第47話神の加護

「我が妃よ」


「はぁい?」


完全に寝る準備に入っていたシェレネに、ウィルフルが声をかけた。

眠気のせいか心做しかふわふわしている。

そんな彼女の金の髪を指に絡ませながら、彼は口を開いた。


「リデュレス王国のことだが」


昨日行ってきたリデュレス王国。

その優しさの国を守るためのことを考えなければ、と言っていた。


「国全体に加護を施すのが一番だと思う」


「国全体に加護?」


本来加護とは一人の人間に施すもので、村や町、ましてや国に施すものでは無い。

仮に施すとしても、神一人では無理だ。

対象が大きい程加護は神の力を削る。


「国民全員に加護を施してもいいが、あまりにも時間がかかる。それに、人だけ守れば国はどうなる? 何かが起きた時、国に手を出されては一巻の終わりだ。リデュレスほど小さな国であれば簡単に滅ぼせてしまう」


「確かに……」


何かが起きた時。

その不穏な言葉を聞いて、シェレネは俯いた。

あの国は彼女の故郷だ。

何も起きて欲しくないに決まっている。


「でも……」


彼女は少し不安げに口を開いた。


「誰で加護を施すんですか? 私たち二人だけではとても……」


「ハデス兄上とコレーに協力を頼む。あとはアテナとヘラだ」


なんとも強そうな面子だ。

だが彼女は腑に落ちない顔をしている。


「なんでその四人なんですか?」


「絶対にこちらを裏切らないからに決まっているだろう」


こちらを裏切らない。

それは確かにそうだと言える言葉。


「ハデス兄上とコレーは言わずもがな。ヘラはシェレネの事が好きだからね。アテナは強い軍神だからどちらが正しいかわかってるし敵に誘われても乗らない」


砕けた口調で、でも国王の雰囲気を残した表情で、彼は言った。

それでも彼女はまだ腑に落ちないようだ。

きょとんと首を傾げて、心底不思議そうに聞いた。


「なんでジャン様たちじゃだめなんですか?」


そうだ。

ジャンやクリスティン、アランドルやルールーリアは加護を施せる。

忠義も厚く、裏切らないだろう。

彼らなら頼めば絶対に了承してくれる。

だが、ウィルフルは首を横に振った。


「ジャンたちは弱い。圧倒的に。僕達より。いわば半神のようなものだ。半神では無いんだけどね。でもそんな彼らに加護を施させるのは危険だ。いつ倒れてもおかしくない状態になる」


ジャンは人狼、ルールーリアは元々鳥だったのをジャンが半人にした。

クリスティンとアランドルは元人間。

何かを司っているというより、彼らは何かを守護しているだけ。

たとえ四人集まったとしても、ウィルフルの力には到底及ばない。

別に力が必要な存在ではないから。


「そしてロゼッタは半人前だ。力が安定していない。一人や二人程度への加護ならなんとかなるが、それ以上は無理だ」


よって、地上に暮らす神々は加護を施せない。

彼はわかったかな、とシェレネに笑いかけた。


「そうですか……じゃあ皆さんを呼んでこないとですね、リデュレス王国を守るために」



「あのー、アテナ様っていらっしゃいますか……?」


壮麗なアテナの宮殿を前に、シェレネは少し尻込みしながら控えめな声でそう言った。

反応はない。

近くに誰もいなくて、気がついて貰えなかったのかもしれない。

ウィルフルとは二手に分かれていて、シェレネはヘラとアテナが担当だ。


「アテナさまぁ……?」


もう一度、とさっきより少し大きな声で彼女はそう言ったが、やはり誰にも気がついてもらえていないようだ。

仕方がない、先にヘラのところに行くか、と踵を返したシェレネの前に、突然人影が現れた。


「どうしたんだい?」


「アテナ様!」


そこにいたのは、用事があったアテナ。

まさか自分の後ろから現れるとは思っていなかったシェレネは、驚いて目を丸くしている。


「声が聞こえたからね。何か重要な話なんじゃないかと思って」


「あ、そ、そうなんです」


どうやら聞こえていたようだ。

宮殿は静かだったから、声が響いたのだろうか。


「えっとその、アテナ様にお願いしたいことがあって……」


「お願いしたいこと?」


アテナが不思議そうに首を傾げる。


「リデュレス王国に加護を施すのに協力していただけませんか」


「国全体に!?」


さすがの彼女でも、驚きの声を上げた。

当たり前だ。


「最近ディアネスとそのまわりの国で王族や貴族が何者かに狙われているんです。リデュレスにも魔手を伸ばしてきていて、このままだとリデュレスは簡単に滅んでしまう。だから、リデュレス王国に加護を施したいんです。どうかお願いできませんか」


アテナは、難しそうな顔をした。

彼女だって国全体に加護をなんてやったことがない。

だが、彼女は少ししてから顔をあげた。

その表情は、明るかった。


「わかった。協力させてもらうよ。私はディアネスの味方だ」


「ありがとうございます!」


人間同士のいざこざには、神が便乗することがよくある。

知恵と戦の女神アテナがこちらにいれば、勝利はほぼ確定だ。

しかもシェレネは勝利の女神から加護を受けている。

きっとヘラは妹の為にと承諾してくれるだろう。

シェレネは嬉しそうな顔でヘラの宮殿へと向かった。


―――――――――――――――――


神の話なので話が壮大ですね。はい。要するにリデュレス王国に結界を張ろうみたいな感じです。この世界には結界という概念がないので神の加護です。

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