第70話勝てない(確信)

がんがんと金属の触れ合う音が響く。

静寂の中に響くのは、四人の荒い息だけ。


「っは、やっぱりクロフォードは強いね……おっと」


「そんなことを言っている場合ではないぞ」


クロフォード対ペルシオの練習試合は現在、若干ペルシオの劣勢である。

近づいて離れて、離れて近づいて、と繰り返してかなり経っているが、そろそろ終わりが見えてきたようだ。


「よっ、テディったらまた腕を上げた? あぶなっ」


「そっちこそっ! はあ、やるわね」


そして隣のビアンカ対ドロテアは、いつもと変わりなくビアンカが優勢になったりドロテアが優勢になったりと終わりが見えない。

もともと彼女たちは二人で組んで戦うのだ。

恐ろしいほど息がぴったりなのだから、練習試合の決着がつかないのは確実に仕方がない。


「っと、く、」


そうこうしているうちにペルシオの表情がどんどん険しくなっていき、一瞬の隙を突かれて彼女の剣は大きな音を立てて床に落ちた。

真後ろは壁。

とん、とクロフォードの剣が肩に乗せられる。


「降参。これだからクロフォードと練習試合するのは嫌なんだ」


大きくため息をついてみせた彼女の首元から剣が離れていく。


「そうはいってもお前だって十分強いだろう。相手がいない者同士やるほかないな」


「一度だけ特務師団の副団長とやったことがあるけど俺には彼くらいがいいよ。その時はなかなかやりごたえがあったしね。結局勝ったのは俺だったけど、すごく悔しそうにしてたからきっともっと強くなってる。名前なんだったかなあ」


「それは私も気になるな」


「後輩いじめはよくないと思うな、俺」


ペルシオの言う通りである。

厳密にいえば現在の特務師団の副団長はクロフォードよりも年上であり、騎士団に入ったのも彼より前なのだが。


「だが特務師団の副団長ともなれば団長であるゼルディランと剣を交えることもあると思うが?」


「聞いた話だと彼は強すぎるから絶対にやらないと宣言しているらしいよ」


絶対にそうしたほうがいい。

とそこへ。

近衛騎士団では絶対に聞かない、少年の声が響いた。


「兄上! こちらにいらしたんですね!」


「ゼルディラン」


噂をすれば。

国一番の剣の使い手と呼ばれる、ゼルディラン・レストのお出ましだ。


「何をしに来た? 勤務中ではないのか?」


不思議そうに尋ねれば、彼はあどけない笑顔を浮かべる。


「もちろん、仕事中ですよ。兄上が練習試合してるって噂を聞いて、せっかくだから兄上に相手してもらおうと思って!」


うわあ。

クロフォードは最悪だとこめかみをおさえた。

彼は強い。

でも、どんなに強くったって国一番にはかなわないのだ。


「陛下はお忙しいのか」


「僕鍛錬がしたいんじゃなくて兄上と練習試合がしたいので陛下のご予定は聞いてません」


ご愁傷様です。


「だめですか? 一試合だけでいいから……」


「仕方がないな……」


世間からどれほど氷の王子と言われようと、クロフォードだって兄。

弟にお願いされたら叶えてあげたくなるのが性だ。

ということでものすごくいやいやながら彼はゼルディランと向き合った。


「団長がんばれえ~!」


いつの間にか試合を終えたビアンカとドロテアが憐れむような視線を向けつつ、嫌みったらしい声で応援してくる。

これは応援と言っていいものなのか。


「あ、二人とも試合終わったんだね。今日はどっちが勝ったの?」


「私!」


どうやら本日のビアンカ対ドロテア、勝者はドロテアだったようだ。

ビアンカはテディベアを抱きしめて少し悔しそうな顔をしていたが、クロフォードとゼルディランの試合が始まるとなったとたんどうでもいいやと言わんばかりに期待の目で二人を見始めた。

すごいね。


「じゃあ始めようか。兄上とやるのは久しぶりだから嬉しいな」


ペルシオが合図を出して、兄弟での練習試合が始まった。

と思ったら三分ほどで決着がついた。

クロフォードの間近まで潜り込んでにやりと笑うゼルディラン。

もちろん彼の圧勝である。


「最高記録じゃない? こんなにもつなんて」


「まったくだな」


どうやらこれでも遅かったらしい。

恐るべきゼルディラン。


――――――――――――――――――


ゼルディラン君はすごいんだよ

次の更新予定日は一月十二日です!

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