第2話
翌日、美咲は叫び声で目を覚ました。これは──沙知代の声だ。一体何が起きたのかと
思い、慌てて布団を出る。ガラリと障子を開けると、池の前で尻もちをつく沙知代が見えた。美咲はつっかけを履いて、沙知代に駆け寄った。
「沙知代さん、大丈夫?」
「あ、あれ、あれを見てください」
美咲は沙知代が指差したほうに目をやってぎょっとした。庭の池が真っ青に染まっていたのだ。地質のせいでこんな色なのかと尋ねたら、沙知代が勢いよくかぶりを振った。鯉に餌をやるために来たら、こうなっていたのだという。
「もしかして、プランクトンのせいなのかな」
美咲の言葉に、沙知代がキョトンとした。
「ぷらんくとん?」
「微生物よ。池の気温が上がりすぎて、大量発生したのかも」
「難しいことはよくわからへんけど、網をもってきますっ、鯉が死んでしまいます!」
沙知代はばっと立ち上がり、急いで駆けていった。残った美咲は池の端に立って中を覗いてみる。すると、声が聞こえてきた。――しくしく。泣いてる? 鯉が? いや、違う。この声は……。しくしく、しくしく、ひどい。すてられた。かなしい。しくしく。
この声は、昨日の銅鐸だ。もしや、美咲が投げ捨てた腹いせに池を青く染めているのか。美咲は沙知代が戻ってこないのを確認し、声をひそめて問いかけた。
「ねえ、きのうの銅鐸? こんなことやめてよ。魚が死んじゃう」
そう言っても、泣き声が大きくなるだけだった。美咲はため息をついて、腕をまくって池に手を入れた。探ってみるが、銅鐸が触れる感触はない。どこに行った? そう深い池ではないはずだけど……。何か硬いものが手に触れたので掬い上げようとしたら、痛みが走った。
「痛い……っ!」
美咲が手をひきあげると、手の甲に噛み跡のようなものがついていた。美咲は呆然と自分の手を見下ろす。噛んだ? 鯉が? いや、銅鐸に違いない。おそらく美咲に腹を立てているのだろう。途方に暮れていると、網を持った沙知代が戻ってきた。彼女が鯉をすくい上げようとするので慌てて留める。
「待ってよ沙知代さん。鯉を出しても、入れとくとこがないよ」
「せやけど、このままじゃ危険やないですか! この鯉はよしこ様が大事になさっていた鯉なんですよ!」
「そんなこと言っても……」
美咲と沙知代の声を聞きつけたのか、祖父が庭に降りてきた。
「ふたりとも、朝から騒いでどうしたんや」
「あ、佐一さま!」
沙知代は池を指差し、ごらんのありさまなんですと言った。祖父は池を覗き込んで目を丸くする。
「なんやこれ、真っ青やないか」
「起きたらこうなってたの」
美咲は銅鐸の話はしなかった。あんなものが喋ったなどと言ったら、おかしくなったのかと思われてしまう。祖父はしばし考えたのち、屋敷に引き返した。池の水を抜く業者でも呼ぶのだろうか。戻ってきた祖父は、美咲たちに家に入るよう言った。沙知代はハラハラした顔で祖父と池を見比べる。
「よろしいんですか、ほうっておいて」
「大丈夫や。昼にはあいつが来るさかい」
「は、さようですか……」
沙知代は祖父の言葉にあっさりうなずいて、台所へ向かった。あいつって誰だろう。昼に来客があるのなら、出かけるのは午後からにしよう。できるだけ他人と顔を合わせたくない。
美咲は、午前中祖父と向き合って将棋をさした。しかし、頭の中は盤面ではなく池のことでいっぱいだ。あの銅鐸、また怒ってるかな。今なら引き上げられるかも……。そう思っていたら、祖父が口を開いた。
「なんかよそごと考えとるんか」
美咲はぎくりとして祖父を見た。
「え、な、なんで?」
「美咲は顔に出やすいな。わしの孫とは思えん。なんか気になることがあるんか?」
