第12話 嵐の中で

「当たっ……た?」

「なんで疑問形なんだ。当たってなかったら我が失敗してたんだぞ。ほらアイシェン、落ちたくなかったらしがみつけ」


 魔力銃でナポレオンの戦艦の火薬庫の場所を撃ち、ファフニールのフロッティが爆発させ主砲を破壊した。

 恐らくこれで、ブリタニア本土へのダメージも大幅に抑えることができるだろう。

 現在はフロッティを足場にするため海底に突き刺し、アイシェンの腰を抱えている。

 あと少しで彼も落ちるところだった。

 今にして思えば、フロッティで火薬庫を刺激して爆破させるという作戦はすぐに思いついたが、その後の足場のことはすっかり頭から抜け落ちていた。

 そういう意味では、やはりこの作戦はかなりギリギリだったと考える。

(よく成功したな……)

 思わず安堵の息を漏らした。

 だがすぐにハッとなる。ここは戦場、安心する暇なんてない。

 そういえば、さっきまで二人を執拗に追いかけてきたジャンヌの姿がない。爆発で吹っ飛ばされたのだろうか。


「ッ!?アイシェン!!」


 ファフニールはアイシェンを、リシュリュー・ドゥ・ナポレオンの甲板に向けて放り投げる。ファフニールがなぜこんなことをしたのか、彼には分からなかった。

 しかしその理由もすぐにわかる。ナポレオンの戦艦の副砲が二人を狙っていたのだ。

 まだ撃たれてはないがそれも時間の問題。発射される前に甲板の方にアイシェンを投げた彼女の判断は正しいと言える。が、その場合一つ問題が生まれる。ファフニールが無防備になるということだ。

 アイシェンが声を上げるよりも前に、大砲は発射された。


「しまった、ファフ――」


 ファフニールの行動が、誰もが予想もしなかった活路を見出す。

 発射された刹那、アイシェンはファフニールを見た。

 そこで感じた違和感。自分は落下中であるにも関わらず、なぜファフニールは、なのか。

 そして目の前にまで大砲の弾が近づき、彼女は被弾した。

 その時のファフニールの表情はまるで、自分の目の前に砲弾が瞬間移動して来たかのような動揺の仕方だった。


「今のは?ぐえっ」


 甲板に叩きつけられたアイシェンは素早く立ち上がり、海の方を見た。

 流石は自称500年を生きる邪竜種。海中から船内に侵入したようだ。

 ほっと胸を撫で下ろす。それよりさっきのは何だったのだろうか。

 まるで、自分アイシェン彼女ファフニールとで、存在する時間が違ったような不思議な感覚だったが。

 後ろから殺気を感じる。

 そこに立っていたのは、ナポレオンだった。


「……驚いたな、まさか主砲を爆破して乗り込んでくるとは」


 彼のその発言は嘘ではない。本当に船に乗り込まれるとは思っていなかったようだ。

 そして、今からアイシェンを本気で殺そうとしていることも。

 アイシェンは刀を抜いて、ナポレオンに向ける。

 ポツリとしか振らなかった雨も、かなり強くなってきた。

 二人の戦いの激しさを表すかのようだった。


「――船の次はお前だ、ナポレオン」

「おいおい、随分怖いこと言うじゃねぇか。ま、そのほうが俺様好みでやりやすい」


 互いに武器を構える。

 アイシェンは両手にナイフを、ナポレオンは右手に銃を持って向けている。

 雨は降っているが、どうやら使えるらしい。

 雷の音も響いてきた。

(そういえば……)

 彼の使う銃弾の瞬間移動、これを使うときは必ず右手に銃を持っていた。

 その前に左手に持っていたら、わざわざ持ち替えていたのも覚えている。

 右手に持たないと使えない名技だろうか。

(いや、ナポレオンはあれを名技じゃないって言ってた。嘘をつく性格には見えないし、もしこれが本当なら)

 あの瞬間移動は、誰にでも使える技術ということだ。

 ――どうやって?


