第39話三人のアランドル
「んんー……」
もう朝か、と体を起こした彼女の小さな手に、さらさらの銀髪が触れる。
紛れもなく、隣でまだ熟睡している夫のものだ。
いつもは三つ編みにしている長めの髪をおろしている姿を見た人はほとんどいない。
ので、少しだけ彼女は優越感を感じていた。
「アランドル様~、朝ですよ~」
「んー……ルールー……あと少しだけ……」
のんきな声が返ってくる。
まあどうせ起きたところで出仕するわけでもないしと思い、彼女はアランドルに後ろから抱きついた。
「えへへ、じゃあ私も」
意外に広くがっしりとした背中に顔をうずめ、ルールーリアは再び眠りに落ちた。
「へえ、君がアランドルがよく言ってるルーちゃん?」
真上から聞きなれた声が降ってきた。
うっすら目を開けると、やっぱりそうだ。
この手は、この声は、アランドルのもの。
でも何かが違う。
違和感とともに彼女は起き上がる。
目の前にはにやにやと笑う銀髪の青年。
「アランドル様?」
「いや、違うけど?」
ルールーリアの驚きの叫び声が、城中に響いた。
「そんなに叫ばなくてもいいじゃん、ねえルーちゃん?」
「アランドル様じゃないなら、だ、誰なんですか! ご兄弟でもそんなにそっくりな方はいないのに!」
毛布をかぶって可愛らしく青年を睨みつけるルールーリア。
とそこへ彼女の叫び声を聞いたジャンとクリスティンが部屋に入ってきた。
「ルールーリア、どうした!」
「ジャン!」
「何かしたのかアランドル……」
寝台に腰かけて、弟のオズワールズにそっくりの女癖の悪そうな笑みを浮かべている彼をジャンは睨みつける。
だが青年はヘラヘラと笑っているだけだ。
「僕はアランドルじゃないよ。外見はアランドルだけど」
「はあ?」
じゃ一体何だというのだ。
意味が分からないといった様子で自分の兄を見つめるクリスティン。
「アランドルの本名、言ってごらん?」
「えっと……ジューン・アランドル・レスト・テオドシウス・ベルナンデス・ウィルフリーズア……?」
それに何の関係が?
少女二人が首を傾げる。
すると青年は不敵そうに笑った。
「アランドル・レスト・テオドシウス。僕はそのテオドシウスだよ」
「え……?」
その一言で、もうこの場は大混乱である。
アランドルがテオドシウス?
意味が分からない。
「いい加減にしろテオドシウス。ルールーリアが混乱しているぞ。アランドルの嫁なら貴様の嫁だろうが」
また別の声が部屋に響いた。
アランドルの声とそっくりで、でも話し方がまるでジャンのようだ。
さっきとは打って変わって腕を組み不機嫌そうに顔を歪める青年。
「ああああああ! もう、みんないい加減にしてくれないかなあ!」
そんな意味の分からない状況をアランドルの叫び声がぶった切った。
「ごめんね、テオドシウスとベルナンデスが迷惑かけて……」
「アランドル様、あれはいったい……」
不安げな表情を浮かべるルールーリアを見て可愛いなあと笑いながら彼は衝撃の一言を言い放った。
「言ってなかったんだけど、私は多重人格者、なんだよ」
「多重人格?」
多重人格とは、自分の中に人格がいくつもあること。
症状の大抵はつらい経験を自分から切り離そうとするためにおこる一種の防衛反応だ。
でも彼は公爵家で何不自由なく暮らしてきたおかげでつらい経験などほとんどしていないはず。
それともそのことが足枷になったのか?
「ああ、心配しないで。別に何かあったからじゃないんだよね。なんかいつの間にか増えてた?」
「どういう状況だ……」
おかしい。
人格とはいつの間にか増えるものだったのか。
「まあそれが事実だからね。仕方ないよ。驚かせてごめんね」
いつも通りののんきな微笑みを浮かべ、ルールーリアのくちびるに軽く口付けた彼はそのまま毛布に潜った。
「おやすみ」
「おい寝るなアランドル! 仕事はどうした仕事はあああああああ!」
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ロゼッタちゃんがアランドルのことをアランドルではなくベルナンデスと呼んでいるのはこのためなのです!
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