相手は百戦錬磨の棋士だ。隠し事ができるとは思えない。美咲は変人と思われるのを覚悟しつつ、銅鐸のことを話した。祖父は美咲の話をじっと聞いていたが、なるほどなあ、と相づちを打った。
「え、信じてくれるの?」
「信じるしかないやろ? 美咲は嘘はつかんからな」
それはさすがに孫を盲信しすぎではないか。それとも、美咲はそんなにわかりやすいのだろうか。それなら、失職中であることも見抜かれそうなものだが。美咲はおずおずと、あの銅鐸はなにか故あるものなのかと尋ねた。
「とある筋から買い取ったもんや。普段はおとなしいが、気に入らんものには噛み付く」
「かみつく?」
「そう。その辺に置いとくと危ないからしまっといたんや。自分から声をかけたってことは、おまえを気に入ったんやろ」
「噛みつかれたのに?」
「おまえに棄てられたからへそを曲げたんや。古い物は棄てられることに敏感やからな」
「どうすればいいんだろ。おじいちゃんならアレ、触れる?」
「わしも駄目や。よしこには懐いとったけど」
あれ、おばあちゃんの形見なんだ。そう思うと、申し訳ないことをした気になってくる。美咲がうつむくと、祖父が口を開いた。
「まあ、わしら素人にはどうしようもない。プロがなんとかするわ」
「プロ?」
何のプロかと尋ねる前に、祖父は盤上にコマを置いて「王手」と言った。
昼食後に出かけようと部屋を出ると、来訪者の声が聞こえてきた。見知らぬ人と鉢合わせるのが苦手な美咲は、とっさに廊下を引き返した。しかし、そのひとは沙知代に招かれ、すでに室内にあがっていた。姿が見えているのに、無視するのも失礼な話だ。美咲は仕方なく客に向き直り、頭を下げる。
「こんにちは。月神の孫の最上美咲と言います」
「おや、昨日お会いしましたね」
顔を上げると、黒い着物姿の美青年がこちらを見ていた。その人が昨日骨董店で会った男だと気づき、美咲は思わずあっ、と声を上げる。彼は微笑んで、「なるほど、佐一さんの孫ですか」と言った。
「どうりで見覚えがあったはずだ。しかしずいぶん大人びましたね、美咲さん」
大人びたも何も、とっくに成人だ。年配の親戚のような言い草だが、彼は美咲と同年代に見えた。こんなひと会ったことあるっけ? 戸惑っていたら、彼がくすっと笑った。
「玉森ですよ。玉森佑」
美咲はあっと声をあげた。玉森? あの嫌味なタマか。たしかに、よくよく見ればどことなく面影があった。玉森佑は祖父の弟子の1人で、子役にでもなれそうなほどの美少年だった。いつもにこやかで上品な物腰。おまけに頭の回転がめっぽう早い。そんなふうだから、初対面の人間は玉森に魅了された。しかしとにかく高飛車で、兄弟子たちから反感を買っていた。
――にいさん、こんな指し方ではプロにはなれませんよ。いくら天才と騒がれていても、三十歳を過ぎたらただの人。二度とプロ試験は受けられないんだ。もっと気張ってください。
十歳以上年下の少年に笑顔でやり込められて、兄弟子たちは悔しそうな表情を浮かべていた。彼らが言い返せないほどに、玉森は強かったのだ。
――本当に佐一さんの孫なんですか? 信じられないな。まあ女流棋士はプロではありませんからね。目指すのは勝手だ。なれればの話ですが。
玉森の嫌味は美咲にも有効で、さんざん馬鹿にされたものだ。美咲は女流棋士になるなんて、一言も言ったことがなかったのに。無職だと知られたら、何を言われるかわかったものではない。
「じゃあ、私はこれで」
美咲がそそくさと出かけようとすると、部屋から出てきた佐一が呼び止めてきた。
「ああ、待ちなさい。美咲にはいてもらわんと困る」
「でも、今から観光に行こうと思ってて」
「やめたほうがいい。この暑さでは熱中症になって倒れるのが落ちですよ。あなた、最近まで部屋に引きこもっていたでしょう」
