ラングイド

ぜっぴん

ラングイド

 よる。それももう更けに更けてもはや朝みたいなもん。そんな時間帯にベランダに出た高野くんは、徐に携帯電話を手に取った。


「ねえねえ、俺さ、お前に出逢えて良かったよ」


 どうした、そんな話がしたくて掛けてきたのか?


「いやそんなんじゃないけどさ、なんとなくな」


 おいおい聞いたぞ、お前昨日彼女とケンカしたらしいな。


「ちょいちょい暮森、どこ情報だよ」


 ばーか高野。知らねえはずぁねえよ。


「おれんとこの彼女さんから聞いたのかい?」


 そうだおまえんとこの彼女さんよ。


「おいおい、他にも言いふらしてんじゃねえだろうな。」


 さあな。


 ベランダから望む景色に人は居ない。


「知ってるか暮森、昨日、7月の10日、子供が引かれたんだってよ」


 そうか、それが?


「それがさ、見えんだよ。おれんとこの家から、現場がさ」


 ………。


「いやだな、死ぬってのは。痛そうで」


 高野くんがふと視線を部屋の方に向ける。


 少し嫌な顔をした。


「暮森、お前なんでケンカしたか聞いたか?」


 ああ。そりゃ俺がおまえんとこの彼女さんチで、おまえんとこの彼女さんとガンガンだったとこにお前がやってきただろうよ。


「ああそうだった、そうだったよね」


 そうそう。一目見るなり血相変えてお前ときたらカンカンよ。


「うーんうんうん。そうだったよね」


 だから殺したんだもんな。


「そうそう」


 高野くんが部屋に戻ると、ひどく荒れた部屋に遺体が2つ転がっている。


「暮森くん、なんで俺は浮気されたんだっけか」


 ああ、そいつはお前さんが彼女さんを怒らせたからだろい。


「だな。テレビ割ったくらいでな」


 お前なんでテレビなんて割っちまったんだよ。


「ペットボトルロケット」


 じゃあ全面的にお前が悪いじゃねえかよ。


「そうかな?」


 そりゃ怒るだろうがよ。


「まあまあいいじゃねえか」


 どうせ殺したんだしな。


「まあな」


 撲殺された男の遺体を見下ろしながら、高野くんが続ける。


「なあ暮森、陸上競技ってさ、ドーピングだめじゃん?」


 ああだめだ、それがなんだ?


「逆にさ、ドーピング塗れの陸上競技大会って見たくね?」


 はあ?


「ベン・ジョンソンがあんだけ速かったんだ。ウサイン・ボルトがやってみ? イチコロよ。下手したら霊長類最速だろ」


 いやいや流石にクマは抜けねえと思うよ。


「マジ?」


 そうだよ。クマクソ速いんだぞ。人間如きがクマに勝てるとかないわ。俺流石にそれは譲りたくないわ。


「えーたかがクマじゃん。クマでも流石に科学力には勝てんて」


 え、お前それガチで言ってる? お前それクマの前でも言える? いやいや、え、ホントなめてる? え、は? マジお前クマとタイマンする?


「そっかそっか、お前がそんなにクマに誇りを抱いてるなら俺も折れるわ。暮森が言うんなら間違いねえよ、俺、暮森の事信用してるもん」


 いや話のわかるやつで良かったよ。あとちょっとでもグダグダ言ってたらぶっ飛ばすとこだったよ。


「いやそれはねえよお前俺が殺したろ」


 しゃがみ込み遺体に語り掛けるように会話を続ける。


「いやーでも観てーなあ。ドーピングだらけの陸上大会」


 なんだその女だらけの水泳大会みてえな奴。


「ポロリもあるよってな」


 ボルトのポロリ需要ねえよ。


「いやーでも観てーなあ。ウサイン・ボルトのポロリ」


 絶対ヤダわ。


「はは」


 高野くんは勢い良く立ち上がり、初めからどこにも繋がっていない携帯電話を、その男の顔面に叩きつけた。


 そして、ひとこと言った。


「全然面白くない」


 高野くんは、ゆっくりとベランダのカーテンを閉めた。

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ラングイド ぜっぴん @zebu20

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