第23話 誇れ

 ***


「ぐうゥゥあぁァッ!!」


 現在、ファフニールのフロッティを腰に巻き付けられたアグラヴェインは、高スピードで森の中を移動していた。

 ファフニールは華麗に木を避けながら進むが、アグラヴェインはかなりの頻度で木にぶつかる。これで死亡判定が出されないのは奇跡だった。


「くっそ、離せよぅっ!!」


 左手に鎖を巻き付け、無理やりそれをファフニールの方に振るう。

 フロッティを持つ手に当たり、思わず巻き付けていたアグラヴェインごと剣を落とす。


ッ、あのスピードの中、よく反撃に転じられたな」

「ボ……ワシだって誉れ高き円卓騎士団長の一人だ!!くらえ、『スネーク・チェーン』!!」


 蛇のような不規則な動きをする鉄の鎖。

 ファフニールを貫こうと攻撃をしつつ、とぐろを巻くように動くが素早くその場から移動しフロッティをアグラヴェインに向けて伸ばす。

 それは別の鎖で弾き返すが、そこから続く空中からの猛攻を防ぐので精一杯といった様子だ。しかしアグラヴェインの目的は別にある。

 スネーク・チェーンを使った地上での攻撃と防御に徹した戦闘、空中という余裕のない場所からの攻撃によって、ファフニールは気付けなかった。


「完成!かの敵を貫く、トラップ・チェーン発動!!」

「なっ!?」


 地面には鎖が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。ファフニールは咄嗟にフロッティを鎖のない部分に突き刺しその上に立つことで対応した。

 しかしそれでもアグラヴェインの攻撃は止まらない。

 木々に鎖を巻き付け、空中にもトラップを展開していく。あっという間にファフニールは一歩たりとも動けない状態になってしまった。


「更にここで追い打ちぃ!を、かける。さっきお前はこの鎖を誰でもできる技術と言ったが、そうじゃないってとこ見せてやるからよろしくぅ!!  

 外法の者、黒き彼岸花をその身に生やせ、我ら信ずるは真の神なり

 眼前の巨人に勝利を、この世のジャイアント・キリングを今ここに

 鎖よ集え、我が元に

我が身を護れ、悪知恵を絞れ!アグラヴェイン・ザ・チェーン』!!」


 その瞬間、アグラヴェインのもとに大量の鎖が集まる。

 一本は腕に、一本は足に、一本は腰にと、彼の身体を覆い隠すように巻き付いていく。

 やがて彼の顔以外に鎖が巻き付き終わった。


「どうだ、ただ身体に巻き付いただけだと思うか?残念!この鎖は鎧として我が身を守り剣として敵を攻撃する。仮にお前がワシの顔に殴りかかってきても自己防衛装置が働いてワシを守り、お前の身体を貫く……いわば鎧型のトラップ・チェーンだ」

「……なるほど」


 一言で済ませたが、ファフニールは感心していた。

 確かに傍から見ればただ鎖を身体に巻き付けただけだ。

 しかし、まず行動を制限されないよう巻き付く箇所、量は精密に調整されており、僅かな攻撃にも反応できるよう魔力の使用量も多い。

 何より目を引いたのは、鎖の先端が手や足の先にある、というところだ。あれなら向こうからの攻撃を待つだけではなく、鞭のように敵に攻撃することも可能だし、両手を使って相手の身体に巻き付けることも容易い。

 簡単なようで綿密に作られた名技だと思う。並大抵の相手なら歯がたたないだろう。

 だがしかし。唯一の誤算は、目の前の敵は並大抵の敵ではないことだ。


「さっき、我は貴様に親近感が湧いたといったな。あの言葉に嘘はない」


 慎重に地面に降り、フロッティを突き刺したまま柄を持って曲げていく。


「それが?」

「いやぁ、我としたことがうっかり、大切な部分が抜け落ちてたなって。貴様は何でもありので輝く。だが我は少し違う」


 試しに小さく曲げてから手を離す。バネみたいに元に戻ったことを確認すると、再び大きく剣を曲げ、ファフニールがその上に


「我の場合、が何でもありなんだ――」


 バイィンっ、とフロッティが元の形に戻りファフニールが大砲のようなスピードで真正面から飛んでくる。

 しかしアグラヴェインは慌てなかった。地面に罠が張られているならどうするべきか。答えは単純。飛べばいい。

 それを防ぐために空中にも罠を張ったのだ。今もその罠に当たりかけるファフニールがいた。

 鎖の一本にでも触れれば、すべての鎖が彼女を貫く。

 ところが、ここで誤算が生じる。


「罠が……発動しない?」

「このトラップの弱点は、触らなければ発動しないということ。なら、触らなければいい。森の中での戦闘も幸いした。あとは鎖の隙間に合わせて体勢を変えれば貴様のもとまでたどり着ける!!」


 瞬きよりも一瞬のうちに、ファフニールはアグラヴェインのもとにたどり着いた。

 だがここからが鬼門。圧倒的な防御力を誇る鎖の鎧を、突破しなくてはならない。


「はあぁぁぁあぁっ!!」

「何ぃ!!」


 難しいことは考えない。

 邪竜ファフニールは正面突破しか望まない。

 ゆっくりと拳を握り、彗星のような勢いで鎧を貫き、アグラヴェインの身体に拳を叩き入れた。


「ぐっ……」

「勝負ありだ。まだ死亡判定は出ていないが、このまま更に拳を貴様の身体に沈めればいずれ」

「――それはどうかなっ!」


 トラップ・チェーンが発動する。

 その発動源はアグラヴェインだ。自分でトラップに触れ、罠を作動させた。

 その鎖はファフニールに絡みつき、王手をかけていた彼女の拳もアグラヴェインの身体から離れてしまった。

 そして、次々とファフニールの身体を鉄の鎖が次々と貫いていく。口の中からも鉄の味が感じられた。それが血だと気付くのに、そう時間はかからなかった。


「ふっふふふ……はーっはっは!!わざと自分で発動させて敵に不意打ちをするための罠もしっかりと設置していた!一歩間違えれば自分に攻撃は来るけど、ボクは誉れ高き円卓騎士団長の一人であり、太陽の騎士ガヴェインの弟、黒鎧こくがいの騎士アグラヴェインだ!!そんな失敗、絶対にしない。引き寄せろ、トラップ・チェーン!!」


