探偵と逃亡者

第6話

「いや、遠慮する」


 登は絶賛拒絶中である。


「でも、マスターの制服ですし」


 ヘルヴィウムが、例の全身黒ずくめの衣装を手に持って言った。

 黒シャツに黒スカーフタイ、ピタ黒ズボン、黒靴下に尖った黒い靴。極めつけは、耳まで隠れるような襟付き黒マント。もう、お腹いっぱいの黒一色だ。


「そ、そんな格好、俺には似合わんって。あっ、そう、そうだよ。俺ってまだ候補、っていうか見習いだろ? 同じ衣装なんて恐れ多いって」


 登は、吸血鬼衣装を固辞した。


「まあ、確かに見習いですが……マスター仕様から外れると皆に認識されませんよ?」


 ヘルヴィウムがブツブツ言っている。


「そ、そこは大丈夫! 見習いは黒スーツってことにしよう! ズボンだけ貰う」


 登は精一杯譲歩した。


「それはいい考えですね。少しずつレベルアップして、制服を授与される方式ですか! 流石、登は意識高い系男子ですね」


 登は口元をヒクヒクさせた。

 ヘルヴィウムが楽しそうに、授与品序列を決めていく。


「これを、新たなルールにしましょう」

「あ、ああ。それで、他のマスター見習いは何人ぐらいいるんだ?」


 登は何気なしに訊いた。


「かれこれ……」


 ヘルヴィウムが指をわざとらしく折っている。


「……四百四十四年ほど、マスター候補は現れていません」

「……は?」

「下克上の異世界が多く生まれた頃でしたね」


 ヘルヴィウムが爽やかに言い放った。


「信長の時代かよ……ハハッ、ハハハッ」


 登は目眩がした。

 これ以上話を続けると、知りたくもない歴史を耳にしそうで、登はヒクヒクと笑うしかなかったのだ。


「あ、そうそう。今回は浦島にはなりませんから。異世界滞在と現実世界の経過時間は、一異世界につき一日と決まっています。鍵を形成した者は、そういう時間軸に統一されています」


 登はホッとひと息ついた。前回のように、現実世界に戻って十日が経過していたなど、人間の体には酷だ。

 前回の反省を踏まえ、登はヘルヴィウムに確認する。


「今回は……最初の乙女異世界と、勇者ご一行の異世界、それとここも別の異世界なわけだから、三日経過しているってことであってるか?」

「ええ、現実世界では三日が経過していますね」

「前回さ。十日経ってて腹がとんでもなく空いてたんだ。三日分の空腹に襲われるってことか?」


 ヘルヴィウムが自身のおでこをペチンと叩き、『しまった』と言った。


「いやあ、久しぶりのマスター研修で、忘れていました。クライムも誘ったように、異世界には酒場もありますし、食べ物も買えます。現実世界に戻る際は、腹ごしらえをしてからが基本です」


