第4話 恋バナはみんな大好き

 ロンドンの町を一人の少女が歩く。

 仮にその人をAさんと名付けよう。

 そのAさんは至って普通の少女だ。

 身長は160センチほど、胸は控えめで顔も幼い。年齢も恐らく100歳代、ヒューマン年齢で言うところの10代あたりと思われる。

 彼女の所持品。まずは一般人が想像するような細くて白い剣、それに腕につけた盾。これだけで彼女が騎士であることもわかる。

 そしてAさんが持っているのは箱。それぞれに日用品、化粧品、着替え、趣味などと書かれており、彼女は多分、引っ越しの途中なのだろう。

 さてここで新しい疑問が湧いてくる。

 彼女が引越し先に持っていこうとしている箱の量は全部で10個。


 何故馬車を使わないのだろうか?


 それは、身体的特徴で言えば普通のカテゴリーに分類されるはずだった彼女を一発で「異常」に分類される特徴が関係している。

 そう、彼女は

 移動の際は、ある物に乗っている。

 氷だ。もう夏だというのに、氷に乗って移動している。

 道の真ん中に氷柱を出現させ、その上に自分とたくさんの荷物を乗せカーリングのようにすいぃっと移動する。

 ロンドンの住民は誰一人としてツッコまないが、心の中では全員こう思っているに違いない。

 ――あなた浮いてますよ?


