第44話

 さて、登は『神声』の貸し出し所を早急に作らねばならないようだ。

 現実世界に戻った登は、新しいスケッチブックを購入してからヘルカンパニーに向かった。

 貸し出し所は『世界はたくさんの想いでできている』に設置しない。新たな創造世界に設置予定である。


「まあ、ファレイアにまちづくりを師事してもらうのが良さそうだし」


 登はヘルヴィウムが入るビルを見上げる。


「高い」


 デパート、企業、ホテルと連なる複合ビルである。

 ヘルカンパニーは、二十五階のワンフロアを借りているらしい。

 二十階にある専用のゲートに社員証をかざして通り、専用のエレベーターに乗り込む。

 社員証をリーダーにかざしてから二十五階を押した。

 違う階には行かないセキュリティになっている。


 ポーンとエレベーターが止まって、扉が開いた。

 十字の廊下があり、四つのエリアに分かれている。イベントの部屋は右奥だ。

 登は、廊下を進みイベント部と表示されている扉の前に立った。

 曇りガラスで仕切られており、中の様子は分からない。

 登は社員証をカードリーダーにかざした。

 扉が開く。


「……」


 ファレイアと目が合う。


「お、お疲れ」


 登は頬に力を入れながら言った。


「て、てめえ! 笑いたいなら笑えばいいじゃねえか!!」


 ファレイアが叫んだ。

 ファレイアの格好は、完全に乙女世界のあれである。

 つまり、王子様なのだ。


「ちょっと、ファレイアさん静かにしてください」


 友也がビロードよろしくのマントをファレイアにかける。


「おい、まだ着るのかよ!」

「だって、王子様ですし」


 友也はさらりと言い返した。


「王冠は?」


 登は友也に訊く。


「王子様は王様じゃねえ!」


 ファレイアがすかさず答えた。


「あ! そっか」


 登はファレイアにニマッと笑った。

 ファレイアが口をモゴモゴ動かす。


「ファレイアさん、今日は歌もありますからね」


 友也が言った。


「聞いてねえぞ!」

「今言いましたよ」


 ファレイアと友也の掛け合いに、登は辛抱たまらず腹を抱えた。

 ファレイアが真っ赤になって、登を指差す。


「お、覚えてやがれ!」

「王子様なのです! 口調にお気をつけください!」


 友也にピシャリと言われ、ファレイアの口はまたモゴモゴと動くばかり。


「それで、登さんは何用で?」


 友也がファレイアの肩にマントを留めながら訊く。


「ああ、ちょっとばかりファレイアを借りようと思って」


 登は預かっているファレイアのタブレットを掲げた。

 一年間の出向で、ファレイアは異世界マスターの任を外され、タブレットを没収されていたのだ。


「戻れるのか!?」


 ファレイアが嬉々として言った。


「『神声』の貸し出しをする世界を創造するように異世界マスター協会から頼まれた。まちづくりの得意なファレイアに師事してもらうって条件で、一時タブレットを預かったんだ」


 ファレイアは登の言葉を飲み込むのに時間がかかった。


「……すまなかったな」


 ファレイアは視線を床に落としながら言った。

『神声』の一件はファレイアの責任である。

 その処理はまだ終わっていない。


「まずは、王子様を終わらせてきてくれ」


 登は王子様の仕事に出るファレイアと友也を見送った。




 さて、ファレイアの帰りを待つ間、登は別の用事を済ますことにした。

 ヘルカンパニーには他に三つのエリアがある。

 登はイベント部を出て、対面の扉の前に立った。

『宇宙出入国部』怪しすぎる名称だ。

 ヘルヴィウムからヘルカンパニーに『シーグラス』と『変化の種』を届けるように指示されていたのだ。


「さて、行くか」


 登は一呼吸して扉を開いた。


「あれ、登。どうしたの?」


 アンネマリーが駆け寄ってきた。


「アンネマリーこそどうしてここに?」

「もちろん、バイトに決まってるじゃない」


 登は部屋を見回した。

 部屋の奥には大きなゲートが二つ。現実世界の一般的ゲートではない。いわゆるゲートウェイだ。

 二つのゲートには出発と到着と看板が掲げられていた。

 まるで空港のようだ。


「まあ、うん。出入国ってあったし」


 頷くしかない。

 だが、もちろん一般的な出入国者がここに集まっていることはない。


「宇宙人かよ」


 登は脱力しながら言った。

 アンネマリーの背後には、身長百センチ程度の『グレイ』が並んでいる。


「グランドスタッフのバイトよ」


 アンネマリーが制服を見せびらかしながら言った。


「つまり、ここは異世界と現実世界の出入国ゲートがあるんだな」

「主に、宇宙関係のね」


 登はザガンが所持していた『記憶飛ばし』のライトを思い出す。


「確かに宇宙人も想像の産物か」


 ヘルヴィウムも金星人について言っていた。想像されれば、その生は異世界に生まれるのだ。

 アンネマリーの背後の『グレイ』もそうだろう。現実では、この宇宙人の姿形が一番想像されている。一昔前ならタコのような火星人。合間には、グロテスクなエイリアンなんかも想像されていた。

 というか、ゲートをそのエイリアンが通っている。


「……現実世界に現れる宇宙人って」

「ああ、それはね。『変化の種』の効力が切れて本来の姿になってしまったのを、見つかったって感じね」


 登のロマンはまたも消えた。

 いや、すでに異世界の存在を知った時点で消えてはいるが。

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