第6話 襲撃者たち
ヴィオレタの日常の多くは偽りだ。
姿に見合った生活を演出する為に必要のない学校へ通い時間を過ごす。
学問に関心はなかったが、人間たちと交流を持つのは興味があった。
時代とともに言葉遣いは変化しても他は同じ様なものだ。
似たようなものに関心を持ち、似たような事に感情を反応させる。
笑い、泣き、そして怒るのだ。
人が立っていられるのは怒っているからだと誰かが言った。
魂に似たものを得ていても、それは本当の魂ではない。
彼女は、人間と違うという事をずっと自覚していた。
人間の動作、仕草はできてもヴィオレタが再現できなかったのは感情というものだ
真似はできても、それはヴィオレタの中から湧き上がっているものではない。
彼女は、それがずっと嫌だった。
長い間ずっと……。
送り迎えの車が大通りから逸れ、脇道に向かった。
行き帰りに同じコースは使わない。頻繁にコースを変えるのは護衛のセオリーだ。
周囲を警戒しながら慎重に道を選ぶ。ときにはアドリブをするときもある。
その日は、突発的なアクシデントが理由だった。予定のコースの先で事故が起きたのだ。
スピードを落とした走行は襲撃のチャンスを与えてしまう。リアムはコースを変えるという判断をした。
車列は大通りから唯一の抜け道を通ってい行く。
過去に通ったこともあるコースだったが何か違和感を感じるのは変わらない。
「嫌な感じがする。早く通り過ぎよう。スピードを上げてくれ」
車列は速度を上げた。
リアムは走る車の中から外の様子を注意深く観察する。
信号に近づくと信号機が赤に変わり車列はピタリと停止線で止まった。
しばらくして信号機が青に変わりゆっくりと先頭の車が交差点に入っていく。
その時だ。
猛スピードで交差点に侵入して来たトラックが車両を吹き飛ばした。
事故じゃない!
リアムは、すぐに状況を把握する。
「罠だ! バックだ! バックしろ!」
後続で護衛する車のドライバーはシ急いでフトレバーを入れ替えるとアクセルを踏み込んだ。白いバックランプが点灯する。
後進を始めた時、それを見計らったかのように後ろから他の車が追突してきた。追突の衝撃で車内が大きく揺さぶられる。
偶然の事故ではなかった。
追突してきた車から戦闘服と防弾マスクで身を固めた男たちがアサルトライフルを構えて降りてきたのだ。
それに気がついて慌てて銃を抜こうとした警護チームだったが、それよりも早くライフルの射撃が始まってしまう。
ガラスが粉々になり室内に飛び散っていく!
戦闘服の男たちは、行動不能になった後続車を通り過ぎてヴィオレタの乗る車に狙いを定めていく。
「行け、行け! 早く逃げろ!」
リアムが叫んだ。
後ろからは武装した男たちが向かってくる。あきらめて前方に活路を探した。
道は交差点に突っ込んできたトレーラーが塞いでいたが僅かに右に続く道路が車一台分程の隙間を開いていた。
それを見つけた運転手がハンドルを切りながらアクセルを踏み込み急発進させる。
遮るように車の陰から同じような武装をした男たちが姿を現した。アサルトライフルをフロントガラスに向けて撃ってきた。
銃弾の当たる嫌な音が響き続ける。防弾仕様のガラスが銃弾を防いでくれたが酷くヒビだらけになっていた。
「行け!」
車は銃撃を避けながら何とかトレーラートラックの後ろを通り抜けた。
だがその正面に新たな敵が二人姿を現した。重機関銃を構えると銃撃しながら向かってくる。
銃弾はエンジンやタイヤを撃ち抜き、大きくハンドルが取られる。運転手はハンドルを必死に戻そうとした。結果、道から逸れた車は近くに駐車していた別の車に追突してしまう。
車内のリアムたちの体が激しく揺さぶられる。
