第4章 侍女たちのもてなしにウンザリ

 以降、霞ヶ島聖真は手厚くもてなされた。

 美しい侍女たちを付けられ、城に備え付けの立派な浴室で身体を洗ってもらい、香油を塗ってもらった。


「お身体を清めさせてくださいませ、救世主様」


 とかなんとか半裸のうら若い美女たちに誘惑されて、「け、結構です」と断った。

 最初は。ぶっちゃけ悪い気はしなかったので、最終的にはタオルだけ貸してもらって股間は死守するもあとは任せた。


 ちゃんと浴槽もあってシャワーも浴びれた。風呂は一部を除けば、二一世紀レベルになった元の世界とさして変わらないくらいの造りだった。

 おかしいのは排水溝や水道管みたいなものがないこと。タイル張りの床には円形の模様があり、そこに向かって流れた湯は消えていた。

 シャワーもヘッド部分が円盤状の金属にくっ付いていて、ホースもなくどこにも繋がっていないのにお湯が出る。


 恥ずかしさをごまかすのも兼ねてからくりを訊いてみると、怪訝な顔をされながらも説明された。

「円内部に埋められた道具が転送魔法の役割を担っているのです。街の河川に設置された水車小屋と繋がっておりますので」

 さらに、風呂場には風呂を守るロシアの妖精ヴァンニクが、水車小屋にはヨーロッパの水の精霊ウンディーネがいて、水道局のような仕事を人間からの捧げ物や祈りなどを得る条件で担当してくれるらしい。

 下手をすれば二一世紀以上の技術だ。


 入浴が終わるとスリーパーのような寝巻きを着せられ、上階のだだっ広い一人部屋を宛がわれる。

 ベッドは天蓋つきの立派なものだった。マットもふかふか、羽根布団まである。

 トイレは個室に便座だけがあった。例の転送魔法が施してある上にトイレの神様な厠神かわやがみが住むそうで、浴室関連の精霊たちと同じ条件で諸々の世話もしてくれるという。

 トイレットペーパーもウォシュレットもいらない。風呂も同じだが視認できないそれらが世話しているのを想像するとぞっとしないでもないが、使用感は快適だった。


 設備を一通り見学してから天井を見上げる。


 もう夜だが照明もあって明るい。さすがに電灯はないが蝋燭でもなく、シャンデリアのようなランプ。青い炎が燃えている。

 来るまでも城内で似たものは見掛けたし、窓からは街にも青を中心とした灯火が窺えて夜景が綺麗だった。低いところにあったランプは観察すると、どうやら黄金の油が燃えている。

 聖真はこれまでの経験から推理して、室内に付いてきて出入り口の扉を挟むように待機するメイド服の侍女二人に試してみた。


「これって」青い火を指差す。「もしかして、クリスチャン・ローゼンクロイツの墓所にあった炎ですかね?」


「は、はい。ローゼンクロイツ様が再発見されたものを改良したものですが」

「ある傾向の魔力を注ぐことで、熱も光も操作可能となった代わりに青く変色した青薔薇炎あおばらえんとしては、他と変わりはないはずですが。お気に掛かることでも?」


 当たった。反応からして珍しい知識じゃなさそうだ。


 クリスチャン・ローゼンクロイツは、元世界での伝説的魔術師だ。彼の墓には尽きることのないランプが灯っていたとされる。別の古い墓所でも似たものは発見されており、墓が暴かれたときに自然と消え二度と点灯しなかったなどといわれる。

 点灯と消灯のタイミングがある程度決められるなら、魔法が実在した場合は照明器具として使えそうだと思ったことがある。どうやら、ここでは実現しているらしい。


「ちなみに」聖真はさらにテストしてみる。「クリスチャン・ローゼンクロイツって誰だか知ってますか?」


 二人は交互に答えた。

「え、神界しんかいテラアースの神人しんじん様ですよね」

「ヨーロッパ神域の伝説的なお方で、秘密結社、薔薇十字団ばらじゅうじだんを率いて人々を救っていらしたとか」


 テラもアースも外国語での地球だ。ローゼンクロイツと薔薇十字団に関する知識もだいたい合ってる。件のランプの製法は彼ら団員だけが知るという伝承もある。

 着目すべきは


「神界とか神域とか神人ってどういうこと?」


 訊くと、戸惑ったようにまた交互に侍女たちは答えた。


「も、文字通り。神の世界とその地域、そこに住まう方々のことですよね?」

「預言によれば、救世主様も神界の神国しんこく日本からいらしたとか」


 逆に問うような回答をされ、なんとなく察しがついてきた。

「なら君らは、神域の言語ってことで日本語も習得してるわけかな」


 質問を受けて、お決まりのように侍女たちはきょとんとする。

 やがて、遠慮がちにしゃべった。

「……基本的な勉強のおさらいが大切と仰りたいのでしょうか」

「きっとそうですよね、ロゴス魔術の基礎ですから」


 やばい。


「そ、そういうことだとも」

 どうにか胸を張ってごまかし、ずっと気になっていたことを聞きだせた。


「例えばわたしたち侍女は神域〝北ゲルマン語〟を話していますが、伝えたいことを自動的に翻訳する、教育を受けていれば幼児期に誰もが習得する簡単な魔法、〝ロゴス魔術〟を使っておりますので」

「通じない言葉を話したいときは意図して解く方が難しいくらいに、これはこの国がある大陸の隅々にまで広がる常識となっています。現に救世主様も意識せずとも使用されているからこそ、対話ができているはず……」