「ッ!?」


 目の目に現れた銃弾三発。

 頬の肉を少しえぐられはしたが、ギリギリで回避する。


「おー、流石はシントウってところか!眉間に入ったと思ったんだけどな」

「こわ……それ即死待ったなしじゃないか」

「ハッハッハ、安心しろ!次は当てる」

「…………あっ」


 なぜ気付かなかったんだろう。

 気にするべきは右手じゃなかった。

 ファフニールを見たときの奇妙な感覚。はっきり言ってありえないこと。でも、それしか考えられない。

 どんな荒唐無稽な笑い話のような結論でも、名技や魔術は本人の才能と努力、そしてほんの少しの想像力で作れてしまう。

 それがこの世界のルールなのだ。


「ああぁぁぁぁぁっ!!」


 アイシェンは叫んだ。

 自分を鼓舞するかのように叫んだ。

 そしてナポレオンに向けて突撃する。

 しかしその剣先に殺意はなかった。無論、ナポレオンもそれを感じとる。この状況においてそれは異様だった。

 アイシェンがナポレオンの元にたどり着くまでおよそ三秒。そのわずかながら無限に感じるほどの長い時間の中で彼は考える。

 アイシェンの目的を。


(おいおい、確かにやっちまったとは思ったぞ?お前さんがに入ったのは事実だ。だがほんの一瞬、気付くわけがねぇんだ)


 死角から刀を、ナポレオンのに向け突き出しているアイシェンに思い知らされる。自分は失敗したのだと。


(俺様はどうやら、こいつを舐めてたみたいだな)


 数度の剣戟を経て思ったことは、こいつアイシェンより俺様ナポレオンの方が優れているということ。長期戦になれば負けるだろうが、今回はアイシェンが慣れていない海上であることもあって、負けるわけがない。

 だが、ナポレオンは一つ、ミスを犯していた。

 アイシェンは、


「弾丸の瞬間移動、見切ったぞナポレオン!!」


 そのまま突いてくると睨んでいたナポレオンの裏をかき、アイシェンはシントウ流剣術『滝登り』にて下から上へ斬り上げ、彼の身に着けていたアクセサリーを斬った。

 斬られたそれは空中に放たれ、影になって見えにくかったその全貌が明らかになる。

 金箔に覆われた革製のリングに時計がついたシンプルなもの。


 そう、腕時計だ。


 時計とは本来、ロンドンにある時計台などの巨大なものが主流、彼が着けているのは個人用。

 そのような道具があることは知ってはいたが、実物を見たのは初めてだった。

 ナポレオンは慌てて空中で手に取った。

 その行動でアイシェンは自分の予想が当たっていたと確信した。

 彼の弾丸瞬間移動の秘密は、時間の操作だ。

 時間を止めるか早めるかをして、彼は銃弾を飛ばしていた。

 先程アイシェンが体験したものを思い返せば、恐らく前者。

 そして、その時間を止めるのにも限界がある。時間を止められる場所と、止められない場所があるのだろう。

 接近戦では使えない致命的な弱点があるからこそ、相手に気付かれる訳にはいかない。だから時間を止める時、腕時計を着けている左手を見られないようにしていた。武器を毎回持ち替えていたのもそのせいだ。


