第55話どっちもびっくりだよ
「あら、ニーナちゃんどうしたの?」
ゼルディランに釘付けになっている少女が気になったのか、王妃が彼女に声をかけた。
ああ、彼女の名前はニーナというのか、と軽く現実逃避する。
「さっきの騎士様、お姫様のお国の使者の方だったんですか!? ひえ、本当にごめんなさい!!」
「ニーナ、また何かやったの?」
王子妃と思しきもう一人の少女が片手を腰に当て人差し指を立ててニーナを叱る。
とはいえ、あまりにも平和的な叱り方すぎて微笑ましい。
ゼルディランは全く怒っていなかったし、寧ろ再びニーナと会えたことが嬉しくてにやけそうなのを必死に隠しているだけなのだが。
「廊下でぶつかっちゃったの。その……ごめんなさい……」
「いえ、よそ見して歩いていた私にも非はありますから。こちらこそ申し訳ありません」
別段怖がられるような見た目はしていないが、それでも怖がらせたら嫌だと思って彼は少し申し訳なさそうな表情をしつつ胸に手をあて謝罪した。
すると、ニーナはくるりと王子妃の背中に隠れてしまった。
小動物のような、ちまちました動きが可愛らしい。
でもどうだろう、怖がらせてしまったのだろうか。
そう思ってばれないように肩を落としたゼルディランに向かって、とんでもない一言が発せられた。
「ニーナ、お客様に失礼よ」
「だって、あの騎士様すごくかっこいいんだもの!真っ直ぐ目を見れないの」
なんてかわいいんだ。
ゼルディランは危うく天に昇るところだった。
まあ死んで行くのは天ではなく地下だが。
「ごめんなさいね、妹が。あ、まだ何にも名前を名乗っていなかったわ。ごめんなさい」
妹も大概だが姉も抜けているらしい。
それまで静観していたレイが、やれやれといった様子で口を開いた。
「すまない、せっかく来てくれたのに失礼なことを。僕はレイ・リーリアス。シェレネの兄だ。こちらは妃のミーナとその妹のニーナ。何日ぐらいいられるのかな? 良ければゆっくりしていってね」
「っこ、こちらこそ申し遅れましたっ! ディアネス神国特務師団長のゼルディラン・レストと申します。私は一介の使者ですから用事が済めば長居せず国へ帰りますが……」
他国の王族に迷惑をかける訳にはいかないのだ。
ゼルディランにとってこの国はあまりに居心地がよかったが、用がなくなればさっさと帰るべきである。
だがなんだか、目の前の王妃は納得していないらしい。
「まあ、じゃあ私、このお手紙にお返事を書くわ。帰るときに一緒に持って帰ってくれないかしら」
「ええもちろん、喜んでお受けいたします」
「よかった。私お手紙書くのに時間がかかるから三日ぐらいは王宮に滞在しててちょうだい」
「え゛」
思わず変な声が出た。
が、王妃のいうことなので逆らえない。
ゼルディランは早々にすべてをあきらめた。
「年が近いんだからニーナちゃんと遊んであげて、王宮にはニーナちゃんと同年代の子があまりいなくて困っていたの」
ぱちんと片目を瞑ったお茶目な彼女に膝から崩れ落ちそうになりながらちらりとニーナの方を見れば、彼女は彼女で真っ赤に染まった顔を手で覆ってこちらを見つめてきていて、とうとう平静を保てなくなった彼は初めての感情にへなへなと床に座り込んでしまった。
大国の特務師団長として、一生の不覚。
彼女はゼルディラン・レストが約十六年間生きてきて、初めて恋した少女だったのだから。
「ごめんなさいね、質素なお料理で。これでよければたくさんあるからいっぱいおかわりしてね」
自分の前に出来立てパンやスープが運ばれてくる。
不安げにそう言ってくる王妃だが、ゼルディランの意識は他のところに向いていた。
どうして食器が木なんだ??
どうしてわざわざ大きな机をどけて小さな机で??
そして、どうして王妃やら王子妃自ら給仕しているんだ??
どれだけ考えたって、疑問は尽きない。
「あ、料理は全部私たちが作っているから毒の心配はしないでね。本当はもう大丈夫なんだけれど、やっぱり心配だから良いって言われるまで私たちが作るようにしているの」
「お、王妃様が自ら!?」
驚くのも無理はない。
だって彼は名門公爵家の出で、いくら使用人が信用できるからといって刺客が紛れ込んでいるかもしれないと食べる料理はいつも毒見後の少しぬるくなった料理だし、母親の記憶はほとんどないが父親や妹だって自分で料理などしなかった。
この国は何もかもが違う。
でも不思議と、落ち着けるのだ。
この温和で優しく、お人好しな彼らの空気に。
それでほっとしたのか、それとも向かいの席に片思いの彼女がいるからか、ゼルディランはふっと年相応に表情を崩した。
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ニーナちゃんとゼルディラン君の恋の予感です
次回の投稿は十月十三日の予定です~
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