第17話 弓兵の誇り①

「うぅぅおわぁぁっ!!」


 絶叫を上げながら高度数十メートル上から落下するアイシェン。

 このままでは抱えているガラハッドもろとも地面に激突してしまう。

 その時。


逆さ氷柱アイス・スパイク!!」


 地上から彼に向かって伸びる氷の柱に包まれて、彼はゆっくりと着地していった。

 優しい心を持つ巨人の手のひらのように、アイシェンをそっと地上へ下ろした。


「氷……てことは」

「ふぅ、なんとか無事に着いたみたいだね」


 アイシェンの胸の中で抱えられていたガラハッドが静かに声を出す。驚いて彼女を手放しそうになるが、落ち着いてガラハッドを地面におろした。


「目が覚めたんだ、良かった」

「良かったはこっちのセリフだよ、危うくボクまで死ぬところだったし……」

「い、一応二人で生き残る算段はあったから」

「木の枝に引っかかるとかっていう運頼りでしょ?……ふぁあ、キミの腕の中って結構温かいね、これからもボクのベッドにならない?」

「え、俺今もしかして遠回しな告白されてる?答えはイヤだけど」

「それは残念」

「君たち、戦いが一段落して安心してるのはわかるけど、場所をわきまえたらどうだい?」


 声をかけてきたのは、信用戦争には一切参加していないはずのマーリンだった。

 どこからともなく現れた彼は二人の前に立つ。

 そしてアイシェンが抱えていたガラハッドを、マーリンは肩で担いだ。

 すると彼女は嫌そうに顔をしかめる。小さな声で「寝心地最悪」と呟いた。


「脱落した選手は、わたしが責任を持って回収することになってるんだ。ちなみに一人回収すれば3万イーエン、ボロ儲けだよへッへッへ」

「この戦争だけで30万も稼げるってマーリン先生、それ詐欺では?」

「ここ給料いいからね、アイシェン君も騎士団長になれば月収○○ピー万イーエン貰えるよ」

「いや俺金に興味は……待って、聞き捨てならないんだけど。そこまでいくと詳しく聞きたいんだけど!!」


 そこまで言ってマーリンは立ち去ろうとする。

 それを静止しようとしてアイシェンは待ったをかけた。まだガラハッドに聞いていないことがあったからだ。彼女の目はもう閉じようとしていたが、まだ話す時間はあるはずだ。

 先程の彼女との戦いで傷ついた体にムチを打って声を上げる。


「ちょ、ちょっと待ってくれないか?まだ聞きたいことがあって……なんでガラハッドは俺を指名して戦ってくれたんだ?俺とお前、全く接点なんてなかったのに」


 昨日のブリタニア・コロセウムで少し関わりはあったが、本当に少しだ。

 ただその少しというのは、椅子のある場所でアイシェンが間違って押し潰してしまっただけだ。

 ――いや、十分ひどいし謝ってもいないけど。

 もしそれだとしたら、彼女からはあまり怒りという感情を感じられなかった。まるでこちらの攻撃をすべて見るためのような、戦いを楽しんでいるという具合だった。


「なんでって、そりゃあ……」


 彼女は眠そうに目を擦りながらゆっくりと口を開く。アイシェンは息を呑んで次の言葉を待った。


「……顔が良いから?」

「…………………………は?」

「参加者メンバーを写真で見たとき、キミは顔が良いなって思って」


 想像の斜め上を行く回答をされた。戦うものとして闘志が湧いたとか、それこそ昨日尻に敷かれたのがムカついたからとか、そういうのが良かった。

 ただ顔が良いと褒められて内心嬉しかったのも事実である。


「カッコ良すぎずブサイクすぎず。カリスマに溢れつつ頼り無さが露呈しつつ。ボクが一番好きなTHE平凡って顔してるんだもん」

「褒められてなかった!?」

「そして何より、キミはだし。戦う前は半信半疑だけど、この戦いで確信した」


 それこそ無い。自分ほど、神に見捨てられた存在はないと、アイシェンは思っていた。

 そんな思いが表情に出ていたのか、ガラハッドは微笑みを浮かべながら諭すように言う。


「まぁ神に愛されたかはともかく、キミは結構ボク好みの顔付きしてるんだ。それに戦い方もボク好みで男女平等の問答無用。少し、惚れちゃったかな」

「か、勘弁してほしいな」

「ふふっ……ふぁ、もう目を開けてられないや。それじゃあアイシェンくん、頑張ってね。戦いはまだまだ苛烈化してく。それから、今度会ったら、円卓騎士団団長最年少の、本当の実力を、見せて……あげるか、ら……」


