第37話血のように赤い瞳

「んんー、私呪いの解き方まで分かりません……そもそも呪いなのかも分かりませんし……」


人払いをした大広間で、金髪の少女はそう言って考え込む。

コレーは確かに優れた医師だがこれをどうにかしろと言われたらそれは無理だと言う他なかった。


「ヘカテ様なら何かわかるかもしれないですけど……今忙しそうなんですよね……」


ヘカテは魔術の女神だ。

だから呪いだとかそういう類のものに詳しい。

ただ彼女は冥界の、ハデスの秘書をしているから簡単に呼び出せたりしないのだ。

特に今はもう冬。

死者の多い季節でもある。


「もう、あれを使った方がいいと思います! このままだとシェレネ様は動けませんよ!」


「だ、だが……」


コレーが叫んだがウィルフルはあまりその提案に乗り気では無さそうだ。

出来ればやりたくないらしい。

不安気な表情が彼の顔から消えない。


「危険すぎるだろう、我が妃にとっても、私たちにとっても。何が起こるかわからぬ……我が妃の、封印をとくなどと」


あれ、とは、シェレネの腕の封印をとくことだ。

だがそれはあまりにも危険だった。

椅子? 机? 花瓶? それとも天井に吊るされたシャンデリアか。

何が壊れるか分からない。

この場に壊すものがなくなれば床を壊すのだ。

あまりにもウィルフルが頼りにならなさそうなので、コレーは彼の言葉を無視し、シェレネの腕を掴んだ。


「そんなことを言っていても何も始まりませんよ。やってみましょう? 神は死なないんですから」


黒いドレスの袖からシェレネの雪のように白い肌が現れる。

強気に言ったものの怖く無いわけではなかったからおそるおそる彼女はシェレネの包帯を外していった。

彼女の腕から、黒い霧のような靄のような何かが立ち上る。

それは白い腕に咲いた真っ黒な花で、何もかもを飲み込む闇だ。

ながい金色のまつげが一つ瞬いて、その次の瞬間にはもう彼女の瞳は黒ではなくなっていた。

まるで美しすぎる魔物を見ているかのような感覚に襲われコレーは少し後ずさる。


「あ……あの……」


真っ赤な瞳には狂気が宿っている。

無邪気な微笑みが、シェレネの顔に浮かんだ。


「ふふふ、あは、あはははは!」


びしりと大きな音がして、何をしてもびくともしなかった鎖に亀裂が入る。

続けて鎖は粉々に砕け散った。

跡形もなくすべてを破壊して。

笑い続ける彼女はまるで壊れた人形のようだ。

狂気を孕んだ操り人形の暴走は、一度始まれば世界を壊すまで止まらない――


「ウィルフル様! もう鎖は砕けたんですから早くもう一回封印してきてください!」


コレーの目には恐怖の色が見える。

そうなるように宿命を定めたウィルフルでさえ動揺しているのだから当たり前だ。


「あ、ああ」


ウィルフルは今にも椅子を壊してしまいそうな勢いのシェレネをふわりと抱きしめた。

びくっと大きくシェレネの体が揺れて、狂気の笑い声が止まる。

血のように赤かった目は再び光のささない黒に戻っている。


「よかった……」


正気に戻ったようだ。


「あれ……? 私何か……?」


彼女にとっては目の前にいきなりコレーが現れたようなものなので、驚いたように目を見張った。


「ああ愛しい我が妃。私が……!! どれほど心配したか……!」


「陛下……」


彼女の至近距離に、いつもふにゃふにゃしているウィルフルの歪んだ顔が見える。なんだかそれがおかしくて、笑ってしまいそうになりながらシェレネは彼の方に手をあてた。


「そんな顔なさらないでください。私の方が心配になりますから」


神だけのこの空間で彼女は儚い微笑みを浮かべる。


「ね? 陛下? 今日も大好きですよ」


――――――――――――――――――


全然更新できてなくてすいません……

なんかスランプかなぁ……

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