 その叫びに反応するように、ファフニールを縛っていた鎖はぐいっとアグラヴェインの方に引っ張った。

 その勢いのまま、鎖の鎧に覆われた彼の腕に貫かれた。


「か……勝った?ざまぁみろ!ワシの――」


 勝ちだ。その次の言葉は、自分の腹から飛び出した鎖によって打ち消された。

 自身のトラップ・チェーンが誤作動でも起こしたのか。だが、ファフニールを狙うために発動してからはアグラヴェインは一切触っていない。

 ファフニールも、四肢を鎖で縛られた状態となっているため触りようがない。つまり誤作動なんてあるわけがないのだ。これは誰かが触れない限り罠が発動することなんて無いのだから。

 しかしその答えも、アグラヴェインの首に感じる圧迫感によって判明することとなる。


「これは、突刺剣フロッティ……?」


 それは地面から突き出ており、背中の方から見えないようにアグラヴェインの首に巻き付いてきた。


「結構苦労したぞ。手を離している間にも、地面に突き刺したフロッティを伸ばして貴様の背後まで回るなんて、数回しかやったことがないからな」

「まさか、この剣で罠を発動させた!?手を離しているのにそんな精密な動きができる名具なんて……一体どこで!?」

「さぁ?生前に……少し違うな。まぁ、昔欲しくもないのに押し付けられてな。だが使いにくいぞ。先端以外殺傷性がない武器なんて、本当にどうしろと……まぁ、こうやって貴様の鎖と同じく身体に巻き付く戦術を編み出してからは、幾分かは楽になったが、な!!」


 その言葉を合図に、フロッティに力が入る。

 そしてアグラヴェインの首をゴキリという鈍い音とともにへし折った。

 同時にフロッティが離れ、鎖が解かれ何処かへと消え、彼の身体から光の結晶が飛び出す。

 マーリンの魔術が解除された、つまり死亡判定だ。


「が……はっ。くそぅ、もうちょっとだったのに」


 アグラヴェインはそう言うが、彼の拳がファフニールから離れると同時に彼女の身体からも光の結晶が放たれる。

 引き分けだ。

 だが魔物族の中でも上位種である竜に対して善戦を繰り広げた。

 それだけでも、アグラヴェインは信用戦争でかなりの成果を上げたと言っていいだろう。

 傷が治ったのを確認すると、強い眠気に襲われながらファフニールは立った。


「誇れ。貴様は我を倒した。確かに円卓の騎士団長も貴様の姉といったガヴェインも優れた騎士ではあった。だが、そんなこととは関係なく貴様は、貴様自身は素晴らしい騎士だったと、我が認めるぞ。に認められたのだ、誇れ」

「そっか……それは嬉しい、な……でもそれ……って……」


 言葉を続ける前に彼は眠った。柔らかな寝息が聞こえる。

 かっこつけた手前、雑魚寝はしたくないな。


 ***


 近くの茂みから物音が響く。

 現れたのは、眠ったモルドレッドを担いだサンだった。


「なんだ、貴様も勝っていたのか。早いな」

「そうとも言えませんよ。モルドレッドさんもかなり反撃して、勝ったのが今から一分くらい前ですね。いやはや、円卓随一の戦闘狂はやはり違いますね」

「だが貴様のことだ。私だから勝てたとかそんな傲慢なことを言うのだろう」

「何でわかったんですか!?」


 ――そりゃあ貴様、まだ死亡判定出てないしなぁ……。


「ファフニールさんは引き分けで死亡判定が出ましたか、今にも瞼、閉じそうですよ。ですがまぁ、周りの木についている鎖の跡やこの場に残された雰囲気、地面に突き刺されたあなたの剣などから察するに、相当な接戦だったんでしょうね」

「まぁな。だが、遊んでいたから接戦だったんだ。我が最初から本気を出していればすぐに終わらせれた」

「あれあれー?ファフニールさんってば負け惜しみですか?恥っずかしいですよそれ!」

「う、うるさい事実だ!!それより貴様はここで一体何をやってるんだ。勝ったのなら、あの魔術師が来るまで待機していれば」


 するとサンは、うーんと考え込んだ。


「いや、近くであなたが戦う音が聞こえたので見に来たってだけなんですけど、これは少し妙だと思いませんか?」


 何がだ、そう思いながら腕をつねる。


「当初の作戦では私達がこの二人を抑えて、ランスロットさんと戦っているアイシェンさんとジークフリートさんがを作動させる。私たちはこの二人に勝利し、あとは待つだけで、今も結構な時間を談笑して待っていた。アイシェンさんが手こずってるってので、あれが作動しない理由はわかるんですけど、はおかしい」


 だから何がだ、そう思いながら目をこする。


「さっきまでは死亡判定が出たらすぐに迎えに来たはずのマーリンさんが、いつまで経っても現れないんですよ」


 目をこする手が止まり、ファフニールの眠気は吹っ飛んだ。

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