第24話 格の違い

 格の違いとは、どういう時にわかるのか。

 勉学に励む学生は、地頭と要領の良さで格の違いがわかる。

 一国の王も政略や軍略で差こそ出るが、何より人間的魅力カリスマによって格の違いがわかる。

 ならば武に生きる者にとって格の違いがわかるのはどういう時なのか。

 純粋な実力?否。

 技術や練習量?否。

 答えはもっと簡単に、戦闘の時相手を圧倒できるかどうかだ。

 今、アイシェンはランスロットとの戦闘の中で、その意味での格の違いを痛く感じていた。


「シントウ流剣術『其の壱 一閃いっせん』!!『其の参 みだれ』!!」

「……おっそい攻撃ねぇ」


 ファフニールとサンが、アグラヴェインとモルドレッドを引き離してからずっと、アイシェンはがむしゃらにランスロットへ攻撃をしていた。

 ちなみに、ジークフリートはアイシェンの後ろの木陰からじっと見守るだけだ。バルムンクと共闘させようとも考えたが、ぶっつけ本番でタッグを組んで強敵に立ち向かうのを良策とは言えない。

 それにアイシェンは今、ガラハッドの氷でなんとか出血を防いでいるが、それもずっと続くとは思えない。見た目も酷いが、それ以上に彼の傷は深いのだ。

 バルムンクで長期戦をしている間に氷が解けアイシェンが戦えなくなるより、戦えるうちに戦った方がいい。

 だがこれも結果から見れば良策とは言えなかった。


「ハッ……ハァ、ッ!」

「あら、もう終わりなの?情けないわねぇ、そんなんじゃ夜の女の子も満足させられないわよ。その点アタシは持ち前のテクニックで女の子も満足、リピーターだって増やし放題なんだから」

「こっの……化物か……!」

「あんらぁ心外だわ。アタシは魔人族の中では特別体力は多いけど、それ以外は普通のオ・ネ・エ、なんだからね」


 刀では分が悪いと踏んで、アイシェンはナイフでの戦闘に切り替える。

 これは両手に持てば身体を霧に変えられるトーマスの形見。弱点の両手を切られなければ相手からの物理攻撃は一切通じないため、長期戦や防衛戦にはかなり向いている。

 しかし。


「なるほど、手ね」

「ッ!?」


 円卓最強は伊達じゃない。

 魔力の流れからか、一瞬でアイシェンの体の変化を理解したのかは定かではないが、とにかくランスロットは一目見て弱点は手だと気付いた。

 口に出してくれたのは幸いだった。

 やむを得ず、刀での戦闘に切り替える。

 目の前にいるのはブリタニア最強の男だ。出し惜しみなんかして勝てるわけがない。

 アイシェンは後ろのジークフリートをちらりと見る。彼女はしぶしぶ、心底嫌そうに、両手で○の形を作った。


「許可が出た。悪かったな最強、こっからの俺なら少しは楽しませれるかもな」

「へぇ……じゃ、見せてもらうわよ」


 ――言われなくても見せてやる。


「いざ、推して参る!!

 太陽は煌めいて、神の寵愛を受けいざ行かん!!

 覚醒するんだ!『奮い立て、永遠の弱者アイシェン・アンダードッグ』!!」


 その言葉を合図に、アイシェンの周りに黒いモヤのようなものが現れる。

 だがロンドンで見たような、底知れぬ恐怖を植え付けられるようなプレッシャーはない。例えるなら、ロンドンでこの名技を使ったアイシェンは世界を飲み込む巨大な怪物の影。今のアイシェンは、せいぜいが猫の影だ。

 余談だが、名技を使う前の詠唱はその技の威力を上げる、カッコつけるといった意味のほか、その技をといった理由も持つ。


「それが、ロンドンで使ったていうあーたの名技?マーリンが千里眼越しで見たっていう情報だけだから、生で見れたのはラッキーね。でも……ちょっと貧弱じゃないかしら?」

「まぁ、な。こんなのはロンドンで使った覚醒より何倍も劣る。せいぜい10%くらいしか覚醒を……つまり魔力を使っていない。ただ、お前の睡眠大好きでめちゃくちゃ強い娘さんからかなり傷を負わされた。これが使えるのも長くない」

