第64話深刻な問題
「んん~」
眩しい朝日が差し込み、クリスティンはふわ、とあくびをした。
眠そうにくしくしと目をこすりながら体を起こす。
「おはようジュリア」
ちょうど部屋に入ってきたジャンが声をかける。
もう彼はとっくに着替えていて、今から仕事に行くらしい。
精霊祭は終わったが、彼は責任者の一人。
後始末にしばらく追われることになる。
「もう行ってしまうの?」
「すまない。こればかりはな」
申し訳なさそうに困った顔を浮かべたジャンの頭を、クリスティンはふわりと撫でた。
「今日も頑張ってね?」
「ああ」
若干彼の纏う空気が和らいだ、と思ったが、顔が怖いのでちょっとわからない。
「ビア、今日の予定は何だったかしら」
朝食をとりつつクリスティンが尋ねる。
「今日はご実家にご用事があるとおっしゃっていましたよ」
「本当だわ。お父様に呼ばれていたのよね」
今思い出したというように彼女は声を上げた。
父親との約束だがそれでいいのか。
「ディーア、なにか手土産を見繕ってくれるかしら? ラビニとセヨは私と一緒にお花を摘みに行きましょう。ロゼッタはお花が好きだから、持って行ってあげたいわ」
公爵家の本館にはいつも花があふれている。
敷地の一番目立つところに建っていて、素通りするなんて選択肢の無い建物にはいつも何かにつけてよっていっていた。
「それにしてもお父様が私を呼び寄せられるなんて珍しいわ。今日はお仕事がおやすみなのかしら」
「本当ですね。ジャン様は普通にご出勤なさってましたから」
「めずらしいです!」
ラビニとセヨが顔を見合わせた。
人間の姿でも、二人はクリスティンにとっての癒しだ。
「ふふ、可愛い。さて、準備をしましょうか」
世界一美しい微笑みで彼女に笑いかけられ、四人は気合を入れて返事をした。
「お父様!」
ぱあっと明るい声が響き、レスト前公爵が振り向く。
「ティーナ。よく来てくれたね」
穏やかな声で彼は愛娘に声をかけると、そのまま椅子に座るように促した。
後ろに控えていたラビニがクリスティンに手土産の入ったかごを渡す。
「お友達からいただいたワインなの。とってもおいしいと有名なのよ」
まあそのお友達、というのはほかでもない酒神ディオニュソスなのだが。
そんなことを全く知らない前公爵は、それは嬉しいな、あとでいただこうと後ろの侍女に渡していた。
「ところでどうかなさったの?」
単刀直入に用件を聞くと、彼が笑顔になる。
「ティーナももう結婚してずいぶん経つだろう?」
そういえばそうか、とクリスティンは頷いた。
約一年ぐらいだろうか。
だが、それとこれとが結びつかない。
「でも私はまだ一度もティーナの屋敷を訪れていないと思ってね」
あ、いやな予感。
と、その一言で彼女はそれを感じ取ってしまった。
彼女とジャンが一番避けたいことの可能性が高い。
「今度の休みにでも屋敷にお邪魔してもいいかな」
あーあ、予想的中。
クリスティンは完璧な笑顔を崩さず、心の中で絶望した。
屋敷はある。
あるには。
でもだって、今彼女たちが住んでいるのは、前公爵に言ってある屋敷ではない。
人々の寄り付かない闇の森の中の、静かで穏やかなあの城なのだ。
大変なことになった。
なんとかあの場は笑顔で頷いて帰ってきたが、これは本当にまずい。
「ああ、どうしましょう。私まだあの屋敷をちっとも整えていないわ」
ずっとここで暮らしてきて、特に何の問題もなかったし、まだレスト公爵家にいた時だって自分から何かを催すことの無かったクリスティンは、誰かが屋敷に来るという状況が全く起こらなかった。
そもそも王宮の催し事や公爵家、侯爵家なんかの催し事でしか他の貴族たちに会うことがない。
「ジュリア様、ジャン様がお帰りですよ」
ディーアが知らせてくれたので、彼女は少々乱れた髪をさっとなおしてぱたぱたと彼のもとに向かった。
「おかえりなさいジャン、大変よ」
「何かあったのか!?」
開口一番にそう言われ、ジャンの顔つきが変わる。
なにか重大なことに巻き込まれたと思ったのだろうか。
だがまあクリスティンにとってこれは大変な問題なので。
「今度、お父様が私たちのお屋敷にいらっしゃりたいそうなの。あの屋敷に私やあなたのものなんてほとんどないし、使用人はたったの四人よ。今から手配が間に合うかしら!」
「……それは……重大すぎる問題だ……」
ジャンは大きくため息をつくと、天を仰いだ。
――――――――――――――――――――
ちょっとの間クリスティン、ロゼッタの話になります。はじめはクリスティンから!ロゼッタはなくなるかも。
次の更新予定日は十一月十七日です!
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