 ガラハッドはマーリンの魔術で消えていった。

 彼女は怪我が治っていたがアイシェンはそうはいかない。まだ脱落していないから、怪我は残ったままだ。腹部に穴が、頭はぱっくりと切れ血がドバドバと。

 大きく息を吐いて、近くの木に寄りかかった。

 次彼女に会ったときは、正直に謝ってから彼女の力を堪能しよう。

 不思議と楽しそうに笑って、アイシェンは空を見上げる。


「戦いはまだまだ苛烈化していく、か……」


 その予言を現すかのように、彼の周囲の気温が急速に上昇したのを、肌で感じとった。

 ――少しくらい、休ませてくれよ。

 アイシェンは刀を杖代わりにして、鞘を放り投げた……。


 ***


 何かが落ちて空気がこすれる音がした。ヒト二人分くらいの鈍い音だ。

 着地寸前で何か技を使ったのか、地面に激突した音は聞こえない。

 空中に会った氷の闘技場が消えている。つまり落ちてきたのは――。


「ガラハッドさんとアイシェンさん、ですか……これはつまり、アイシェンさんは勝ったと見て良いんですよね?」


 森の中でお散歩をするかのような優雅な気分で、サンはそこにいた。

 それを見上げ、時々歩きつつ、予め持参していた飲み物を口にする。今回は紅茶に挑戦してみたのだが、やはりお茶は緑に限るなとサンは顔を歪ませ、全て森の養分にすることにした。

 やがてまた歩き出す。バシュッ、と弓を引いたような音が響く。彼女が射ったのではない。弓矢の音だ。

 サンは暗殺者が標的のどたまをぶち抜くときのような落ち着いた気持ちでその矢を掴みさばいた。


「茶菓子が欲しくなりますね、うちのアイシェンさんはあれでも料理が得意なんです。特に和菓子なんて絶品で、この私が店を出しましょうって提案したレベルなんですよ」


 サンが掴んでいた矢が煙のように消える。それを気にも留めず、サンは黒い長髪を風にたなびかせて、森の中の弓兵に向かって世間話をする。


「なのにあの人、「俺は戦いしか出来ないので」なんて言うんですよ。教育のために私は彼を何度も叩きましたが、あの時が一番強く気がしますね。お陰で料理や家事全般、簡単な計算まで人並みに出来るようになり、私の道場の経営はアイシェンさんがしていた」


 サンは懺悔するように話を続ける。


「でもやっぱり、彼に武芸の才能が周囲に比べてあまりないと言っても根っこは戦いに生きる者『シントウの民』。戦いで生きようとするんです。私は、教育を間違えたんですかね。それとも彼の意思を尊重し続けるべきだったんですかね……」


 今度は空からいくつもの矢が降り注いだ。百や二百はくだらない程の凄まじい量の矢が。

 しかしサンはその矢の雨の中を、自分に当たりそうな矢だけを正確に、淡々といなした。

 すると彼女は、「流石に飽きましたね」と呟いた。


「そろそろ出たらどうですか?貴方は一射ごとに居場所を変えてるつもりでしょうけど、私には通用しません。世間話で尺埋めするのも結構面倒なんですよ?」


 サンは挑発するように手招いた。

 あっという間もなく森の中から長身の男性が現れた。

 サンと同じロングヘアーだが、髪の色は豊かな自然を思わせる緑色だ。白い装備品とマントは彼の清潔さを思わせるが、半目で隈のあるその目からは一種の恐怖心を覚える。

 ――寝てないんでしょうかね。

 目測190を超える身長、5本の弦がついた巨大な弓、それを扱うにふさわしい筋肉、顔もなかなか整っているが目つきは怖い。


「改めまして、私はサンと申します。アイシェンさんの仲間の弓兵であり師匠です、以後お見知りおきを。貴方は円卓騎士団団長の一人、『寡黙の騎士』と名高いトリスタン・ピクトホースで合ってますか?」


