第5話 ※ あはーん!!
っ、は あ 、
と、ふたりのくちびるの間で熱い吐息が交錯する。
この4年の間にぼくも一人暮らしを始めていて、ぼくが待つ公園に『キスする権利』を持ってきた桜佑くんを、そのまま自分の部屋に持ち帰った。
薄い布団の上で座り込んで、せっかく帰ってきたその身体を逃がさないようにときつく抱きしめる。
くちびるを塞ぐたびに桜佑くんは「んっ、」と喉を詰まらせ、離すと小さく、っああ、と声を洩らした。
不慣れなのが充分に見て取れるから、できるだけ丁寧にしてやろうと思うのだけど、この4年でぼくもなんだかんだ自分の気持ちに整理をつけたわけで、ずっとおあずけ食らっていたのはぼくも同じなわけで、つまりはもうちょっと満足してからじゃないと、離してやれそうにない。
「せんせ、」
「ん、なに」
「もう、いい……」
「もうちょっと」
「っふ、」
無理やりくちをこじ開けて、ぬるりとその舌に自分のそれを絡める。
桜佑くんがたどたどしくそれに応じようとしてくれるから、ぼくもなんとかそれに合わせようと、少し勢いを落とした。
一度くちびるを離すと、今まで見たことのない表情をした桜佑くんがそこにいた。
「桜子のほうが良かったですか」
「いや、別に、そんなことないよ。脱いだら同じだし」
「脱ぐの!?」
ぼくが敢えてしれっと言った言葉に桜佑くんは派手に反応してくれて、そんなちょっとしたリアクションが堪らなく嬉しい。
「あれ、本当にキスだけで良かったの」
「だって先生、おれ、男だし……」
「え、今更それを君が言う?」
ぼくは君のために腹を括ったも同然なんだぞ。
ぼくは、きみに会いたかったんだ。
桜佑でも桜子でも、どっちでも構わない。
「先生。……好きって言って」
「好きだよ。桜佑くん」
「本当に?」
「本当だよ。自分でも想定外だったから、ぼくが一番驚いてる」
「前のときみたいなキスをして」
「どんなキスだったかなんて忘れてしまったよ」
首筋に顔を埋めると、嗅いだことのある花のような匂いがした。
「桜佑くんちの玄関の匂いがする」
「それは、くすぐったい、……そ、れは、あっ、桜の、香りのやつ、……」
ぼくが桜佑くんのシャツの中に手を突っ込んで、脇腹を手のひらで撫でると、桜佑くんが身を捩ってくすぐったいと言いながら大きく息を吐く。
「あれ桜なんだ」
「そう。母さんが桜、すきだから……」
「それできみの名前も桜佑なわけか。桜佑に桜子に桜の匂い。きみは桜尽くしだな」
「ちょっとまって、ほんと、むり、」
「やめとく?」
無理はさせられないと思って、一度身体を離して桜佑くんの様子を伺うと、桜佑くんは顔を真っ赤にしながら、ぼくにすり寄ってきて軽いキスをした。
「あの、もうちょっと、ゆっくりして……先生」
こんなことしてるのに先生なんて呼ばれるのは、なんだか背徳的だとか、がっつきすぎて申し訳ないとか、今度は桜子ちゃんの姿でお願いしようとか、いろんなことを考えながらぼくは取り敢えず、彼に嫌われないように優しく触ろうと、もう一度キスのお返しをした。
「脱がしていい?」
「がっかりしませんか」
「どうだろ、分かんないけど。でもきっと平気だ」
薄手の長袖シャツを脱がせると、桜佑くんの身体は予想通りの筋肉のなさだった。
それはそうだ、男らしく筋骨隆々としていたら、女の子の服は着られない。
ぼくはほんのりと桜の匂いのする身体に鼻先を押し付けて、背中側に腕を回して安心させるようにその背中を撫でながら、ベルトのバックルに手をかけた。
桜佑くんが息を詰めたのが分かったから、
「どうする? 怖い?」
と聞いてみると、
「いや、大丈夫……」
と全然大丈夫じゃなさそうな顔で桜佑くんは応えた。
ぼくはなんだかその顔が可笑しくて、でも流石に可哀想だから、前だけ触る?と提案してみる。
でも桜佑くんはもう一度、大丈夫だから、と言って、次にはぼくの服をたくし上げてきた。
だからぼくは、上の服を脱がされながら遠慮なく彼のベルトに手をかける。
ベルトを外し、ボタンを外してチャックを下ろすと、
((ここまでよ!! カットしまーす! チョキチョキ!!))
「そういえば、桜佑くんは就職はどうなったの」
ぼくの家を出て、もう明け方近くになるよく知った道を、桜佑くんの家までふたりで並んで歩く。
指先が触れるか触れないかの距離で、誰に見られるわけでもないのに、まるで気恥ずかしさを隠すかのようにお互いに照れ笑いをした。
あの公園を通り過ぎたところで、ぼくは不意に思い出して桜佑くんに聞いてみた。
「あ、おれ実は、広告モデルのバイトしてるんです。今はまだ微々たるものなんですけど、おれ男女どっちも着れるから、そういう売り方でもうちょっと有名になれたらなって。それまでは、葉太先生の実家の定食屋で働きます。おじさんにはもうお願いしてあるので、大丈夫ですよ」
「そうなの!?」
聞いてないんだけど、とか、そんな不安定な感じで大丈夫なのかとか、先生としては心配でしかない将来設計だけど、取り敢えずはぼくの傍にいるらしい。
公園の桜は、しばらくは寂しい気持ちで眺めずに済みそうだ。
おしまい。
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