「ガラハッドのこと褒めてくれてありがと。で、つまり?」

「残り少ない時間、楽しませてやるよ!!」


 アイシェンは飛びかかる。今までとは一線を画した速さ。

 そしてブリタニア・コロセウムで散々見せた、一撃で勝負をつける重い一刀。

 ランスロットはこれを難なく受け止めるが、先程に比べれば余裕は薄れた。


「あら、なかなかやるわね。だったらアタシも、それに報いなくちゃ……くらえ、『ウォーター・フォール』!!」


 受け止めたアイシェンの刀から離れ、ランスロットの剣から物凄い勢いの水が吹き出す。

 それはまるで滝のように、アイシェンに向かって流れてきた。

 慌てず刀を持ちながらナイフを取り出し、身体を霧にしてその技を防ぐ。

 周囲に霧が立ち込み前が見えなくなる。同時に素早くランスロットの背後に回り込み、首にナイフを突き立てる。

 しかしそれもあっさりと掴まれ、実体化したアイシェンの身体に拳を叩き込む。その拍子に、持っていたナイフと刀を落としてしまった。

 氷で止血されていた腹部から血が吹き出す。タイムリミットは迫っていた。

 ジャキリ、とアイシェンが持つ3つ目の武器、魔力銃を向けた。


「えぇそうよね、もうあーたに残された武器はそれしか無い。でも、アタシがその銃で怪我をした場面が一度でもあったかしら?アタシなら撃たれても弾ける、アタシなら躱せる。さて、どうやって」


 セリフが言い終わるよりも前に、銃弾が三発、撃ち込まれた。

 それをさっと体を仰け反らせて、ランスロットは躱す。

 溜息を一つ吐いた


「だから無駄だって言ってるじゃない」

「いや、無駄なんかじゃない。位置も角度も、お前が倒れた方向も完璧だった。一つ残念なのは、結局俺は他人の力を借りないと勝てないってことだな」

「何を……まさか!?」


 そのまさかだった。

 戦っていたのはアイシェン。だがこの場にいたのは彼だけではない。

 アイシェンと戦っている隙を付き、タイミングを見計らって剣を放り投げたことで世界に現れたもう一人……いや、もう一本がいた。


「か・ん・ぺ・き、なのさぁ!!」


 人の姿になれる魔剣名具、バルムンク。

 それが跳ね返した魔力弾は、見事にランスロットの右足に当たった。


「ぐうッ」

「バルムンク、準備は?」

アレスグートゥいける!うおぉぉおっ!!」


 そこからアイシェンとバルムンクの猛攻が始まった。

 アイシェンは実力的は未熟で、バルムンクも誰かと実力を合わせるという器用なことはできない。ここにいたのがファフニールやサンであれば話も変わっていただろう。

 しかしこの一人と一本は、全く協力していない。

 ランスロットからしたら面倒極まりないだろう。

 ほんの僅かの覚醒でほんの僅かに身体能力と動体視力を強化、戦うために生まれた剣が持つ天性の戦闘センス。

 そんな奴らが、、「あ、ここでこう剣を振ったらあいつに当たるな」というのみで個人戦を挑んでくる。

 そりゃあひと思いに下手くそでもいいから協力して戦ってほしいものだ。

 だが、この程度で負けるようでは、この男も最強などと呼ばれてはいない。


「舐めるなよ、みにくいアヒルの子がっ!!」


 ランスロットはまず重い一振りをアイシェンに、掌から水流を出しバルムンクに当て吹っ飛ばし、両者を引き離した。


「さぁ、戦いはまだまだここからよ!あーた達、もっとアタシを楽しませてちょうだいね」

「望むところだ」

「当たり前なのさ」


 戦いは、アイシェンとバルムンクが押される形で再開した。

 ここまではジークフリートの作戦通り。

 彼女はアイシェンとバルムンクが同時に戦ったところで、ランスロットには勝てないと考えていた。

 もし勝てるならそれでいいが、勝てない可能性のほうが高い。だからこそ、ランスロットの注意をあの二人に向けさせることが重要だった。

 サンが用意した最後の手段。この森周囲一体に埋まっている大量のを、ジークフリートが信用戦争の始まる前に渡されたスイッチで起爆する。

 いつ、どこでその爆弾を用意して埋めたのかはかなり気になる。しかしサンは、用事だと言っていなくなることもしばしばあったし、この信用戦争がアイシェンの信用を得るために前から企画されていたとしたら、サンがどこかで盗み聞きしていてもおかしくない。

 ファフニールは何でもありな存在と自分で行っていたが、ジークフリートから見れば、サンは何でもありが存在だ。そういうこともあるだろう。

 閑話休題。

 作戦は、その爆弾でランスロットを倒すというシンプルなもの。しかし相手は一筋縄ではいかない。起爆するところを見られるか、足元の爆弾に気付いてしまえばこちらの敗北が確定する。

 サンかファフニールが生き残ってランスロットと戦ったとしても、アイシェンというリーダーが負けてしまえば信用戦争の意味が破綻する。そのために彼の注意を二人に向けなくてはならなかった。

 アイシェンが活躍して派手にこの戦争を終わらせる。

 その最善の策として、ジークフリートはこの方法を選んだ。


 その方法は間違っていない。


 だが誤算はあった。

 アイシェン、バルムンク、ランスロット。この三人がジークフリートの想像を超えるレベルで目の前の戦いにのめり込むタイプであったということ。

 もう一つは、ジークフリートが起爆スイッチを作動させる刹那に、乱入してきた第三者がいたということだった――。


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