第22話 作戦会議inロンドン

 アジトというのは、誰かに見つからない、勘づかれない場所に作るのが定石だ。

 例えば誰も来ない鬱蒼とした森の更に奥、あるいは街の中にある廃屋や、普通の家の地下など。ロビン・フッド義賊団のアジトなんかは、森の中にある洞窟にあった。

 定石過ぎて、もはやそこにあって当然と言えるような場所に多くあるが、いかに見つからないよう巧妙に隠せるかという手腕も、アジト設営では試されている。

 つまり、トーマス達のいる銀のナイフがアジトとしているあの時計台は、アジト設営の定石としては大変よろしくないが、『いかに見つからないよう巧妙に隠せるか』という観点で見るならば、これ以上ない地点と言っても良い。

 

「バレてるのは……わざとか?」

「わざとだと思うぜ。実はその情報を確かめるために、何人か偵察隊を送り込んだんだが、時計台の中で優雅に紅茶をすする銀のナイフの連中が発見された」

「その時攻撃は?」

「しなかった。つぅか出来なかった。偵察隊の話によると、隠れながら見ていたんだが、確実に目があったんだとよ。まるで『見逃してやるから帰れ』て言ってるようにな」


 何とも不思議な話だ。

 あえて見つかりやすい、メリットがほとんどない場所にアジトを作る。

 あっさりと侵入を許し、それに気付きながらも人を殺さない。

 ランベス村であの惨事を引き起こしたとは思えないほど間抜けに思えた。

 アイシェンとモルドレッドの会話に真っ先に疑問を口にしたのはファフニールだった。


「そこまでして、連中の目的はなんなのだ?なぜそこまでしてこちらを挑発する?」

「その答えが、この手紙だ」


 モルドレッドは懐から一枚の紙を取り出した。

 差出人は銀のナイフ、トーマス達である。

 ランベス村で見たあの手紙と筆跡も一致していた。

 受け取ったファフニールが、これを読み上げた。


「『僕たちは逃げも隠れもしない。今晩、君を迎えに行こう。さぁアイシェン君、早く君も覚悟をしておくといい』。なんだこの手紙は……」


 思わず恐怖に似た感情を覚えた。

 まさかここまでとは、とサンも思わず口に出す。

 これまでのことから、トーマス達は騎士団を、国家を何とも思っていない。

 こちらにヒントを与えすぎている。

 劇場型、誘導するかのような、戦い。


「迎えに行こう、これはつまり、銀のナイフの中から何人か送り込むから、負けたくなければ抵抗しろ、ということですか?」

「かもな。だが、オレの場合は戦争とかで戦闘経験があるが向こうにはそれがない。一対一になることはないだろ。相性の良い何人かを、固めて放り込む、とか」


 モルドレッドの推測には、多少の説得力が含まれていた。

 人数もまるで狙い定めたかのようだったが、それに意味はないのかもしれない。

 しかし彼らは、本当はただ戦いたいだけなのかもしれない。

 全員はそう思った。


 ***


「よし、銀髪参謀。どいつがどの順番で来るかはわかるか?」

「完璧にはわからないから、あくまで想像でしかないけど」


 想像でも予測できるのか、とアイシェンは感心した。

 普通の人ならば、大して会ったことのない相手が、どのような順番で来るのか何てわからない。

 それほど彼女はやはり頭が良いということだろうか。


「まず最初に、夜間はこの街の人々は外に出ないんでしょ?だとしたら最初に来るのは、建物だらけの街のなかでも相手を殺すための活動ができるもの。好都合な人物がいるわ。シェイクスピアと、パラケルススの二人が」

「まずはその二人が来るのか……根拠はなんだ銀髪参謀」

「村で見た戦闘方法から推理したの。シェイクスピアは本の中から迷路を出した。パラケルススは薬を持っていたけど、彼の名技は人をホムンクルスにしてしまうやぐら、つまり二人とも召喚型の技しか使ってこなかった。逆に言えば、本人が直接する戦い方は苦手なんじゃないかな」


 ジークの推理には説得力があった。

 召喚型の名技使いのほとんどは、自力での戦闘を嫌う傾向がある。

 以前にも言ったが名技のほとんどは自己申告制だ。自分が得意な技、使える技を名技と言い張ればそれで十分なパターンが多い。

 モルドレッドの赤い雷もただ魔力を自分が一番変形させやすい雷の形にしているだけなのだ。

 自分が戦うことが苦手なのなら、召喚した者に戦わせて、それが名技であると言えば良い。


「だがモーツァルトも戦うことが苦手そうではあったぞ。我の姿を見た途端に、仲間に応援要請の笛をならしていた」

「だとしたら……最初は三人体制か。どちらにしろ私が一番気になるのは、このバックという人物がいったいどういう戦い方をするのかっていうことなのよ」


 するとモルドレッドがロンドンの地図を目の前にある長机に広げた。

 この机は来客用、つまり最大四人用であるため、地図を広げて置くのに丁度良かった。


「送り込むってことは、直接ここにってことだろうな。この役所から真っ直ぐ進む道を行けば時計台だから、最初の奴を避けたら……そのまま真っ直ぐか」

「なら、最初の刺客に何人か配置して、時計塔にまっすぐ向かって」

「あの、ちょっと良いですか?」


 モルドレッドとジークの作戦会議に、サンは思うところがあって口を挟む。


「ずっと話を聞いていれば、どうして夜に戦うという前提で話を進めているのでしょう。戦うなら、明るくて応援も頼みやすい日中にするべきでは?」

「それじゃ駄目なんだよ、ブラックロン毛」


 自分の提案を真っ先に否定されたことに少しムッとしながら、サンは「何故です」と返した。

 しかしモルドレッドの話す理由に、納得せざるを得なかった。


「実はこの作戦は……一回目じゃねぇ、二回目なんだ」

「……何ですって?」

「一回目はブリタニアの王都『キャメロット』で行われた。あのときは円卓のメンバーが全員いて、余裕で捕まえられると思ってたんだ。そしたら、今回と同じように、俺たちを挑発するような手紙が届いた」


 この時の手紙は、まだ銀のナイフという名前も使わずに、ただPOWという組織全体の名前だけだった。そして内容は、『今晩、君たちの城に攻撃をする』というものだったらしい。

 あらかじめアジトを突き止め、先制攻撃をしようとした円卓は、明るい日中に作戦を決行した。

 結果は惨敗。

 そのときは霧に紛れて毒薬をばらまかれ、その場にいたほとんどが重症、殉職したらしい。


「その後で奴等はこう手紙で言ったよ。黙って待ってれば良かったものを、てな」

「ちょっと待てよモルドレッド。それって、いつの話だ?」

「確か……一ヶ月前くらいかな」


 トーマスがシントウの里を出ていった時期と一致する。


「とにかく……オレたちはもう、奴等を逃がすわけにいかねぇんだ。死んでいった仲間達のためにも、この国のためにも、オレは絶対に奴等を!!」


 その言葉に、トーマス達に対する怒りの感情はなかった。

 怒りの矛先は、恐らく自分。

 そしてキャメロット、ランベスと、何度も仲間を失ったことに対する悲しみ。


 この場にいる全員は、決意を固めた。

 必ず、捕まえる。倒すという、決意を。

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