第24話 橋の守護者と時計台の演奏者

 ***


「うぉぉおッ!!」


 アイシェンは時計台に向かうためのストリートを、ホムンクルスを刀で斬りながら進んでいた。

 ロンドン特有の美しい石畳の地面に、次々と血の跡が付いていく。これは偽物だった。

 アイシェンは別に、人を殺すことに抵抗が無いわけではない。

 と言うのも戦うために存在するシントウにとって、人を殺すことは至極当然のことであり、だったのだ。

 それでも悲しみはある。

 目の前にいるホムンクルスはもともと一人の人間だったわけだし、叶うならば救いたい。

 しかし方法がないのであれば、せめて苦しまないよう一瞬で楽にするのが、アイシェンなりの道理だった。

 だからアイシェンは、走りながら的確にホムンクルス達の首や心臓など、確実に急所のみを狙って殺している。


「そういえばアイシェンさんって、魔力銃を使わないんですか?」


 不意に、後ろからホムンクルス達の頭を矢で射ち抜いていたサンが口を開く。


「走りながら相手を一発で殺せるほど、俺は別に上手くないんですけど」

「それじゃあ貸して貰えます?」


 言われるがままに、アイシェンはサンに魔力銃を投げ渡した。

 すると彼女は慣れた手つきで。


「なるほど……持ち手のところから魔力を吸い込む術式が埋め込まれており、リロードの必要がない。加えて、撃鉄が無いので連射も可能、と……」


 一通り確認し終えると、彼女は走りながらホムンクルスの頭を正確に撃ち抜いた。


「これ凄い便利ですよ!!自分の想像した威力で発射してくれるので、手加減も余裕です!!」

「何?サン先生やたらと手慣れてません?魔力銃使ったことあるの?」

「有りませんよこんな野蛮なもの。ところでアイシェンさん、これ使うときは周囲に気を付けてくださいね。例えば粉とかが舞うところで撃ったりでもしたら、とんでもない爆発が起きますよ」

「何それ超怖い」


 面白い話でもないのに、サンはクスクスと笑いだした。「まぁこれは火薬を使わないので、その心配は無さそうですが」


「二人とも、橋に着いたよ」


 一番後ろで安全にあとを付いてきていたジークの言葉を聞いて、二人は立ち止まる。

 緑色のアーチ状になっている橋脚と規則的に建てられた街灯は、ブリタニア特有の優雅さを感じさせ、見る者に美しいと思わせた。

 そして渡った先に見える時計台と合わせることで、ブリタニアの雄大さを垣間見る。


「……よし、行こう」


 アイシェンのその言葉に頷いた二人と共に、橋の上を駆け走った。

 そして橋の半分を渡り終えたときだった。


「――ヒャッハァァッ!!」


 突然、空から拳が降ってきた――!!