動かなくなった車はラジエーターから白い煙を上げていく。それを狙って戦闘服の男たちはアサルトライフルを構えながらゆっくりと近づいてくる。黒い防弾マスクで表情は読み取れないが不気味な容姿だった。
ふらつきながら車から這い出たリアムは後部座席のドアを開けた。
「ヴィオレタ、こっちへ!」
倒れていたヴィオレタが体を起こしてリアムを見上げた。その表情は何も変わっていない。
まったく恐れ入った度胸だぜ。
そう思いながらリアムはヴィオレタを車から出すと身をかがませた。運転席の仲間はエアバッグを押しのけて車からなんとか降りてくる。
「ヴィオレッタ。エンジン側の方が頑丈です。ここで身を低くしていてください」
リアムはヴィオレッタを移動させるとトレーラートラックに吹き飛ばされた車を見た。車は横転していて乗っていたはずのチームは動きがない。後続車のチームも沈黙したままだ。
「おい! リアム」
仲間が車からひっぱりだしたFN P90を放り投げてきた。リアムはそれを受け取ると安全装置を外す。
FN P90は小型のライフル弾を使用する強力なサブマシンガンだ。9ミリ弾を使用する通常のサブマシンより強力で命中精度も高い頼りになる火器だ。
これで持ちこたえれる! そう思っていたリアムに仲間が深刻そうな顔を向けた。
「通信ができない。多分、妨害電波だ」
その言葉を聞いていたヴァイオレタがリアムを見上げる。
「これ、大丈夫なの?」
こんな状況でも表情一つ崩さないヴァイオレタにリアムが逆に驚く。
「大丈夫ですよ、お嬢様。屋敷のチームは、こちらの位置を把握しています。異常にも気づいているはずです。援軍は来る」
とはいえ、屋敷からは車で十数分はかかる。通報を受けた警察が駆けつけるとしても早くても同じくらいだろう。そもそもパトロール警官の装備が通用する相手とも思えない。
リアムは覚悟を決めて身を乗り出すと反撃を開始した。
向かってくる戦闘服の男たちにFN P90で応戦射撃した。少し遅れて仲間も射撃を始める。連続する銃声と共に熱を帯びた薬莢がアスファルトに落ちていく。
「ねえ、これがまずい状況って事は分かっているわよね?」
ヴァイオレタはつぶやいた。
「わかってますよ! お嬢様!」
リアムは射撃をしながら答えた。
だがヴァイオレタが声をかけたのはリアムではない。自分の足元に伸びる黒い影に向かってだった。
「日も暮れてきたし、そろそろ何とかしてくれてもいいと思うんだけど」
その言葉に反応して黒い影が僅かに揺れ始めた。
「少しまだ明るいんだけど……仕方がないかな」
横から聞こえてきた女の声にリアムは思わず振り向いた。だが、いるのはうずくまったヴィオレタだけだ。
「お兄さん、私がカバーするから、右の建物まで走れる?」
それは聞き覚えのある声だった。
「レッドアイか? どこにいる?」
「すぐ側にいる。姿が見えないのは気にしないで。それより言った事、理解した?」
「あ? ああ……カバーするから右の建物に向かえ、だろ? けど、どうやって……」
「すぐわかる」
声が聞こえなくなった。
「お、おい!」
次の瞬間、リアムの頭の横を銃弾がかすめる。
思わず身を低くしたリアムは半壊した車の隙間から相手の様子を伺った。
敵は前進を止めたものの射撃をやめる気配はない。
攻撃の盾になってくれている車も防弾仕様の車体とはいえ激しい銃撃にこれ以上、持ちこたえられる気がしない。防弾ガラスの方は既に砕け散っている。
「
リアムが怒鳴った!
するとその怒鳴り声に反応したかのように、足元の影がアスファルト一面に広がり始めていった。
「な、なんだ?」
異様な光景にリアムが驚いていると、広がった影の中から何かが物凄い勢いで飛び出してきた。
それは信じられない数のコウモリの群れだった。
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