まぬ生活と、これからも続く暗澹とした未来にため息を吐いた、その時。
「あっ」
「わっ……」
人とぶつかってしまった。
完全によそ見をしていた自分のせいである。
瑠那は軽い衝撃を受けたが、当たった少年は目の前で尻餅をついてしまう。
「ご、ごめん。大丈夫?」
「いてて……うん、大丈夫」
瑠那は慌てて手を差し伸べた。
ぶつかった相手は短髪の色白な少年である。
十歳くらいだろうか、握った手は随分と痩せていた。
強く握れば折れてしまいそうな腕。
満足な栄養をとれていないことがわかる。
「ボクの不注意だったよ。怪我はない?」
子ども相手とはいえ初対面の人間相手には丁寧に対応する。
ウォーリアという責任ある立場ならばなおそうすべきだと瑠那は思っている。
「大丈夫だよ。こっちこそよそ見しててゴメン」
お尻を払いながら少年が立ち上がる。
着ている服も随分とみすぼらしい。
「ひょっとして、内地の人?」
少年が上目遣いに恐る恐る訪ねてくる。
流暢な日本語に内地という呼称。
どうやら日本からの移民者のようだ。
瑠那は返事に困った。
厳密には彼らの言う内地、すなわち日本列島に住む日本人ではないからだ。
しかし自分が紅武凰国の人間と知れたら不信感を持たれる原因にもなりかねない。
ウォーリアとしての任務中であることを考えた瑠那は嘘を吐くことにした。
「うん。友人と一緒に旅行中なんだ」
「へえ……こんな町にわざわざ?」
「清国の文化と風習に興味があってね。そうだ、近くに泊まれる施設があるか知らない?」
闇雲に歩くよりも現地の人に聞いた方が早い。
子どもが地理に詳しいかどうかはわからないがダメ元で尋ねてみる。
「裕福層向けの宿泊施設なら二番街のあたりに集まってるよ。よかったら案内してやるよ」
「え、いいの?」
「オイラもそっちに用があるからさ」
「ありがとう。じゃあ、お願いしようかな」
これは助かった。
少年は人なつっこい笑顔を見せて瑠那の手を引っ張る。
来た道がわからなくならないよう周りの景色を眺めながら少年と並んで歩いた。
「そういや姉ちゃん、名前は?」
「ね……?」
こちらを見上げながら少年が言う。
どうやら女性と間違われているようである。
「ボクは瑠那。えっと、一応男なんだけど……」
「えっ」
中性的な容姿にコンプレックスがあるが子ども相手に怒るわけにもいかない。
遠慮がちに訂正すると少年は視線を逸らして気まずそうに謝った。
「ご、ごめん、あんまり綺麗だから女の人かと思った」
「あ、ありがとう?」
綺麗と言われて嬉しくはないが、少年が気に病まないよう一応礼を言っておいた。
しかし、髪も短くしてるしズボンも穿いているのに女性と間違われるとは。
ウォーリアに立派な体格は求められないとはいえ、仮にも戦闘職に就く者としてはショックである。
「オイラはリュウ。親父が日本からの移民でさ、生まれた時からずっとこの町で暮らしてるんだ」
「そうなんだ。ここでの生活はどう?」
「この街も嫌いじゃないけど、いつかは内地に行ってみたいな。きっと楽園みたいな所なんだろうなあ」
「う……」
早い段階で大陸に移民した者たちは本土の日本人たちが自分たちよりもさらに前時代的な生活を送っていることを知らない。
首都である京の都を除けば人口が三万人を超える町はひとつもなく、蒸気機関の類いも存在しないのが今の日本だ。
彼ら移民者がイメージしているのは紅武凰国の二等国民以上の暮らしだろう。
しかし残念ながらそこはもう日本ではない。
「そうだね、いつか行けるといいね」
「うん」
だからと言って子どもの夢を壊すつもりもない。
瑠那は優しい笑顔を浮かべながら、また嘘を吐いた。
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