「危ない!」


 アイシェンとジークは、いち早く反応したサンに引っ張られ、事なきを得た。

 体制を整え、拳の降った場所を見ると、とても意外な人物がそこにいた。


「なっ……お前、煙管屋の店主!?」


 昼間、ファフニールと一緒に訪れた煙管屋の店主だった。

 印象的な肩を露出させた服を着ているが、昼間の好青年なイメージから大きくかけ離れた雰囲気である。

 更には、水色だった両目は、真っ赤に染まっている。

 別人にしか見えなかった。


「あ?んだよ誰かと思えば昼間のガキじゃあねぇか。あのとき捕まえときゃ良かったなぁ……。俺の名前はハンター・ハイド、銀のナイフだと、バックと呼ばれてる」


 腰にかけていた大きなナイフを取りだし、彼は言った。

 やはり昼間の印象とは打って変わって、彼も殺人鬼集団の一人なのだと、アイシェンは思い知らされた。


「まぁ、そこのアイシェン?は、うちのリーダーのお気に入りだからな、さっさと行けよ。でもな、他の二人は殺させてもらうぜ!!」

「バルムンク、行って!!」


 ジークは剣を放り投げ、光と共に現れたジークそっくりの容姿をしたバルムンクは、両手に持った剣でそれを受け止めた。

 ハイドは突然現れた人物に戸惑いながらも、ナイフに込める力を強める。


「ここは私とバルムンクに任せて……二人は先に行って!」

「クソッ、行かせねぇよぉ!!」

「のっさぁ!」


 目標を変えようとしたハイドを、意図も容易く押さえつけたバルムンク。

 あの掛け声だけはどうにかならなかったのかと疑問に思いながら、アイシェンとサンは時計台を目指した。


 ***


 アイシェンとサンは時計台に入った。

 中は二人の想像以上に無骨なものだった。

 布の掛かった大きな何かと壁に沿うかたちで天井へ続く階段、歯車仕掛けの内部、そして埃と黴の入り交じった臭いが二人を出迎えた。

 これを上るのかと不意に口に出すと、少々めんどくさいという感情が現れる。

 まともに上っていたらどれくらいの時間がかかるだろうか。

 しかし上らなくてはならないことも事実。

 アイシェンは螺旋階段の一段目に足を乗せようとしたが、そこでサンが止まるよう促した。


「……何か聞こえませんか?」


 サンが耳を澄ませ、アイシェンも真似ると、確かに聞こえた。

 歯車の回る音と鎖が引きずるような音だった。

 すると部屋の中心に檻のようなものが降りてきた。

 その中に居たのは、白髪のクリーム色のタキシードを着た青年、モーツァルトだった。


「うん、予想よりも早かったね。結構結構」


 モーツァルトはちゃらけた調子でそう言った。


「エレベーター……構造的には古いですけどまさかここで動いているなんて」

「うちのリーダーがそういうの好きでさぁ。え、待って?これ古いの?……まぁ、移動には便利なんだ」


 モーツァルトはアイシェンの方を向き、エレベーターに乗るよう促した。

 サンにはその場で動かずに待つように言った。


「私と貴方では、到底勝負になりそうにありませんけど」

「その時はその時さ、なんとかなるでしょ。さぁアイシェン、乗った乗った」


 言われるがまま、アイシェンはエレベーターに左足を入れる。

 そしてもう片方の足を入れる直前に、思い返したかのようにモーツァルトの方を振り向いた。


「乗る前に、質問があるんだけど、良いかな?」

「もちろんだとも、何だい?」

「……どうしてお前達は全員、俺を先に行かせたがるんだ?」


 するとモーツァルトの表情が真面目なものに変わった。


「リーダーの為、リーダーのお気に入りって言うけど、それって私情だよな?なのに銀のナイフのメンバーは全員、当然のように従ってるように見えた。それは何故?」

「従ってるように、かぁ。君にはそう見えるか」


 一呼吸置いて、彼は想うように話した。


「銀のナイフはね、POWという組織の一部ということになってるけど、私たちはそうは思ってない。私たちのリーダーはあくまでジャックだけなんだ。誰かに従うことが嫌いなサイエンスも、ジャックの言うことだけは聞く。それに、私たちはただ従ってるんじゃない、付いて行ってるんだ、彼に」


