3 連合
西暦二〇三〇年、第二次エネルギー革命を引き起こした超物質『EEBC』が暴走。
この不可解な事件によって地球上からすべての産業電気エネルギーが強制的に消失した。
電気エネルギーに依存しきっていた人類は未曾有のエネルギー不足に陥る。
世界各地で飢饉と暴動が起こり、世界人口は二一世紀初頭の八分の一にまで激減した。
世に言うE3ハザード(electric energy extinction hazard)である。
人類の文明レベルを二世紀ほど逆行させたこの事件による急激な変化は国家の統廃合を導いた。
結果、地球は五つの大連合と無数の小国乱立地域にはっきりと分かれることになった。
ここユーラシア大陸では三つの連合国家が終わることのない争いを繰り広げている。
日本と清国を中心に東アジア全土に影響力を持つ東亜連合。
旧ロシアから東欧地域にまで勢力圏を広げているユーラシア連邦。
そして中東とアフリカ北部の各国が緩やかに連合したオリエンタル同盟。
この三地域は理由も定かではない戦争を延々と続けており、戦線は一進一退、収束のめどは西暦二〇四四年現在もまったく立っていない。
「次の指令が入りました、三○三戦士部隊は至急重慶へ向かってください」
あと一時間ほどで清華民国の首都である南京に到着する所だった。
急に列車が止まったと思ったら、乗り込んできたブシーズ兵から次の指示を受ける。
キルスは露骨に嫌そうな顔をした。
「はぁぁ!? いまロシア戦線から帰ってきたばっかりだぞ!」
「本国からの指令です」
慇懃な態度の斥候兵を睨みつけたが、伝令に文句を言っても仕方ない。
渋々ながらフレスは命令を了承した。
「外人部隊はつれーな! さっさと国民章を取って内地勤務になりたいぜ!」
「ぼやくな。お前の好きな殲滅戦なんだから喜んで任務に当たれ」
「ちっ、ほら行くぞ坊ちゃん! モタモタすんな!」
宥めるカミュも無表情の中に苛立ちの色が見え隠れしている。
キルスの怒気に当てられた瑠那は黙って彼らに従い列車を降りた。
※
旧日本の首都圏が分離して設立された紅武凰国。
この国家はSHINEという新エネルギーの利用によって、世界で唯一E3ハザード以前を超える科学技術を保持することに成功している。
他地域とは次元の違う技術力でユーラシアの三連合すべてに高い影響を与えていた。
瑠那たちウォーリアは紅武凰国のエージェントである。
彼らの目的は同盟国の日本を含む東亜連合の勝利……ではない。
三つの連合間の戦争の調整である。
あるときはこっそりと物資の配給を行う。
またあるときは戦線に投入され戦線を硬直させる。
そうやって決して戦いが終わらないよう仕向けているのだ。
もちろん、その理由は瑠那たち前線の兵士が知るところではない。
「で、重慶では何があるんだって?」
「成都地方軍が極秘に戦車の開発を行っている。直ちに工廠を襲撃し関係者を速やかに抹殺する……だそうだ」
反対方向の列車に乗り換えた瑠那たちは与えられた作戦要綱に目を通した。
三つの連合が争い続けることは紅武凰国にとって都合がいい。
だが、技術進歩に関しては厳しく取り締まっている。
三連合は大量破壊兵器製造禁止協定に調印している。
それを破った者には容赦のない制裁を加える決まりになっていた。
罰の対象となる国家はたとえ東亜連合の構成国であっても例外ではない。
南京から重慶まではほぼ丸一日。
ロシア戦線からの帰路を考えれば三日近く居心地の悪い列車に揺られ続けることになる。
目的地まで残り数百キロと言うところでついにキルスの我慢が限界に達した。
「ああ、やってられっか!」
キルスは走行中の車両のドアを開けた。
荒れ果てた都市の景色が見え突風が入ってくる。
瑠那の読んでいた本が風でめくられてページを見失った。
「まさか命令放棄をするつもりか?」
あくまで冷静な声で問いかけるカミュ。
それに対しキルスは肩越しに振り返って答える。
「違えよ、こんなトロい列車でモタモタ移動してられねえから先に行かせてもらうぜ。線路を辿っていけば目的地に着くんだろ?」
それだけ言うとキルスは返事を聞かずに外に飛び出した。
彼女の姿が後方に流れた直後、ものすごい勢いで列車を走って追い抜いていく。
カミュはため息を吐いた。
「戦闘力は高いが、頭が悪いのがあいつの欠点だ。体力が持つわけがないだろう」
カミュの言う通りだった。
三〇分くらい経ったあたりで息を切らしたキルスが列車に飛び乗ってくる。
さすがに疲れたのか、一言も文句を言わずに眠ってしまった。
「もっとも、ウォーリアとして一番の問題は戦力にすらならないことだがな」
キルスの寝顔を眺めながらカミュは呟いた。
自分に対しての当てつけだと瑠那はわかっていたが、何も言わずに本の文字を眺め続けた。
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