玉森の言葉に、美咲はぎょっとした。なぜそのことを知っているのだ。玉森は懐から出した扇子で自身を扇ぎ、美咲の周囲を歩き回った。
「見ればわかる。その伸ばしっぱなしの髪、白い肌。玄関にあったサンダルは履き潰されていた。しかしサンダル焼けのあとはない。人との接触を避ける態度や覇気のなさを見る限り、一月以上は社会との接点を絶っていたはず。違いますか。違いませんね。無気力だが佐一さんに呼ばれては京都に来るしかない。重い腰をあげてやってきたはいいが、無職だという負い目もあってこの家には居づらい。こんなに暑いのに外へ出ようとするのは、現実からの逃避行動に他ならない」
まるで推理ドラマの主人公のようにまくしたてられて、美咲はあっけにとられた。佐一が見かねたように声をかけてくる。
「こらこら、美咲の境遇をさぐるために呼んだわけやないぞ」
「そうですか? てっきり彼女を更生させたいのかと」
「私、別に罪をおかしたわけじゃないです」
「その割に罪悪感に満ちた顔をしてますね。無職以外に負い目があるのでは?」
無職無職と連呼しないでほしいのだが。
佐一は憮然としている美咲をなだめ、玉森とともに部屋に招く。
沙知代はお茶を運んできて、ニコニコしながら玉森と美咲を見比べた。
「まあまあ、なんだかお見合いみたいやないですか」
玉森は鼻で笑い、湯呑に手を伸ばした。
「冗談はやめてほしいですね、沙知代さん。僕は理想が高いんだ」
「聞き捨てならんな。美咲はかわいいやないか」
「ちょっと、おじいちゃん」
美咲は慌てて祖父の袖を引いた。
「容姿のことを言っているんじゃありません。物を投げ捨てるような女性は嫌だといっているんだ」
美咲は怪訝な顔で玉森を見た。なぜこの男が銅鐸を投げたことを知っているのだ? そう思っていたら、佐一がばつの悪そうな顔をした。
「すまん、わしが銅鐸のこと話したんや」
「どうしてこんな人に話すの?」
「こんな人とは失礼ですね。僕はこの暑い中、わざわざあなたの過ちを正しに来て差し上げたんだ。あなたは昔から将棋の筋が悪かったが、実生活でも先を読む能力に欠けているんですね。将棋の腕と人間性は関連性がないと思っていたが」
「嫌味はもういいです。正すって、何をです」
美咲が睨むと、玉森はすっと背筋を伸ばし、扇子で池の方を指した。美咲はつられてそちらを見る。
「つくもがみには取り扱い方というものがある。それも知らずに投げたり壊したりする者には、報いがあるのですよ」
「つくもがみ……?」
「僕の店の看板を見たでしょう。九十九とかいて「つくもかみ」。万物にはすべて魂が宿る。棄てられた古道具は、憑き神となって人を襲う」
「憑き神……あの銅鐸が? たしかに噛み付いてきたけど」
「噛み付く程度ではまだかわいい。放っておくと取り返しが付かなくなる。僕はつくもがみを扱う手はずを知っています」
玉森は扇子を開いて、美咲に差し出した。扇子の上には、名刺が一枚乗っている。そこには「陰陽道つくもがみ鑑定士 玉森佑」と書かれている。
「おんみょうどう?」
「陰陽師の技を使いつくもがみを評価、鑑定、買取します。ときには祓うこともしますが」
「祓うとどうなるんです」
「つくもがみはいなくなると考えてください」
それって死ぬってことか。美咲はちらっと池の方を見た。玉森は目ざとくその様子に気づいて、目を細めた。
「おやおや。棄てたつくもがみが心配ですか」
「だって、死ぬってなると」
「あの銅鐸は平気でしょう。しかし放っておくと鯉が死にます。さっそく取り掛かりましょう」
玉森はそう言って、すっくと立ち上がった。何をする気かと思っていたら、たすきがけをして、すぱんと障子を開ける。
「もちろん、池の水を全部抜きます」