 モーツァルトの言葉に、アイシェンは反論をするわけでもなく、静かに耳を傾けていた。


「彼や私のやっていることが正しいとは言わない。でも、君の思うトーマスにも、私たちのリーダーであるジャックにもこれだけは言える。彼は、良い奴だ」

「――そう、か」


 そう呟くと、アイシェンはエレベーターに乗り込んだ。

 モーツァルトはエレベーターに付いていたスイッチのようなものを押すと、途端に扉は閉まり、エレベーターは上昇していった。

 下から見上げるモーツァルトの視線はどこか、悲しみを帯びているように見えた。


 ***


「あらら、行ってしまいましたか」


 サンは弓矢を引き、モーツァルトに向けた。


「さっきの話、あれは真実ですか?」

「真実さ。あの話に嘘偽りはない。それともなんだ、君は私がそんな嘘を付くような人に見えるかい?」


 モーツァルトは近くにあった布をばさりと持ち上げながら言った。

 布の掛かっていたものの正体は、グランドピアノだった。


「見えるか見えないかなら、見えます」

「その心は?」

「女の勘ですよ」


 言い終わるのと同時にサンは矢を二本放った。

 しかしそれは、鍵盤を強く叩き衝撃波を発生させることによってあっさりと防がれた。

 楽器を通して音で攻撃する、エメージュ・モーツァルト。


「これ、美しくないんだよな――」

「ふむ、あのメンバーの中で、貴方は一番弱いという印象を私は持ってましたが、撤回しましょう」

「そりゃどうも。そして私も確信したよ。私なら、君を殺せる」


 その言葉にサンは鼻で笑いながら、堂々とした態度で言った。


「大した自信ですね、やれるものならやってみなさい」

「それでは……」


 このときに攻撃することも考えたが、モーツァルトが何をしてくるのかという好奇心が勝り、一先ず見てみることにした。

 ――今にして思えばこの時の判断は、この戦いにおけるサンの唯一の失敗だったのだろう。

 彼はピアノの前でサンを観客に見立てて一礼し、椅子にゆっくりと腰掛けた。


「それでは聴きたまえ、そして堕ちろ

『さよなら希望の未来』モーツァルト・メランジ


 短い詠唱と共に弾き始めたピアノ。

 その一曲一曲は、サンにも聞いたことのあるものだった。

 最初の曲は『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』

 曲を聴けば誰にでもわかる、澄んだ空気と明るい太陽、そして恋人への愛を奏でる楽しい歌という印象を彷彿とさせる。

 しかし、異変はすぐに起こった。

 モーツァルトがミスをしたのだ。

 すぐに持ち直すが、それでもまた一度、もう一度とミスを重ねる。

 彼の演奏は、では聴いたことがなかったが、ミスをするなどあり得ないことだけはサンにも理解していた。


(何故?しかも一つ一つは至って単純で素人にも分かりやすいものばかり。何が狙いでしょうか……)


 続いて、『フィガロの結婚』

 これもまた有名なものだ。

 しかし彼はまたもミスを連続する。

 断続的で、理解のしやすいものばかりを。


「もう……やめなさい!!」


 その時。

 一瞬、一瞬だった。

 サンの脳裏に走馬灯のようなものが駆け巡った。

 そしてそれは、現実となる。

 目の前でサンに跪く人々。

 戦争のときにはサンを戦闘にして必ず勝利を掴もうとする人々。

 そして人々が決まって口に言う言葉。

 ――あぁ平和王、平和王。我らに勝利を、平和王よ!!


「違う!!私はもう、平和王じゃない!!」


 サンは激昂した。


「驚いたかい?これが僕の名技だ。ピアノの曲をメドレー形式で演奏し、わざと分かりやすいところで音を外したり、もしくは感情を込めて弾くことによって、相手のを蘇らせる。今回は君の辛い記憶を蘇らせてみたけど、なるほど。効果は抜群のようだ」


 サンは唸り声をあげながらうずくまる。

 そんな状態のサンを見ながら、モーツァルトは一つの疑問を思い浮かべる。


(平和王……平和王とはなんだ?)


 彼女達の民族、シントウに何か関わりのあることなのか。

 国王会議の連中ならば何か知ってるのだろうか。

 ――これは、後でサイエンスに調べてもらう必要があるかもしれない。

 外から何かの爆発音のようなものが轟いた。

 ――ウィリアムは無事か?


「いや、今はとにかく、彼女を殺すべきか」


 モーツァルトは静かに、頭の中にある邪念を振り払いながら今弾いている曲に集中し、サンを殺す機会をうかがった。

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