 トリスタンはコクリとうなずく。


 名前:トリスタン・ピクトホース

 年齢:三百六十一歳

 性別:男

 使用武器:弓矢(属性:風)

 種族:魔族


 以上が彼のプロフィールである。

 トリスタンは円卓騎士団唯一の弓使いであり、風を操る騎士である。彼の使う武器『フェイルノート』は、周囲の空気を固め風をまとわせ、目には見えない矢を作ることが出来る。

 ちなみになぜそれをサンが触れられたのかというと、純粋に彼女が天才だったからだ。他の騎士団長でさえも出来ない芸当である。

 そしてトリスタンは無口で敵に見つからないよう敵を殺す暗殺者のような戦いを好むため、寡黙の騎士と呼ばれている。彼が首に巻いているマフラーは口元を見せない(いわゆるかっこつけ)という意味がある。


「折角ですし、少しおしゃべりくらいしましょうよ。さっきの話なんですけど、私の教育って間違ってたと思います?この際忌憚なき意見をお願いします」

「……………………(首を横に振る)」

「……えっと、私の教育は間違ってた、と?」

「……………………(首を横に振る)」

「じゃあ正しかったんでしょうか?」

「……………………(首を横に振る)」

「何が正解なんですか!?ていうか喋れ!!」


 トリスタンは何も喋らない。サンと向かい合ってからというもの、彼女をジロジロと見るだけで口を開かない。

 相手から喋るのを待とうかとも考えたが、そんな時間はない。そうじゃなくてもアイシェンが空中闘技場に行った時から二人は鬼ごっこを繰り返していたのだ。

 高速を超える速さでサンは自身の持つ弓を引き、トリスタンに向けて矢を放った。

 すると彼は一切驚くことなくその矢を掴み取り、ボキリと折った。


「不意打ちとはいえ、今の結構自信あったんですけどね」

「……………………安い」

「はい?」

「……貴公の実力はさることながら、弓を引いてから矢を放つまでの時間も短く、威力も高い。タイミングも完璧だ。本来戦いの場では完璧なんてありえないのに、貴公はそれを我が物としている」


 先程まで無口だったものとは思えないほど饒舌に彼は喋り始めた。

 自分の実力には人間はいつか死ぬという事実以上信じているサンだが、いざ面と向かって言われると照れる。

 だが安いとは何のことだろうか。


「にも関わらず、貴公の使っている武器は安い、安すぎる。そこら辺の初心者用武器屋に売っているレベルの武器だ。イチイの木……いや、木製ですら無い竹製、しかもそこらへんの山に生えている高級さの欠片もない竹だ」


 貴公ならもっと良い武器があったはずだ、トリスタンは続けた。

 確かにサンの武器は安物、シントウの里にはもっと良い弓矢を使っている人がいた。彼女の類まれな弓の技術で気付かれにくいが、サンの弓は使い方を間違えればすぐ折れる、ところどころ傷だらけで無骨、誰でも買える、作れるものだ。


「ですがね……」

「……………………?」

「真の強者とは、武器の良し悪しで実力は変わらない。私は己の実力に自信があります。素晴らしい弓を使えば、私の名は世界に響き大金を積んで私を雇おうとする者も現れるでしょう。何だったら、貴方のその弓を使っても良い」

「……………………ふーん」

「ですが、それに何の意味があるんですか。良い武器を使えば強いのは当たり前です。良い脚本家を雇って良い映画を作るように、良い物を使えば大成するのは当たり前なんですよ。だから私は、自分に確固たる実力をつけるためにこの安物の武器を使う、そして勝つ。これが私の誇りです!!」


 二人は互いに弓を構えた。遠くで炎が燃え上がる。

 ここ以外にも戦いは繰り広げられているの、私も頑張らなければと、サンは己を鼓舞した。

 トリスタンは隈のあるその目の目つきをさらに鋭くさせ、サンを睨む。

 対してサンはその長い黒髪を風に揺らされながら遠くを見る。トリスタンを倒した、その先を。


「誇りか……」

「貴方にも、ありますか?」

「………………わからない。だけどもせめて、負けるときは勝者の武器で、その手で死にたい、な――!!」


 二人の弓兵は弦を引いた。

 その様子をマーリンの魔術によって遠くから眺めていた観客からは、二人はまるで吟遊詩人のような優雅さで矢を放っているように見えた。





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