第18話 嘘つき探偵
***
――次の日。
「だぁかぁらぁ!!てめぇは威力を考えろっつってんだよ!!てめぇの呼んだ竜の攻撃のせいで、オレたちまで吹っ飛ばされたじゃねぇか!!つかそもそも、来るのがおっせぇんだよぉッ!!」
「まぁまぁ落ち着きなさいってモルドレッド君、もとい赤雷の騎士。怪我はボクの魔法で治ったし、敵も倒せて迷路も消えた。良いことづくめじゃないか」
「それ本気で言ってんなら、こっちも本気で殴るぞこのミラクルクソマーリン!!見ろ外を、家まで消えて焼け野原じゃねえか!!」
「……えっと、あれどんな状況だ?」
たった今起きてきたアイシェンは、モルドレッドと白髪の男との言い争いを眺めていたジークフリートに状況を聞いた。
昨夜、暴走したパラケルススの名技を止めるために奔走した一行は、突如として現れた白髪の青年の呼び出した白竜によって吹き飛ばされ、ただでさえ疲れていた身体は更にボロボロ。
ついでに全員気を失っていた。
起きていたのはその場から遠く離れていたサンと、身の危険を感じ、そそくさと逃げたファフニール位であった、らしい。
ジークフリートはボサボサの髪の毛を押さえながら溜め息をつく。
「彼は……彼の名前はアンブローズ・マーリン。このブリタニアが誇る最強の魔術師で、全てを見通す予言者」
名前:アンブローズ・マーリン
年齢:千歳
性別:男
使用武器:魔術等
種族:魔族
以上が彼のプロフィールである。名前が判明した為、ここからはマーリンと呼称する。
「あの人が俺たちを助けてくれた……そういえば外の迷路とかパラケルススのやぐらも綺麗さっぱり消えてる。ついでに村の家も消し飛んでるけど……まぁ、悪い人じゃないんだな!」
するとジークフリートは反応せず、居心地が悪そうに身体をさすり始めた。
するとこの話を聞いていたマーリンが近くに来る。
「やぁやぁ君がアイシェン君だね?心強いシントウの味方が出来たと、モルドレッド君から聞いていたよ。よろしく!」
「あ、どうも」
(なんだ、やっぱり良い人じゃないか)
と思ったのも束の間。
「10万イーエン」
「は?」
「だから、一先ず助けてあげたんだからその謝礼金!昨日の夜の規模を考えると、これくらいは妥当かな」
ちなみにイーエンとはこの世界の共通通貨である。
読者にもわかりやすく例えるならば、十万イーエンは、日本円で十万円である。
「そ、そんな大金無いんだけども……」
「しょうがないなぁ……ツケにしてあげるから、この紙にサインよろしく」
もはやどうすれば良いのかもわからず、視線の先にいたモルドレッドに助けをも止めると、彼女もこうなることがわかっていたのか溜め息をついて頭を掻いている。
「コーヒー侍、てめぇは魔族の寿命はどれくらいか知ってるか?」
「え?さぁ……」
「魔族にとって十年は、ヒューマンや民族にとっての一年と同じなんだ。つまり普通に考えて八百歳辺りが寿命だ。だが、このクソ魔術師は魔術で自分の寿命を伸ばし続けて今はもう、千を越えてる」
「せっ……!?何でそんなに?」
「こいつは何より金が好きなんだよ。宮廷魔術師になった理由だって、給料良いからだろこのろくでなし」
マーリンは否定もせず、むしろ「まぁね」と開き直った。
「そのせいで生まれたこいつのあだ名がそれはもうひどくてな。『性格以外はイケメン』『若作りの代名詞』『ミラクルクソマーリン』」
「えー、『ミラクルクソマーリン』って呼んでるのはモルドレッド君だけじゃないか」
「オレに限らず円卓は皆呼んでんだよ、心の中でな!!」
円卓、というまたわからない単語が出てきたが、アイシェンはとりあえず無視しておいた。
「ジーク……本当にあれが、ブリタニア最強の魔術師?」
「普段はあんなだけど、あの人は強いよ。見たでしょ、昨日のあの竜を。でもまぁ、ちょっと普段の生活とか性格に難有りというか」
