真の名

yoshitora yoshitora

真の名

 二〇二〇年の夏の暑い日のことであった。盆明けであった。

 真はバスに乗った。テニスの大会に参加するのである。

 バスにはたくさんの人間が乗っていた。真と同じくらいの年齢であった。皆、体操着を着ていた。

 バスは発車し、田舎町を通り抜け、海の方へ向かっていく。

 途中の停留所で、少しずつ人が降りていった。

 そうして、とうとう真だけになった。

 降りるべき停留所はまだである。

 いつの間にか空は飴と墨を混ぜたようなねじくれた色になっていた。雨は降っていない。

 携帯電話を開いてみると、電池が切れていた。時間が分からない。

 真は立ち上がり、ゆれるバスの中を、運転席まで行ってみた。

 運転手に話しかけると、運転手は車を止めると突然麻の袋で真を頭から覆った。真のラケットが床に落ちた。

 そしてバスは走り続けた。


 新聞には、バスの事故により、運転手と、一人の少年が命を落としたことが書かれていた。それなのに、その事故の目撃者は誰一人いなかったという。

 その新聞は果物を包むのに使われ、異国の地へ届いた。

 どこだかもわからない異国の街の片隅に何とか居住していた真は、なけなしの金で果物を買った。

 包み紙には昔知っていた文字が書かれていた。

 しかしもはや真には読めなかった。

 真は痰の絡まった激しい咳をした。頭の中はもやがかっていて、何も思い出せない。

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