第26話

「こりゃあ……異世界マスター協会が黙っちゃいなさそうだな」


 クライムが呆然としながら呟く。


「ええ、こんなことになろうとは。もう少し登録を伸ばせば良かったかもしれません」


 ヘルヴィウムも天を仰ぎながら言った。


「いや、遅らせたところで、もっと騒々しくなると思うぞ」


 クライムが突っ込む。

「え? ちょ、ちょっと、俺、なんかまずいのか?」


 登は二人の様子に不安を覚えた。

 それはすぐに現実になる。

 アンネマリーの悲鳴が聞こえ、視線を向けると大勢の異世界マスターが老村からゾロゾロと出てくる。


「早速、来たな」


 クライムが呟く。

 ヘルヴィウムがクライムと頷き合うと、登を庇うように前に立った。

 登は、ヘルヴィウムとクライムの隙間から異世界マスターらを見る。


 様々な色の異世界マスターが対峙するように並んでいる。

 脳内に浮かんだ想像は、一昔前の族が空き地に集結し砂埃舞う中、決闘する感じだ。


「特攻服に見えなくもない」


 登は思わず声を漏らしていた。背中に刺繍の文字でも入っていたら、間違いなくそうである。


「ああん?」


 先頭の赤髪、赤制服の異世界マスターが登の呟きに反応した。


「よぉ、兄ちゃん面出せや」


 口調もまんまで、登は吹き出した。

 登は、ヘルヴィウムとクライムの間に体を滑り込ませた。

 三対三十ぐらいだろうか、どう見てもこちらが劣勢である。


「黒は、いつも辛気くせぇなぁ」

「暑苦しいですね、ファレイア」


 ヘルヴィウムが手扇で顔を扇ぎながら言った。

 赤髪の異世界マスターは、ファレイアというらしい。


「挨拶がおせぃから、こっちから出張ってやったぜ」


 ファレイアが、登の目前に腕組みしながら立つ。


「はじめまして、こんにちは。登です」


 登は、ちゃんと挨拶をした。

 新参者が、いや新社会人が初出社でこんな洗礼を受けることはしばしばある。登の社会人生活も、今と同じように始まったので、さしてビビることはなかった。

 懐かしいなぁと、思い浮かべるほどだ。


「こりゃあ、一本取られた。そっちこそ、面の皮の厚い新人じゃねぇか」


 ファレイアが、登の顔面で睨みを効かせる。


「それほどでも」


 こういう圧も、あの陰険上司で慣れている。

 ファレイアは、登の飄々とした感じに眉間にしわを寄せた。


「おい、ヘルヴィウム。こいつが、本当にこれか?」


 ファレイアがタブレットを出して掲げた。


「ええ、本当に登がこれなのです」

「そうかい。ヘルヴィウム、七階で申請したなら、普通は八階に面を出すのが普通じゃねえか?」


 どうやら、八階の神獣貸出し所から出張ってきた異世界マスターのようだ。


「ハハハ、通常はそうでしょうが……その内容です。未石ばかりの新人なので、まだ見学と挨拶は別にした方が良いと判断したのです」


 登はヘルヴィウムが異世界管理組合に向かう際に言った『戦場』発言を思い出す。

 神獣の貸出しのある八階は、きっと今以上に圧があるのだろうと。


 ふいに首元が熱くなる。登は不思議に思い、首を擦った。

 パァーンと光が弾ける。首元に数珠のような光の玉が出現し、クルクルと回っている。


『照らす時じゃ』


 登の脳内に声が天照大神の声が響いた。

 登は、まばゆい光に降参したように、声を紡ぐ。


「照らす、時、……出でよ、天照の輝き!」


 天照大神が出現する。

 異世界マスターらが大きく目を見開いた。


「よお、やった。未石でも可能とは流石陽の者よ」


 登は疲労困憊だ。大汗をかき、両膝に手を置きゼイゼイと息を吐いている。

 天照大神が登の額をツンと押す。

 ぽわんと煙のような玉が現れ、登の中に入っていった。


「あ、れ?」


 登は疲労から一気に快方に転じた。


「ワープはまだかぇ?」

「えっと、今から創造予定でしたけど」


 周囲の驚きをよそに、登と天照大神は会話する。


「ファレイア、この通りです。そちらへ伺うよりも急務な創造がありまして、『面を出す』のが遅れますがよろしいですか?」


 ヘルヴィウムがニヤリとファレイアに笑った。

 ファレイアが引きつり笑いを返す。


「そ、そりゃあ、仕方がねえな」


 そのとき、タブレットが振動する。



【新異世界マスター情報】

山田登。

黒所属。(ヘルヴィウム担当)

天照大神命名、陽の者。

青龍の鍵。(依り石・タンザナイト)

白龍の輪。(未石)

麒麟の導き。(未石)

天照の輝き。(未石)

創造世界在り。(未ワープ)

神獣使い。

未石召還。

*随時更新予定



 皆がタブレット情報を確認している。


「未石召還……、とんでもねえ」


 ファレイアが呟いた。


「そちらが先約だったかぇ?」


 天照大神が異世界マスターらに声をかける。


「い、いえ! 天照大神様の方が先約のようですので、我らは御前失礼致します!」

「そうか? すまぬの。ちゃんと情報は流すゆえ待っておれ。我のお墨付きを与えてのちの方が、よかろう?」


 つまり、登への接触は天照大神が許可したのちだと暗に示したようだ。


「も、も、も、もちろんにございます」


 異世界マスターらが老村へと引き返す。


「で、では。……歓迎する。異世界マスター協会でまた会おう」


 ファレイアが、天照大神に頭を下げたのち、登へと視線を向けて言った。


「はい。よろしくお願いします」


 登の返答に頷き、ファレイアが踵を返した。

 無言で異世界マスターを見送る。

 老村からまたアンネマリーの悲鳴が聞こえた。


「老村にワープってあった?」


 登は首を傾げる。


「奥のイートインコーナーにありますよ」


 登は、イートインまで行かないから知らないだけだった。あそこは、いつも布面積の少ない異世界メイドがたむろっていて、登は足を踏み入る勇気がなかったのだ。


「陽の者よ、ぬしの創造世界に連れて参れ」


 天照大神が老村を眺める登に声をかけた。

 登はハッとして、天照大神を見る。


「天岩戸も頼むぞ」

「はい。えっと、行ってもいいか?」


 登は天照大神に返答してから、ヘルヴィウムに訊いた。


「ええ、頼みます」


 ヘルヴィウムのこめかみが若干ヒクついている。

 登は右手を擦り、ゲートを開いた。


『世界はたくさんの想いでできている』


 登は白龍と麒麟の待つホームへと天照大神と一緒にゲートを潜ったのだった。


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