それは大分問題ではないのだろうか。
「それよりも、だね……」
唐突にマーリンは、アイシェンの顔に近づいた。
香水のような花のような、強い香りにむせ返りそうになる。
「君は……面白い目を持ってるね」
「目?千里眼の事か?」
するととても驚いたように後ろに下がり。
「ちょっと鎌をかけてみただけなんだけど、モルドレッド君、本当かい?」
「オレに聞かれてもわかんねぇよ。コーヒー侍の能力に興味なかったし」
そういえば言ってなかった。
というより、聞かれなかった。
「どのくらい見えるんだい、その目で」
「どのくらいって、うーん……三キロくらい先までかな?千里なんてとても」
「相手の未来とか、過去とかは?」
「全然見えないけど……もしかして」
「お察しの通り、持ってるよ。君は両目ともらしいけど、ボクは片目でね」
マーリンは右目の赤色のカラーコンタクトを取り外した。
そして現れたのは、左目と同じ綺麗な青色をした目ではなく、紫のようなお世辞にも綺麗とは言いがたい色をした目だった。
「目の色が……青じゃなくて、紫っぽい?」
「昔は両目とも青かったよ。でもねぇ、千里眼を酷使しすぎてすっかり充血しちゃったんだ。君もあるだろ、千里眼使った時とか」
千里眼は瞳にかかる負担がとてつもない。
アイシェンの場合、三キロメートル先を見るのでさえ目が熱くなったり、血が集中し真っ赤になる。最悪の場合、失明する。
マーリンはどれ程先を見ることが出来るのかはまだ知らないが、元々は青かった目が紫色になるまでというと、相当使っている事は確かだ。
マーリンは再び、赤色のコンタクトを右目につけた。
「見た目が美しくないからね、カラーコンタクトを入れて誤魔化してるのさ」
「は、はぁ……」
「よっし!同じ千里眼のよしみで、ボクがプレゼントをあげよう。ジャジャーン♪」
マーリンが懐に手を入れて取り出したのは、以前アイシェンが見た……。
「ま、魔力銃!?」
オラトン村で出会ったジェームズの持っていた魔力銃だった。
手にぴったりとはまる持ち手に、ここからあのすさまじい威力のたまが飛び出すとは思えない細長い筒。
ジェームズの物よりもシンプルに見えた。
「珍しいじゃねぇか、てめぇが誰かに無料で物をやるなんて」
「これはただの魔力銃じゃないからね」
モルドレッドは「どう言うことだ?」と返す。
「ほら、魔力銃って色んな種類あるけど、この片手で持てるタイプって反動少なそうに見えて結構強いじゃん?だから反動少なくして連射出来るタイプの銃を作ってってお願いされたんだ」
「さては……コーヒー侍がこれを使えばお前の銃の宣伝になるから金を取らねぇんだな」
図星のようで、マーリンはにこにこと笑っている。言葉には出していないがこれは要するに「せいかーい♪」ということだろう。「やっぱてめぇクソだな」
「さてアイシェン君、気に入ってくれたかな?」
「ジェームズが似たようなもの使ってたってこと以外はカッコいい」
「……なるほどね。じゃあ試しにアイシェン君、一発天井に撃ってみようか」
「えぇっ!?」
「良いよね、モルドレッド君」
「あぁ?さてはてめぇこの寮崩す気じゃ……あぁそういうことか。良いぜ、一発だけならな」
何が『そういうことか』だったのかは知らないが、二人の中では何かがまとまっているらしい。
気付くと、ジークフリートはいつの間にかどこかへ行っていた。この銃が危険だから離れたのだろうか。
「さぁアイシェン君、まずは普通に持って、引き金に人差し指をかけて」
「えっと……こう?」
「上手だ。さて次は……あそこだ」
千里眼を使ったように、彼は右目を手で覆った。
彼が指したのは、何の変哲もない、灯りや模様があるわけでもないただの天井。
「リロードの必要も、威力の調整もない。持つだけでこれは魔力を込められるから。ただ引くんだ……ゆっくりと、心を落ち着かせて……撃て!」
――ダァンッ!