その時、玄関からインターホンの音が聞こえた。表に出ていった沙知代が、制服を着た男性をつれて戻ってくる。男性は帽子をとって「バキュームカーの搬入、終わりました」と言った。玉森は領収書にサインをして、男性を返してしまった。美咲は怪訝な顔で玉森を見上げる。
「業者のひと、返しちゃっていいんですか?」
「最近のひとはSNSでなんでも拡散するでしょう。つくもがみというのはこっそりと評価、鑑定、買取されるのが原則なので」
あなたは最近のひとではないのか。そう思っていたら、玉森が沙知代に「子ども用プールと空気入れはありますか」と尋ねた。沙知代はうなずいて、倉庫にあると答える。玉森は満足げにうなずいた。
「素晴らしい! では美咲さん、プールに空気を入れてください。そこに魚を移すので」
「なんで私が」
「誰が銅鐸を投げたんでしたっけ? この間にも魚が死んでいきますよ、一匹二匹、三匹四匹五匹」
「わかりました! やりますからっ」
美咲は急いで庭に降りて、倉庫から空気入れとビニールプールを取り出した。膨らませたプールに水を入れると、沙知代が鯉を網ですくって、中に入れていく。沙知代はひいふうみい、と鯉を数えていき、オッケーサインを出した。どうやら、鯉はすべて無事なようだった。玉森は鯉がすべて救出されたのを見届けて、バキュームカーを動かした。太いホースに濁った水がどんどん吸い込まれていく。池の底にきらりと光るものを見つけて、玉森がバッと扇子を開いた。
「オンアミリテイウンハッタ、玉森の名において命ずる。池に沈みし古の鈴を捕らえよ」
光り輝いた扇子の中から真っ白なものが飛び出してきて、にゅるんと銅鐸に巻き付いた。銅鐸はちりんちりんと鳴りながら暴れていたが、巻き付いたものに威嚇され、びくっと震えて黙り込んだ。美咲はうねっている謎の生き物に慄く。
「あれ、なに? 蛇?」
「式神の一種ですよ。軍荼利明王に巻き付いてる蛇なので、名前はぐーちゃん。式神って色々いるんですけど、僕は巳年なのでアレを使ってます」
「ああ、確かになんか蛇っぽい……」
「何か言いました?」
扇子の先と共に威圧的な笑顔を向けられて、美咲はなんでもありませんと答えた。というか、蛇年なら美咲よりも年下ではないか。敬語を使う必要はなかった。ぐーちゃんは銅鐸を引きずってきて、玉森の足元に落とした。
「はいありがとう、ぐーちゃん」
玉森はぐーちゃんの頭を撫でて、扇子をぱちんと閉じた。ぐーちゃんの姿がしゅるんと消えて、銅鐸だけが残される。玉森は銅鐸を拾い上げ、懐から取り出したルーペを向けた。
「ふむふむ、音を鳴らすための舌がちゃんと残っている。これは「鳴る銅鐸」ですね。銅鐸の本態はよくわかっていないが、もともと豊穣などを願う祭事に使われていて、打ち鳴らして使う「鳴る銅鐸」から「見る銅鐸」へと変わり、最終的に銅鏡へととって変わられたと言われている。この銅鐸は時代的に弥生時代中期ごろのものと思われます。腐食も進んでおらず、きちんと音も鳴るようだ。数百年前の淡路で人身御供の少女とともに湖の底に沈んだようですね。しかし、たまたま少女の遺体が腐って浮上し、発見された。月神家は馴染みの骨董商からこれを購入したらしい」
ちょっと見ただけでそんなことがわかるのか、と美咲は驚いた。玉森は懐から出した電卓を叩いて、美咲に差し出した。
「お値段はざっとこんなところですね」
「ご、五十万円!?」
「銅鐸は貴重な歴史的資料だ。中には国宝に指定されているものもある。知り合いの考古学者が欲しがると思います」
「でも、噛みつくんでしょう」
「ええ。だから売るには祓うしかないですね」