「おじさん、ちょっと良いかな?」

「うぇ!?あ、あなたはガラハッド様!?は、はい何でしょうか?」

「アイシェン卿……虹の騎士の住む屋敷はどこかわかる?ボクとしたことが、地図をお家に忘れちゃって」

「あ、でしたらあちらの道を右に曲がって――」


 ガラハッドが近くにいた住民に声を掛け、目的の場所を尋ねる。

 その人物が知っている場所だったおかげで、彼女の次に取るべき行動がわかった。


「うん、なんとか行けそうだね。Thank youありがとう!!」


 そうして、彼女は再び氷に乗って目的地に向かって進もうとする。


「あのぉガラハッド様、何故氷に乗って移動を?」

「そんなの決まってるじゃない」


 ニコっと笑って彼女は言う。


「そのほうが面白いから」


 ***


 ガラハッド、ロンドンのアイシェンの住む屋敷到着。


「こんにちは。アイシェンくんはいるかな?」


 玄関の扉にあるベルを鳴らして屋敷の扉を開ける。

 最初に出迎えてくれたのは、ファフニールだった。


「もう来たのか、約束の時間よりはや……ずいぶん荷物の量が多いな」

「女の子はこんなもんでしょ?」

「そう……なのか?我も女だが流石にこれは……まぁいいか。荷物を持とう」

「いや、大丈夫。今日の活動時間はまだまだあるから余裕だよ。それ!!」


 ガラハッドは氷でできた人形を作り出す。

 それらは意思があるように荷物を持ちあげた。

 ファフニールもこれには驚きを隠しきれない。


「これは……すごいな。これが貴様の名技か?」

「いや?こんなの誰でもできるよ。ちょちょっと魔力を込めて動かすだけだから」


 名技は自己申告制である。

 他者から見たら羨ましがる技術も、本人からすればできて当然のものであったり、その逆のパターンは珍しくない。

 ファフニールは「天才め」とだけ言った後、前日に掃除をしたばかりの部屋に案内した。


「で、アイシェンくんはいないの?」

「修行と仕事だ。あれでもうちのリーダーだ。戦争が近いときこそ働かなくては」

「そっか、ちょうどよかった」

「ちょうど良い?」


 最後の荷物を部屋においたファフニールは返した。


「うん。ボクがここで一緒に住んで戦争に備えようって言ったのも、ここのヒトたちと信頼関係を作りたいって思ったからなんだ。ねぇ、あとこの屋敷にいる人って誰?」

「ジークフリート。あいつは今戦争の策を練っているところだ。それがどうかしたか?」

「いや、信頼関係を作るってなると、まずは会話じゃない。だから、女の子同士でお喋りがしたいなって思って」

「例えば?」

「うーん、好きな食べ物の話とか趣味とか、最近ボクが気になってる人がいる、とか?」

「ッ!?」


 大きく目を見開いて、ファフニールは驚愕する。

 そして、一目散に部屋を飛び出した。

 何事かと呆然とするガラハッドを置いて向かった先は、ジークフリートの執務室だ。


「ジークフリート!!ジークフリートはいるか!?」

「いるわよ!!何、敵襲でもあった!?このクソ忙しいときにくだらない用事で呼んだんだったら、私の手首粉砕骨折覚悟してぶん殴るわよ!!」

「それどころではないぞ!!今からここで恋バナが始まる!!」


 ジークフリートは、ため息を吐いた。


「あのねぇ邪竜、そんな用事……もっと早く言いなさいよ!!一大事じゃない!!」

「ケーキと紅茶はどこだ!?」

「アイシェンくんがこっそり買ってきてたやつを出しましょう!!それより恋バナはどこに!?あ、紅茶は倉庫だったわ!!バルムンクに手伝ってもらわなきゃ!!」


 その後、バルムンクを出して紅茶とケーキを用意し、客まで華やかな女子会が開かれることになった。

 何故ここまで慌てているのか。

 恋バナは人類皆大好きで、ここの女衆が、すっごい娯楽に飢えていたからである。


 ***


「彼との出会いは信用戦争のときだったんだけど、初めて見たときからビビってきたんだ。電流が流れたような衝撃っていうやつ」

「ふむふむ」

「そのヒトは参加者の中でも弱い部類で、アグラヴェインよりちょっと強いかなってくらい。でも諦めないでがむしゃらに戦おうとするところとか、とってもかっこよくって……」

「うんうん」

「自分だけっていう自己犠牲だけじゃなくって、ちゃんと後ろにいる仲間を信じてるっていうのもポイント高いと思うんだ!でもやっぱり誰かがいないとだめっていうか、ほっとけないっていうか。ダメ男っぽいけど真面目でユーモラスなところもいいなって思うんだ!!」

「なのさなのさ」


 女子会は続いていた。

 ファフニールとジークフリートはニヤけ面を抑えられず、両手に顔を預けてガラハッドの話を聞いていた。

 ちなみにバルムンクは一番興味なさげに、アイシェン秘蔵のお菓子を黙々と食べていた。

 恐らくこの四人はあとで怒られるのだろう。食べ物の恨みは恐ろしい。


「他人の恋バナは楽しいではないか」

「そうね。最近浮いた話なんて聞かないし、騎士団の中で誰かと恋愛する人なんて滅多にいないもの。それにしても、ガラハッド団長の好きな人って、話を聞く限りアイシェンくんでしょ?一目惚れなんてロマンチックじゃない」

「そうだねぇ。見たときにビビッときたっていうのかな、あれは。ただ正直言って、彼は他の人とは違った雰囲気があるんだよ。神様に愛された人っていう、そんな独特なものが、ね」

「神様に愛された……?」


 ファフニールはガラハッドの言葉を繰り返した。

 ジークフリートも含め、ガラハッドのこの発言の意味を理解することはできなかった。

 一緒に行動するようになってからそれほど日は経っていないが、それなりに一緒にはいる二人と一本だ。

 だがそれでも、アイシェンが神様に愛されているような、異様なまでの幸運だったり、最強の能力なんてものは一切無い。

 努力で他の天才に喰らいついているだけの凡人、それが彼女たちから見たアイシェンへの評価だった。


「それよりさ、確かキミって500年くらい生きてるんだよね?ねぇ、なにか面白い話とかってないの?昔においてきた恋煩いとかさ?」

「えっ、えーっと……もう忘れてしまったな、なにせ何百年も前だ。あったような無かったような……それよりジークフリート!!貴様はどうなんだ?」

「えっ、私!?」

「そうだなぁ身近な男だとアイシェンとスサあたりか。この二人についてなにかないのか?」


 ジークフリートは少し慌てた素振りを見せてから、ゆっくりと話す。


「えぇっとぉ……まずスサはないかな。恋人って言うより、あれは後輩とか、弟分って感じだもの。アイシェンくんは……アリかナシかなら、アリ。料理、美味しいものね」

「あ、そこなのか。まぁ確かに作る料理はうまい。……天職他にあるんじゃないのか?」

「あっはは……バ、バルムンクはなにかないの?」

「わちき剣だよ?」

「剣でもなにかあるでしょ!!」

「うーん……ならわちき、ガラハッドの持ってる剣が良いのさ。見た目もシャープでかっこいい!!」

「あっ、わかる?ボクもこの剣、気に入ってるんだ」


 二人から、無機物じゃんそれ、というツッコミが届いたのは言うまでもない。

 今この場にいない人もいるが、Rainbow騎士団上層部とガラハッドの親密度がほんの少しだけ上がったと言えるこの女子会は、アイシェンとサンの仕事からの帰還をもって終了した。


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