第20話激怒する二人

前公爵は、ひどく驚いた顔をした。

まさか、自分の愛娘がの婚約者としてセルヴィール家の者を連れてくるだなんて思っても見なかったからである。

レスト公爵家とセルヴィール公爵家は二大勢力であるとともに対立している。

クリスティンだって、そんなことぐらい承知しているはずなのだ。


「ティーナ。わかっているのかい?その男はセルヴィール家の次男じゃないか。両家が対立していることぐらい知っているだろう?」


「もちろん知っていますわ、お父様。でも、私はバジル様が好きです。私の婚約者はバジル様です!」


この状況に慌てているのは前公爵だけではない。

彼女に求婚しに来た王子エルウィン・ザーンセンシアだって、クリスティンに婚約者がいるなど全く知らなかったのである。

しかも、父親である前公爵でさえ知らなかったのだ。


「ち、ちょっと待て。ならこの麗しのボクとの婚約の話はどうなるんだい!?」


麗しのボク、というフレーズでジャンとクリスティンが引きまくっているが、見なかったことにしよう。

前公爵も付け加える。


「ティーナ。わがままは言わないでくれ。王族の一員になれるチャンスなんだよ?わざわざ婚約者役を連れてくるほどまでに王妃になるのが嫌なのかい?」


「婚約者役……?」


その言葉に、クリスティンは顔をしかめた。


「ああ、そうだろう?婚約したくないから婚約者と偽ってその男を連れてきたとしか思えない。昔から聞き分けのいい子だったじゃないか」


「お父様。国王陛下と聖妃様のお言葉を無視しろとおっしゃるのですか……?」


「え……」


「私たちはちゃんと婚約しています。王宮の、ヘラ神殿で婚約式を挙げました。陛下と聖妃様もお認めです。婚約者役なんて言わないで。私の気持ちを分かって下さらないんですか?」


「ティーナ!」


「ちょっと」


そこで、今まで黙っていたエルウィンが割って入った。


「わかっているのかい?バジル・セルヴィールとかいうの。ボクは王子なんだよ?一介の公爵家の次男の君よりはるかに位が上だ。結婚したというのならまだしも婚約だろう?王子との婚約が優先せれるにきまっているじゃないか。婚約を破棄してクリスティン嬢はボクにくれないかな?」


そこで、ジャンの中で何かがぷつんと切れた。


「ふざけるな……ふざけるな!リスティをもの扱いするな。婚約破棄してボクにくれ?ふざけるのもたいがいにしてくれ!」


あまりの言葉に、前公爵もエルウィンも言葉を失っている。


「王子のほうが位が上?なら私が仮に国王だったとしたら彼女を諦め国に帰ったのか!?」


「バジル」


誰のものでもない、全く別の声がした。


「何やら大変なことになっているようだな。エルウィン・ザーンセンシア。レスト前公爵。私の意志に歯向かうのか?」


ウィルフル・モートレック。

今日この場所にいるはずのない、この国の国王である。


「エルウィン・ザーンセンシア。王子のほうが位が上だといったな。では王子の貴様が国王である私と、その聖妃の決定に逆らえるのか?」


「そ、それは……」


「貴様ら3人のおかげで我が妃は一人閉じこもり涙にくれ、近衛騎士団長は困り果てそしてお前は神である私に逆らうというのか。」


「え、えっと……」


「いいのか?貴様らのヒューベル王国などという小国、私の手にかかれば前線第五小隊だけでも軽くひねりつぶせるというのに。」


脅しに、さらに拍車をかける。


「国を滅ぼされたくなければ……。即刻我が国から立ち去るがいい!!」


そう吐き捨てるように言ったウィルフルの表情は、確かに冷酷・非情・無慈悲な一匹狼といわれる闇の神ウィルフル・モートレックのものだった。

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