第56話ああ、素敵で素敵で仕方がない
「ねえゼルディラン様、特務師団ってなあに? 何する人なの?」
リデュレス王国にきて二日目の朝。
ゼルディランは早々にニーナに捕まっていた。
別に彼は彼女に恋をしているのだから、それはそれは嬉しいことだろうが。
「えっとそうだなあ、一番に敵の偵察に行って戦略を練ったりするところかなあ」
「ていさつ? せんりゃく?」
聞き慣れない言葉にニーナは首を傾げる。
知らなくて当然だ。
まだ彼女は幼いし、何より一般人なのだから。
とは言いつつ、ゼルディラン自身も自分が団長になってから大きな戦争はなかったので曖昧である。
何か忘れているかもしれないし。
「こっそり敵がどんな奴らか見て、そのあとどうやったら勝てるか考えるんだよ」
「そうなんだ。じゃあゼルディラン様は頭がいいのね!」
すごーい、と目を輝かせて言ってくるニーナが、あまりにもかわいい。
「いや、僕は頭より体を動かす方が好きなんだ。頭脳戦は兄のほうが上」
兄――ここではクロフォードのことであろうが、彼は大変頭が切れる。ゼルディランだってかなり頭はいいほうだが、兄と比べれば劣るし、何より彼がディアネス神国で一番なのは剣術であって、頭脳ではない。なぜ特務師団に配属されたのかは彼の一番の謎である。
「どっちもすごいの! ゼルディラン様、お兄ちゃんがいるんだ! どんな人なのか教えて?」
好奇心いっぱいで覗き込んできたニーナに笑いかけながら、ゼルディランは自分の兄弟について話し始めた。
「ふーん、ゼルディラン様の兄弟、たくさんいる上にとっても素敵な人なのね! 羨ましいなあ、私の兄弟はお姉ちゃんだけだもん」
ニーナがむーっと頬をふくらませる。
「素敵なお姉さまじゃないか。しかもレイ王子が義理の兄なんて素敵だと思うよ。優しくって」
「うん、レイ様はいいお兄ちゃんなのよ。私のことたくさん褒めてくれるもん」
あの王族らしからぬ優しさは、やはりこの国特有のもの。この国では毎日が楽しそうだとゼルディランは思う。別に向こうでの生活が楽しくないわけではない。妹は可愛いし、仕事だってやりがいがあるし、でも意地汚い大人たちによる不正が無くならないのも事実だ。
「やっぱり僕はこの国が好きだな」
ぼそりとそうこぼすと、ニーナはとても喜んだ顔をした。
「素敵でしょ! 他の国に言ったことがないからわからないけど、私この国が大好き。大好きなゼルディラン様にも好きって言ってもらえて嬉しい!」
いただきました、大好きなゼルディラン様! 心の中でゼルディランは勝鬨を上げる。
「でもね、私……」
どうやら続きがあるようだ。彼は彼女の言葉に耳を傾けた。ニーナがほんのりと頬を赤く染める。
「お姫様の国にも行ってみたい。だってゼルディラン様が生まれ育ったところを見てみたいの」
「へあっ」
あまりに可愛らしかったので、思わず変な声が出た。
「ゼルディラン様のかっこいいお兄ちゃんたちと会ってみたいし、ぜっせいのびしょうじょの妹の子ともおしゃべりしてみたい。でね、ゼルディラン様に国を案内してもらえたらとっても素敵でしょ?」
「それは僕も素敵だと思うな。いつか必ず招待するよ」
小さくてふくふくした手を握りながらゼルディランはニーナに笑いかける。すると彼女は、さっきよりももっと顔を赤くしてその場から動けなくなってしまった。何と言ったって目の前にいるのは美形一族、レスト公爵家の息子で、絶世の美少女とその美貌を讃えられるクリスティン・セルヴィールの兄なのだから。
「や、約束してくれる?」
やっとのことで声を絞り出して、ニーナはそう尋ねた。ああ、心臓に悪い。なんでこんな彼に惚れてしまったのだろうと、自分だって思っている。そもそも身分違いで、姉が王家に嫁いだから会えたのだ。最早完全に運命だろう。
「もちろん。君との約束を破るなんて、絶対にそんなことしない」
つい先程までこの少女に悶えていたのに、照れもせずさらりとそんなことを言うあたりさすがとしか言いようがない。その技術をぜひ兄のクロフォードに分けてやってほしいところだ。
「じゃあ待ってるね、いつかあなたが私をあなたのお家に招待してくれるのを」
「うん。待っていて」
ぎゅっとお互いの手を握る。指を絡めてそのまま二人は顔を近づけた。
「ふふ、ご飯食べに行こう? 私おなかすいちゃった」
「そうだね」
なんて柔らかくて優しい、束の間の幸せだろうか。
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ろりとしょたの甘酸っぱい恋愛、めちゃめちゃかわいいんだけどいつも書いてるのがあれなので難しいです。
次回の更新予定日は十月十七日です!
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