 古くさいヘルヴィウムの所作をまるっと無視し、登は知っている異世界を思い浮かべる。

 もちろん、文字の異世界である。やはり、酒場の頻度が高い。異世界と言えば酒場が描かれることが多いからだ。

 登は、冒険者が集う酒場が頭に浮かび、『無理だ』と呟いた。

 酒を好まなく、騒ぐことが苦手な登には、苦痛しかない場である。


「食べ物は、市場とかか?」

「まあ、そこもありですが、なんと言いますか……異世界市場では、現実味のない食べ物が多いですね。魔物の目玉焼きなんて、見た目的に」

「止めろ」


 登は想像してげんなりした。


「私が経営する店に案内しましょう。そこなら、なんでも揃いますよ」

「また別の異世界に行くのか?」


 登はため息をつきそうになるのを堪えて訊いた。


「いえ、ここにも出店していますから。他のマスターがよく買いにくるんですよ。儲かりまして、色んな異世界に出店しております」


 ヘルヴィウムが嬉しそうに言いながら、右手首を擦り何やら呟いた。

 世界が急激に動き始める。


「おい!? どういうことだよ!」


 奇妙な感覚に陥るのは、登が動いてもいないのに進んでいるからだ。


「この世界は、私の想像の異世界ですから、自在に動かせるのです。行きたい場に動いていくのでなく、行きたい場が動いてやってくると言いましょうか」

「VRかよ!?」


 登は気持ち悪さに吐き気をもよおす。

 とんでもないスピードで世界が動くのだから。

 踞りそうになりかけて、地面が止まった。


「着きましたよ、登」


 登は顔を上げる。

 不思議なもので、船から陸に上がるとピタッと船酔いが止まるように、登も気持ち悪さが消えた。

 だが、目前の店に眉を寄せる。


「老村です。食べ物関係、飲み物関係、道具関係、全てが揃う便利な店です。ここで、みなぎる赤もきらめく青も販売していますからね」


 登の頬がヒクヒクと引きつる。


「異世界にいつからコンビニが進出したんだ」

「最近の異世界では普通ですよ」


 確かにダンジョンでコンビニ経営するなんて異世界があったようなと、登は思い出した。


「なんでもありだな、異世界!」

「現実世界に生まれた物が反映させるのが異世界ですしね」


 登はヘルヴィウムと一緒に老村に入った。

 店の名前は突っ込むまいと、登は固く心に誓う。


「いらっしゃいませ」


 登は店員と目が合った。


「……」


 会ったことのある人物だ。


「アルバイトですわ」

「……」


 登は無言で見つめる。


「な、何よ!? 令嬢の頂点に君臨するには、豪華で高価なドレスが必要なの! 令嬢が溢れかえって、今やドレスは自腹なのよ! 文句があるの!?」

「アンネマリー、お客様に失礼ですよ」


 ヘルヴィウムが言うと、アンネマリーがハッとしてペコッと頭を下げた。


「申し訳ありません」

「いや、こっちこそごめん」


 登は気まずくならないように謝った。


「さあ、登。店を案内しましょう」


 最初の通路に目をやる。登は『まあ、そうくるだろうな』と予測していた。

 天井から草が吊されている。一瞬見た目は南国の島のような、もしくは日本的に言うなら茅葺き屋根のような風合いだ。


「こちらの通路は見たまんま薬草関連です」

「だろうな」


 ヘルヴィウムは、奥へと進んでいく。

 そこは、一般的にはドリンクが陳列している場だ。もちろん、異世界のドリンクと言えば……


「まさか、ポーションの実物を目にすることになるとはな」


 登は、ラベルにポーションとある瓶を手に取った。


「それ、オリジナルブランド品です」


 ヘルヴィウムがニカッと笑う。

 突っ込むまい。登は脱力した。


「異世界に入る際と、異世界から出る際用に二本あればこと足りるでしょう」


 ヘルヴィウムが、もう二本ポーションを登に持たせる。

 三本だと持ちづらくなり、近くのカゴを取ってポーションを入れた。


「パンとかあるのか?」


 登は奥の通路を覗いた。

 そして、すぐに顔を引っ込める。


「なぜ、目のやり場に困る格好をしているんだよ!?」


 ヘルヴィウムも奥を覗く。


「ああ、彼女たちは異世界メイドですね。想像主が格好を決めますからね、仕方がないですよ。慣れてください」


 登は頭痛がした。

 想像メイドの実物だ。布面積が著しく小さい。

 それが三人パンコーナーのところでしゃべっている。


「阿呆だろ、想像主」

「ええ、困ったものです。あれでは、防御能力マイナスですよね。役に立たない格好ですが、十二単に比べたら邪魔ではないのですし、素早く動けますしね」


 また、ニカッとヘルヴィウムが笑った。今度は親指付きだ。


「平安からあるのかよ、異世界」

「もちろんです。あの頃は風流でしたね」


 ヘルヴィウムが懐かしそうに言った。


「俺は、脳内カオスだ」

「その混沌を整理するには、この通路ですね」


 パンコーナー手前の通路に入る。

 何やら、色んな道具が並べられている。

 一番目を引いたのは、色んなデザインの巾着袋。異世界で袋と言えば、あれだろう。


「この袋って」

「ええ、無限袋です。何もかも無限に入るマジックアイテムですね」


 勇者パーティー必須品である。


「登も必要になりますよ」


 登は、無難な黒をカゴに入れた。


「それから、あれも今後は必要になりましょう」


 ヘルヴィウムが指差した棚には、回収瓶なる物が並んでいる。


「回収って……ああ、あれか。『放置異世界』から回収する時のアイテム?」

「はい、そうなりますね。まあ、まだ必要はありませんが、頭に入れておいてください」

「了解」


 登は、ヘルヴィウムに色んな道具を説明されながら通路を進んだ。

 どれも異世界にある道具だ。ポーションのように実物を目にすると現実味が湧いてくる。


「異世界半端ないな」


 登はフッと息を吐いた。

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