「はあぁぁあぁぁッ!!」


 左肩から右腰にかけて振り下ろされたアイシェンの一刀。

 ナポレオンはゆっくりと後ずさる。

 傷を押さえ、表情も青くなっているが、致命傷には至っていないようだ。

 とどめの一撃を刺そうと、アイシェンが振りかぶった。

 そのとき、降っていた雨がピタリと止んだ。


「え?」


 思わずアイシェンは空を見上げる。ナポレオンもこの状況に驚いていた。

 雨の代わりに降ってきたのは、一人の男。

 口元をマスクで覆い、青いマフラーが特徴的な、アイシェンと年の離れていなさそうな印象を受ける男性だった。


「あに、き――」


 ナポレオンがそう呟いた瞬間、アイシェンとその男の間に、極小の竜巻が吹き上がった。

 アイシェンは突然の出来事に対処することができず看板の後方へと吹っ飛ばされた。

 そして手すりに頭をぶつけ、意識を手放した。

 アイシェンが意識を手放す前に見たのは、天に向かって指を鳴らしたあと、命令するように雨を降らせる男の姿だった。


 ***


 場面は移り変わって、リシュリュー・ドゥ・ナポレオン内部。

 アイシェンがナポレオンの注意を引き付けている間に船の側面に小さく穴を開け、ファフニールは侵入していたのだ。

 目的は船の主動力室エンジンルーム

 召喚使役型名技は、召喚術者の技量によって強力な存在を操ることができる。時には世界の命運を左右しかねない存在も。

 しかしその代償に、攻撃された瞬間に存在を破壊する、名技の核とも言えるものが存在する。

 ランベス村で戦ったパラケルススの名技にも、核があった。もっとも、彼はその核にすら仕掛けを施すというルール違反をしていたが。

(だがこの船はパラケルススのように単純な構造をしていない。仕掛けを施すのは難しいはずだ)

 そう考え、ファフニールは最も核がありそうな部屋を目指して走っている。行き先は主動力室エンジンルームだ。

 場所は魔力の流れを見れば大体は把握できる。

 そして今、ファフニールはその主動力室エンジンルームと思われる場所の前に到着した。


「……まぁ、そう簡単には壊させてはくれないか」

「ふふふ、この部屋には一歩もいれませんよ。我らが王の、皇帝の、神の邪魔は、決してさせません。えぇえぇさせませんとも!というわけで死にましょう!!」


 いつの間にかいなくなっていたジャンヌ・ダルクは、すでにこの名技の内部に潜入し、主動力室エンジンルームの前で待ち伏せていた。

 甲板でナポレオンと一緒に戦うという選択肢も取れたであろうに、あえて彼女は一人で戦う選択肢を取った。

 これは、外にいるナポレオンを信じたからというだけではない。

 火薬庫を爆破させるという作戦を成功させた二人も信用して、次は名技の核を狙いに来るだろう。

 この予想の裏にはこんな考えもある。「自分ならどう動くか」


「それにしても貴様、あの男に随分と心酔しているようではないか。ナポレオンが神、とでも言いたげな。我の記憶が正しければ、この世界の神話で語られる神は『名前の無い神』だけだった気がするが」


 もちろん神話とは別に神を作る国は存在する。

 ヴェラーマという国では、国王を神と崇める宗教が信仰されている。

 ファフニールはどちらかというと無神教だった。

 この発言も、ジャンヌの気を逸らそうという狙いを込めてのものであった。

 ジャンヌの鉄球とファフニールの剣がぶつかり合う音とともに、二人は言葉をかわす。


「ナポレオン様は、私のことを助けてくれたのです!!それをあーだこーだ言われる筋合いはありません!!」

「そうか、だが少し現実を直視できていないのではないか?」


 ジャンヌにとっては、その言葉は聞き捨てならないものだった。


「それはどういう……」

「簡単だ、あの男は皇帝になると言っていたな。たかが一般兵、しかもただでさえ生き残ることが困難な海戦の前衛に出させるとは、捨て駒と同じようなもの。こんな男に未来はない」

「違うっ!それは、ナポレオン様に王国が期待を――」

「ならなぜ大砲の音が消えた!銃声も聞こえない!そしてブリタニア海軍の士気は依然として高いままだ!!」


 鉄球を弾き、フロッティの剣先が伸びる。

 それはまっすぐ、ジャンヌの左肺に突き刺さった。

 壁に突き刺さる音も響いたということは、恐らく貫通している。

 今まで反撃も絶やさず行ってきたジャンヌだが、ついに悲鳴をあげた。

 呼吸も満足にできない。今ジャンヌができることは、突き刺されたフロッティを抜かれないように押さえるだけだった。


「ハーッ、ハーッ、ヒューッ……!!」

「そうでなくとも、色々方法はあった。だが我との力の差を見て撤退しなかったのは、最大の失策……なぜ我はこんなに苛立って?まぁいい。なんにせよ、貴様が神と崇める男は、神なんかではない。ただの、人間だ」


