第21話 銀のナイフのアジト
小さな店で煙管を買った二人はその後、街の中をまた適当に歩き回っていた。
その途中でカップケーキを売っている店を見つけ、ファフニールの奢りで食べた。
彼女いわく、煙管のお礼らしい。
お礼をお礼で返すと言うのもおかしな話だが、悪い気はしなかった。
ファフニールは何度か煙管を、初めてとは思えないほど上手に吸っていた。
ゴスロリ服姿の女性が煙管を吸っては天を仰ぎふぅと吹く。
右目を包帯で隠し、竜であることを象徴するような額から生えた二本の角。
一つ一つを見れば非常に不釣り合いであるが、実際に見てみるとどこか神秘的で儚さもあり、言ってしまえばカッコ良かった。
「もうすぐで一時……そろそろ行くか?」
ロンドンの中心に建つ時計台の針は、もう十二時五十分を過ぎていた。
二人のいる位置から、最初の噴水広場までは大して遠くないとはいえ、少し急いだ方がいいだろう。
何よりサンは、集合の五分前には必ず来るようなタイプなのだ。
例え一時丁度に集合場所に来たとしても、「遅い」と怒ってしまうのだ。
――我が師匠ながら、理不尽な性格してるよ。
そんなことを考えながら二人は噴水前広場に到着する。
「おーい二人とも、お待たせ!」
「時間は十二時五十六分……ギリギリ遅刻ですね」
集合時間の四分前なのだが。
しかしこれが彼女の普通なのだと思い直し、アイシェンは素直に「すいません」と謝罪した。
「お詫びにこれどうぞ」
「これは……煙管ですか!え、どうしてアイシェンさんが買ってるんですか?この街の煙管屋……とても高い場所ばかりでしたのに」
「穴場があったんですよ。何とそんなに高そうな見た目をしておきながら二百イーエン。安いでしょ?」
実際はその十倍の値段だったのだが、サンは特に疑いもせずに、有り難う御座いますと言って受け取った。
「こっちはその煙管買ったり甘いもの食べたりしてたけど、そっちは何をしてたんだ?」
「ジークさんに頼んでロンドンの案内をしてもらってたんですよ。ほら、いつ戦うかわかったものじゃありませんからね」
「……でもねアイシェン君、出来ればもう、サンちゃんとは二人きりで歩きたくない、かも……」
サンの影に隠れて気がつかなかったが、ジークフリートはぐったりとした表情を浮かべていた。
サンとジークフリートの二人は噴水前広場から共に行動を始めた、までは良かったのだが、それからは苦労の連続だった。
アイシェン達の行った煙管屋をはじめ、どこかの店に行ってはその店の関係者と口論になる。
元々は街の案内が目的であったはずなのにサンの歩くスピードに合わせられず別れてしまうこともあった。
挙げ句にはジークフリートを探すために無許可で人の家の屋根に登ったりもしていたらしい。
サンは見た目から清楚な女性と判断されがちだが、清楚の対角線上に位置するのではないかと思われるほど大雑把な行動をとってしまうことが多い。
アイシェンもそれは重々承知していたが、まさか他人の家の屋根に登ってしまうとは思いもつかず。
「ご、ごめん。今度からは俺がサン先生と歩くから」
と軽めの謝罪をした。
「とにかくもう……今は団長のいるところに行こう。そろそろ話は終わっただろうし」
ジークフリートは「こっち」と道を示しながらモルドレッドのいる場所へと急いだ。
***
ジークフリートに道案内をしてもらったまでは良いが、彼女も役所までの道のりはよく覚えていなかったようで、到着までなかなかの時間をかけた。
見た目は役所というより貴族の豪邸のようであり、高級感の溢れる雰囲気に包まれていた。
慣れない状況に困惑しながら、役所の中に入り、モルドレッドのいる場所へと行く。
「お、早かったな。あと一時間はかかると思ってたぜ」
役所の最上階で彼女はのんびりとコーヒーを飲みながら本を読んでいた。
本を机の上におき、近くを通りかかった職員にコーヒーを四杯持ってくるよう頼んでいた。
頼まれた方は「自分はウェイトレスじゃないのに」と言っていたが、立場的にはモルドレッドの方が上だからか、すぐに人数分のコーヒーを用意した。
モルドレッドはアイシェン達にその辺のソファに座るよう促すと、手に持っていたコーヒーをズズッと啜った。
「てっきり銀髪参謀の方向音痴っぷりに戸惑って、まだまだかかるものだと思ってたが、なんだいつの間に克服したんだ?」
「こ……ここは結構目立つし」
ジークフリートはやっぱり方向音痴だったようだ。
この場所までの道のりの間、地図を見ることも何度かあったが、彼女は北の方角を西と勘違いしたり、同じ通路を繰り返し通ってもいた。
そのことをモルドレッドはわかっていたため、アイシェン達に何があったのかも想像に難くなく、むしろ想像してケラケラと笑い出した。
「さてと、ロンドンにいる国家の息がかかった奴に聞いたんだが、やっぱり連中はここにいるらしい」
「どうしてわかったのですか?」
とサンが疑問を口にする。
「つい昨日の夜中、雨でも特別天気が悪いわけでもねぇのに、霧が現れたらしいぜ。しかも、その中を走る影も見たらしい。今ブリタニアは殺人鬼、銀のナイフの噂で一杯だ。夜中に出歩くバカはいねぇから、一発でわかったらしいぜ」
霧。
ランベス村でトーマスは、モルドレッドから逃げるために霧の中に隠れていた。
その前に彼は、「君と同じように特別な技がある」とも言っていたため、その霧は、トーマスの名技と見て正しい。
恐らく敵の追っ手や、ロンドンにいる者に姿を見られないようにするために霧を作ったと思われるが逆効果、こちらに居場所を教えてしまった。
「ついでに奴等のアジトも突き止めた。それがあれだ」
モルドレッドは窓からそのアジトを指す。
それは人知れずポツンと建てられた家や、人が近付かない廃屋などではなく、この町で最も目立つ建造物――
「え、あれなのか?本当に?」
「まぁ、コーヒー侍が疑問に思うのも仕方ねぇよなぁ」
指したのは、時計台だった。
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