崖から岩が真っ直ぐ落ちるよりも鋭い破裂音が部屋を響かせる。
アイシェンの撃った光の玉は、そのままマーリンの狙った天井を貫いていった。
***
――Blood Thunder騎士団寮 屋上
アイシェンが銃を撃った三分前、ホームズ、サン、ファフニールの三人はここにいた。
「えぇと、ファフニールにサン?どうしてこんなところに呼び出したのね?」
「あぁいえ、私たちは少し、自分の悩みを解消したいだけでして」
悩み?とホームズが首をかしげる。
「ホームズちゃんに出来ることなら何でもするけど……何なのね?」
「……単刀直入に言うぞ、貴様は裏切り者か?」
「どういうことなのね?」
突然の質問に質問で返すホームズ。
その言葉には、怒りの感情が入り交じっている。
「いえ、勘違いならいいんですけど、ホームズさん、あなたはちょっと、知りすぎてませんか?パラケルススの名技の弱点と内部構造。実際に入ってきたって……あれ一人で入ろうとしたら気が狂ってホムンクルスになるのでしょう?」
「更に言えば貴様、例の
するとホームズは、よりいっそう怒りをにじませた声で。
「確かに……でも、探偵はあくまでも探偵であって戦闘員じゃない。ついでに言えば、あれに近づくだけなら色々方法がある!ただ知りすぎてるからって疑うなんてひどいのね!!」
「確かに、これだけなら私たちも『ちょっと怪しいな』程度で済んだでしょうね。ここに証人を召喚しましょう、ジークさん!」
その声を合図に、屋上の入り口からジークが現れた。
その手には何か、手紙のようなものを持っている。
「覚えてる?これはこの騎士団に送られてきた、協力者からの手紙。内容がどうも不自然だったから、何かの暗号化と思って解読してみた」
あえてトーマス達からとは話さなかった。
その手紙の内容はこうだった。
『拝啓 親愛なる国家
うん、最初はなんて書こうか迷ったけど、国家への挨拶が先かな、そう思ってこう書き出した。
乱暴な王に従う愚かな騎士団よ。
銀のナイフを持つ我々に平伏すが良い。
理由なんてどうでも良いのさ。ただ我々は憎いだけなのだから。
早くも我々は勢力を拡大することに成功したようだ。
本日手始めに、この村にやって来た君たちを皆殺しにして見せた。厳密に言えば、皆ではないがね。
おっとそういえば、君たちが来る前からすでに、五人ほど殺して見せたっけ。
無駄に被害者を増やすより、早くこのブリタニアという国を滅ぼした方がいいんじゃないか?
随分と長話が弾んでしまったな。
敬具』
「気づいた?これ、拝啓と敬具を除いて、それぞれの文の最初の一文字だけ取れば」
『うらぎりはほおむず』
「裏切りはホームズ、になる」
諦めたように、ホームズは息を吐いた。
その表情には、先程までの無実を訴える感情はなかった。
「……協力者、か。誰なのかは予想がついたが、まぁいい。とにかくこの村で銀のナイフの連中はよく働いたのだからな」
これが彼女の本性なのか。
先程の可愛らしい高い声から、女声でありながらも低い、恐怖を感じさせる声へと変わっていた。
「随分と余裕そうではないか。貴様はここで捕まるのだぞ?」
「捕まる?ワタクシが、か。それはまた初めての経験にはなるが、生憎そんな時間はない」
「その一人称……なるほど貴方は、オラトンの村長、いや村長に化けた者、ジェームズ」
正体を完全に暴かれたホームズ、いやジェームズは、三人とは目を合わせずに空を仰いだ。
「……オラトンでは世話になったな。あの時の恨みを、とも言いたいが今回は時間がない。だからせめて――」
一呼吸置いて、ジェームズは懐から何かを取り出した。
「一人くらいは殺して行こうか!!」
ピストルを三人に向ける。
しかし。
――ダァンッ!
「グッ!?ぐぉお……!!」
「今ですファフニールさん!!」
「わかってる!!」
取り押さえようとファフニールは手を伸ばすが、寸前のところでジェームズは空へと浮かんだ。
いや、浮かんだというより背中から突然生えた翼で空を飛んだ。
「くッ……まさか中から銃で撃つとは!ここは一先ず撤退か」
「待て貴様!!逃げる気か!!」
「逃げは恥ではない、貴女方もワタクシから逃げたではないか、だが覚えておけ。ワタクシは、根に持つぞ」
文章でも形容しがたい恐ろしい表情を向け、ジェームズはどこかへ飛び去っていく。
ボロボロの村と空に浮かぶ太陽、そしてその中を飛ぶジェームズの姿はひどくミスマッチで、どこか、絵画のような神秘さを醸し出していた。
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