 原理としては理解できなくもなかった。


 聖真が初めて手にした典型的な悪魔召喚の教本にさえ、〝呼び出した悪魔は召喚者の母国語を話す〟と記されていた。日本にも、言葉自体が力を持つ言霊という考えがある。

 それくらい、言葉の魔力は基本だ。呪文や技の名を唱えて効果を発揮するフィクションも、あながち見当はずれではない。ならば魔法が使えるここでは、言語の壁を超えることなど雑作もないのかもしれない。


「う、うん、合格だな。素晴らしい」

 と聖真は拍手してごまかし、侍女たちは褒められて喜んでくれた。


 根本的なところはわからないままだが、元いた世界は神の世界と認識されているのだろう。その出身だから聖真を救世主と呼んでいるようだ。

 そしてそれを預言するようなものがあったらしい。すると、住人や文化の奇妙な一致も納得できそうではある。

 元世界で過去の伝説に登場する魔法的存在は、自分とは逆にこちらからそれらが移動したことがあった形跡かもしれない。

 荒唐無稽な夢扱いはもはややめて目標を変えよう。接点があるなら、今は到底想像できないもののおそらく自分が迷い込んだ理由にも説明がつくのだろうから。


 しかしどうする。帰りたいか?


 ……今んとこ、帰りたいわ。

 憧れた魔術が実在しそうなのは魅力だが、ここのは知るものと微妙に異なる。散々苦労しても実現しなかったそれが、いとも簡単に扱われるのも心地が悪い。なにより、向こうにはフリームスルスみたいな化け物はいない。魔術は楽しむもので、神話や伝説のようにそれらを巡る命のやり取りをしたいわけでもない。

 自分のことを本当の意味で理解している人はここにいない。向こうにもいないが。


 ともかく救世主ともてはやされようが、心当たりがないし今後の行く末が見えない。

 バカにされてでも、元世界で超常現象の研究に携わる人間にでもなれればとも決意しだしていたところだ。インチキ宗教の教祖とかになりたいわけではない。


 ……目標は決めた、慣れ親しんだ元の世界に帰る方法を探すこと。


 もう一度窓辺に寄って、聖真は天を見上げて決心する。


 満天の星空だ。

 ということは、ここもどっかの惑星だろう。昼には太陽もあったし、最初に出たところはともかく現今は暖かく過ごしやすい。諸々の環境から、地球とよく似た星のはずだ。

 まあ、動植物はあんまり詳しくないし変なのもいたし、魔法が実在するらしいことを鑑みればどこかが根本的に違うんだろうが。

 気になるのは


「あれは月だよな」


 バルコニーの手すりに寄り掛かる。

 街中の対面する位置にある、城と同じくらいでかい教会みたいな建物。ちょうどその上辺りに月が一つあった。

 月は地球の衛星のはずが、模様も大きさも古里のに酷似している。

 たまたま類似している別惑星ということか。あるいはタイムスリップやら並行世界やらというだけでここも地球なのか。

 なにせ、


「ウサギっぽいし」


 まさしく、月面の模様に見慣れた兎の形がある。細かいところまでは記憶していないし見比べもできないが、最近まで親しんでいたものと比較して違和感がない。


「……寝よう」


 困惑のあまりさらに疲れが押し寄せてきて、室内に戻るとベッドに倒れ込んだ。どうせ夜できることはもうなさそうだ、あとは明日の自分に任せよう。


 ややあって、

 ふわり

 と何かが寄り添ってきた。いい匂いもする。

 あれ、侍女さんが布団でも掛けてくれたのかな。

 などと思いながら薄目を開けると、


 裸の侍女二人が両脇で寝てた。


「ななな、なにしてん!?」


 とっさに床に転げ落ちながら距離をとる聖真。

 侍女たちは上体を起こし、艶めかしい胸と股間を手で隠しながら恥ずかしそうにしている。うち、一人がほざいた。


「え、救世主様をおもてなししようかと」


「いや救世主ってそんな破廉恥かよ、聖人の代表みたいなのじゃないの!?」


 初めて生で目撃する女性の裸体にあたふたしつつも疑問を投げる。


「そこはお任せしようかと。添い寝だけでも構いませんし」侍女たちは交互に答えた。「望まれるなら、抱いてくださっても……」


「いや望まないでもないけど……」

 一瞬、邪な欲求で受け入れそうになる。


「やっぱだめだ!」のを振り払う聖真。


 魔術には、性行為のエネルギーを用いる性魔術というものもあるし、古臭い貞操観念を振り翳す気はない。けど


「悪いけど」そこからは、気持ちを落ち着けて真剣に話す。「実のところおれには救世主だなんて自覚はないんだ。んなの利用するのは騙すようなもんだろ」


 正直に内心を吐露して断った。

 侍女たちは驚いた顔をしたあと、感動したように口にした。


「お優しいのですね、救世主様は」

「わたしたちは命じられたとかでなく、床を共にするという光栄な機会を得られることを自ら志願したのですが」


 どうやら気を使っただけと受け取られたらしいが、聖真はなおも丁重に断る。

「で、でもやっぱ、おれ救世主じゃないと思うんで。自分たちの寝床で寝てくれないかな」


 すると侍女たちは何事かひそひそと相談しあったあと、


「救世主様のお望みとあらば、承知いたしました」

「また、明日の朝お会いいたしましょう」

 交互に述べたあと服を着直し

「「おやすみなさいませ」」

 そろって挨拶をすると、カーテシーをして部屋を出て行った。


「お、おやすみ」

 どうにか返した聖真は、ようやくほっと胸をなでおろす。


 さらに疲れた。

 せいもあってか、ベッドに倒れ込む。適当に布団をひっつかんでくるまると、ほとんどすぐに眠りに落ちていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る