 小さく、ジャンヌは唇を動かした。「……ぇよ」

 ファフニールは耳を近づける。


「うるせぇって言ってんですよこの畜生!!」

「なッ!?」


 ジャンヌは方に刺さった剣に自身の鉄球をつなぐ鎖を巻き付け、ボキンという音を立ててへし折った。

 ファフニールの持っているフロッティは魔剣だ。折られても魔力を込めれば回復する。しかしそれにはかなりの時間がかかる。

 ならば純粋な体術で勝負と思ったがジャンヌの方が早かった。

 今まで鉄球頼りだった彼女の戦いは、ここへ来て自身の肉体を用いたものへと変化する。

 ナポレオンやファフニールと比べれば遥かに華奢な肉体のどこにそんな力を隠していたのか、彼女はたった一発の回し蹴りをファフニールの頭部に命中させ、2メートルほど遠くまで吹っ飛ばした。


「人の信じてるものを、バカにしないでください。わかりますよ、えぇわかります。あなたさん、他人が嫌いですよね。何があったか知りませんが、恐らくあのアイシェンというお方のことも大嫌いなんでしょう。でもそれが!!私の好きなものを、信じるものを馬鹿にしていい理由になんてなるわけ無いでしょう!!」


 ファフニールは不老不死だ。

 この場で決着を着けることは難しい。

 だがそれでも体力や耐久力には限界がある。

 ここでジャンヌの取った決断は、徹底的に鉄球で頭を殴りつけ、脳味噌が出るまで弱らせた後に拘束する。

 棘のついた鉄球を大きく振りかぶり、ファフニールの頭に当てようとした。


「――ッ」


 ファフニールの額の角に棘が食い込むのと同時に、彼女はジャンヌに向かって左手を突き出した。

 先程までその場に倒れていた女の突然の行動。

 何かしてくると考えたジャンヌは、咄嗟に攻撃をしている右手で防御の体制を取った。

 ファフニールがその手のひらから吹き出したのは小さな炎。しかし相手を火傷させるには十分な威力だ。

 魔術を習ったことがないファフニールの知っている数少ない魔術。反撃の一手になればと思って出した苦し紛れの攻撃だったが、何とも運の悪いことに、ジャンヌの防御している右手は義手だった。

 これでは意味がない、そう考えたファフニールだったが、思わぬ効果を産んでいた。


「……ひ」

「?」

「火がっ、地獄の火がッ……!!故郷を、母さんを、骨をのこ、さない火が!!いやだ、くるな、やめろぉおぉっ――!!」


 たった今、ファフニールを倒すという覚悟を持った少女の目には、もうその輝きは残っていなかった。

 恐怖。それも、これまでの戦いよりも遥かに強い恐怖だ。

 ジャンヌは身を守る用に頭を両手で抱えるが、ガチガチと歯がぶつかり合う音を出しながら、同じ言葉ばかりを何度も繰り返している。

 いやだ、あつい、たすけて、くるな。

 しばらくの後、ジャンヌはその場に倒れた。


「気絶、か?この反応、炎になにか嫌な思い出でもあったか……チッ、こんな決着の仕方なんてさせたくなかった」


 いま倒れている少女を殺すのは簡単だ。

 だが、それよりもこの船を止めるほうが先決だろう。それ以外にも、ファフニールの心に良くないわだかまりのようなものが残っているのも理由だった。

 ファフニールは彼女を一瞥すると、主動力室エンジンルームに向かって歩き出した。

 鉄球と彼女の最後の蹴りのせいか、妙にふらつく。

 壁に寄りかかった。


「…………?」


 そこであることに気付いた。

 先程まで、少なくともファフニールが船内に潜入する前までは雨が降っていた。嵐が起こりそうな巨大な雲が近づき、大雨と雷がなっていたのも確認している。

 にも関わらず、いま窓から見える景色は何だ。

 雨がピタリと止んでおり、なぜか海も凍りついていた。

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