祓うということは、つくもがみが死ぬということ。それは気が咎めた。そもそも、美咲が投げたのが悪いのだ。「貸してください」というと、噛みますよ、と返ってきた。うなずくと、玉森が銅鐸を差し出してくる。美咲は銅鐸を受け取ってじっと見つめた。怖がっているのだろうか。銅鐸はぷるぷると震えている。美咲はそっとその表面を撫でた。
「投げたりしてごめんなさい」
すると、銅鐸の震えが収まった。玉森はへえ、とつぶやいて目を細めた。美咲は銅鐸を胸に抱いて玉森を見る。
「この子、うちに置いておきたいの」
「おや、売る気はないと」
「だって、おばあちゃんの形見だから」
「なるほどねえ、では六十万に値上げしましょう」
「値段の問題じゃありません」
玉森はふうん、と相槌を打って目を細めた。
美咲が庭にあった手水で銅鐸を洗っていると、玉森が紙を差し出してきた。受け取ると、「請求書」と書かれている。美咲はその値段を見てぎょっとした。
「にっ、二十万!?」
「バキュームカーレンタル料、出張費、鑑定料ふくめ二十万です。良心価格ですよ」
「どこがですか! こんなのぼったくりです」
美咲は憤慨して領収書を突き返した。そもそも、こんなに経費がかかったら銅鐸の買取価格が大幅にダウンするではないか。玉森はにっこり笑って言った。
「買取価格が鑑定料を上回る方は少数です。ほとんどは、つくもがみに困ってうちに来られるので」
美咲は歯噛みして玉森を睨んだ。無職だと知っているくせに、こんなお金を請求してくるとは。かといって、おじいちゃんに支払わせるのも気が咎める。銅鐸を池に投げたのは美咲なのだ。明日払うから今日は帰ってくれと言って、玉森に背を向ける。
池に放水しようと蛇口をひねっていたら、玉森がこんなことを言いだした。
「美咲さん、うちで働く気はありませんか」
「はい?」
「事務員を募集しようかと思っていて。正直あなたじゃなくてもいいんですが、こういうものを見ていちいちびっくりされては困るんですよ」
玉森が扇子を開くと、ぐーちゃんがひょこりと顔をだす。こちらを見つめるぐーちゃんのつぶらな瞳に少し和んでいたら、蛇口から水が吹き出した。水を浴びた美咲は焦る。
「うわ、なにっ」
「この暑さで水道管が膨張していたに違いない。いきなり水を出したからですよ。やっぱり詰めが甘いなあ」
玉森はそう言って大笑いした。美咲は赤くなって、帰ってくださいと叫んだ。
濡髪を吹いて庭に戻ると、バキュームカーと玉森の姿が消えていた。張り替えられた池の中、何事もなかったかのように鯉が泳いでいる。縁側に腰掛け、水に反射する陽の光を眺めていたら、佐一が声をかけてきた。
「どうや。あいつ、面白いやろ」
にこやかな佐一に対し、美咲は不機嫌な声で答える。
「子供の頃から嫌な感じだったけど、磨きがかかったね」
「なんせ陰陽師の末裔だから、大抵の人間とは気が合わんのや」
佐一は美咲の隣に腰掛け、ちらりと視線を向けてきた。
「そのアザ、相変わらず気にしとるんか」
美咲はハッとして頬のアザを隠した。しまった。水がかかったせいで化粧が落ちたのだ。青さめている美咲を見て、祖父がため息をついた。
「気にせんでいい、と言っても気になるわな」
顔を逸らした美咲に、祖父が声をかける。
「会社をやめたのと、関係あるんか」
「違うよ。派遣の契約を切られたの。ただ、それだけ」
美咲が早口で言うと、祖父はそうか、と相づちを打った。
「だったら、しばらくうちにいればええ。美咲がいれば沙知代さんも喜ぶ」
「……あの人、もう来ないよね?」
「タマのことなら、毎週水曜日に将棋を指しに来るけどな」
じゃあ、水曜日は絶対出かけることにしよう。美咲はそう心に誓った。
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