犠牲

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犠牲

 二〇二〇年、夏。日本経済は本格的な困窮に直面した。

政府のごまかしの貯金は失われ、事実の切り崩しを始めた。

 年長の富裕層から問答無用で資産を税として供出させる制度が始まった。


 典子は帰途にあった。

 学校の制服が段々きつくなってきた。とはいってももうすぐ卒業なので、買い換えてもらえるかどうかはわからない。

 自転車の前カゴには、姉からのお下がりの鞄と紙包。包みには、先ほど古書店で買った、数年前に出版された少女向け雑誌が入っている。雑誌など、出版されなくなって久しい。

 目の前から、高級車らしき車の集団がやってきた。

 都会では高級車などもう見られないという。しかし田舎ではまだ普通だ。老年の人間が昔に買った物を今もまだ乗り回している。

 車は典子のすぐそばに停まった。

 中から大量の老人が降りてきて、無言で典子を捕まえようとした。

 典子が振り払うと、老人たちはばらばらと倒れた。頭を打った者もいた。

 典子は自身の祖父の姿を頭に思い浮かべながらも、鞄も荷物も置いて逃げようとした。

 体が何かにからめとられた。海辺でよく見る。魚を取るための投網だった。

 大声で騒いでも、海沿いの国道には人気はない。

 典子は網に絡められたまま車の中に入れられた。持ち物と自転車も、別の車に乗せられた。

 腰を打った老人も、介助されながら別の車に乗った。


 海沿いの古い倉庫だか工場だかに典子は連れて行かれた。

 服を脱がされてから、朝と晩の数時間ずつ、生暖かい、醤油のような匂いのする液体に体を漬けられた。頭以外はぜんぶだ。

 いくら泣き叫ぼうが何でもすると助けを請おうが、老人たちからの反応は全く、ない。

 ただ、夜になると典子の顔を舐めに来る。ただべろべろと舐めて、満足したような顔で帰っていく。

 それが五日間続いた。


 食物と水分は与えられていたが、体表から塩分が過剰に摂取された典子の頭は朦朧となっていた。

 その日も監禁されている部屋から連れ出され、例の液体に漬けられるのだと思った。

 しかし、違った。老人たちは数十人がかりで、典子の体を仰向けに押さえつけた。典子は反抗する気力もない。両手首と足首も縛られている。

両足の裏に激痛が走った。絶叫による喉の筋肉の緊張で、喉の奥の皮膚がぶちりと裂けた。

 かと思えば、その痛みはすでに足の中にあった。そのままぐいぐいと上に上っていく。

 それが腰骨の辺りに来た時点で金属の細い棒の動きは止まった。

 次に膣の入り口からさらに強烈な痛みが登っていく。腹の中を付きぬけ、気管の中をこちらにやってくる。

 とがった金属の先が口の中から出てきて、目と目の間でぴたりと止まったのを、典子は見た。

 体が縦に立てられた。四肢は動かない。強烈な痛みがある。

 目の前に、札束が盛られていた。最近見ることもなくなった、あれは一万円札だ。すべてがそうだ。

 いったいいくらあるのか? あの金があれば、姉が体を売らなくとも自分は進学できると思った。痛みの先に未来が見えた。

 老人たちはその一万円札に火をつけた。すぐに燃え上がった。

 典子はその火の上であぶられた。ぐるぐると体を回されながら。

 そのうち、熱と痛みでショック死した。熱による体内器官の崩壊はその後にやってきた。しかしその頃には、典子の体は火から下ろされていた。

 香ばしいかおりがした。典子が数日漬かっていたあの液体は、醤油であった。


 老人たちは典子の体表部分を包丁で薄く切り出し、それで生魚や湯蛸などをくるんで食った。

 手にしているのは、もはや生産されていない、年代物の高級酒である。

 それから老人たちは残っている蓄財の話を始めた。あといくらあるか、だからあと何人さらえるか、もはや男としての機能を失った自分たちが金で若さを買い味わうことが、どれだけ合理的か……。

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