第15話 飲み干す一杯の向こう

 模擬試験から一週間経った日曜日。せりかは医学部志望者限定の特別講座があるという理由で朝から晩まで学校にこもると言って出ていった。特に用事もないので、いつも通りコンビニで朝食を買い、食堂でそのまま勉強することにした。

 智久も日曜恒例の牛丼モーニングから戻ってきて、食堂にノートを広げた。いつもと動きが違ったのが翔太だった。いつもは学校の自習室で勉強しているはずだが、今日は食堂で勉強するらしい。軽く挨拶するだけで、特に会話もなく、三者三様の勉強時間に入っていく。

 今日はやけに授業の予習がはかどった。予習課題が簡単だったのかもしれないが、これまでにない手ごたえだ。……だが、あれだけコケにされて、種市に負けるわけにいかない。調子が良いからこそ、苦手の世界史の勉強に挑む。充実した日曜だ。


 外が暗くなってきた。気のせいか、張り詰めていた食堂の空気が弛緩していくように思えた。ふと顔を上げると、智久は伸びをしている。翔太は大きなあくびをしている。

 翔太が口を開く。


 「なぁ、ラーメン食いにいかね?」


 特に断る理由はなかった。それは智久も同じだったようだ。かくして、翔太のお気に入りのラーメンショップGに向かった。


 「智久は大盛り大丈夫か?」

 「うん。お腹空いてるしね。玲央くんも意外といけるクチ?」

 「まぁな。」


 カウンターにモヤシとニンニクの山脈が直ちに形成される。


 「お、これこれ。いただきまーす!」

 「なかなかの迫力だね。」

 「怖気ついてるのか?智久。」

 「そんなことはないよ。」


 顔に似合わず智久は良く食べる。ふっと、こんなことを聞きたくなる。


 「なぁ、日曜の朝いつも牛丼屋で何食べてるんだ?」

 「定番朝定食だよ。小鉢は牛小鉢。卵と一緒にご飯に入れてかき混ぜて食べるのが最高なんだ。」

 「……女子の前であまり言わない方がいいぞそれ。」


 智久は俗にいう『甘いマスク』で、文系科目中心に勉強もできるので、女子に人気があった。


 「僕を気遣ってくれるのかい?」

 「玲央はそんなことより自分のこと気にしろよ~!」


 自分は近寄りがたいのだろうか、口を利く女子はせりかと種市くらいだった。


 「翔太こそどうなんだ?」

 「はいはいはい、人のことは気にしなーい!」

 「一番自分のこと気にしなきゃいけないのは翔太くんのようだね。」

 「翔太らしいな。」

 「なんだよそれ!勝手にモテないのを人のアイデンティティにするなー!」

 「お、完璧な『アイデンティティ』の使い方だな。」

 「手厳しいね。玲央くんも。」


 とはいえ、翔太も魅力的な人物だと思うのだ。翔太といると自然と会話も弾む。そういう、一緒にいると楽しいというのは才能の部分が大きいように思う。……せりかもそうだな。


 「なんだなんだその顔。もしかしてせりかのこと考えてるのか?」

 「な、な、な、なにを言うんだ。」

 「図星みたいだね。」

 「お前、やっぱせりかのこと好きだよな。」

 「そんなことあるわけないだろ。」

 「……もしかして種市さんかな。玲央くんの好きな人。」

 「もっとあり得ないだろそんなの。」

 「おいおいおい誰だよ種市って。」

 「前の模試で校内2位だった子だよ。玲央くんと同じ授業受けてて、たまに話すのを見るよ。」

 「そうなのか!玲央もモテるんだな~」


 …まあ仲良くしてるの二人くらいなんだが。


 「種市が来月の東大実戦一緒に受けるって言うんだ。」

 「マジかよ!じゃあ一緒の大学行くのかよ!」

 「まさか。あいつは翔太と同じ岩大志望だよ。」

 「そんなわけないだろ!前の模試で玲央と2点差だったじゃんか!」

 「共同獣医行きたいんだって。調べたけど相当難しいよ。センター試験の得点だけ見れば東大志望と同じくらいとらないと。」

 「マジかよ…獣医ってそんなむずいのか…」

 「にしてもなんでそんな種市さんは、自分の受けない東大の模試を受けようというんだい?」

 「なんか本気の俺と勝負したいとか言ってさ。」

 「玲央くんにとって東大実戦は一番大事な模試だからね。それにしても度胸あるね種市さんって。僕には到底無理だよ。同じ土俵で勝負を挑むのなんて。…そして余裕だよね。」

 「先週の模試の自己採点、853点だったって。」

 「おい、マジかよ!あの難しい問題でそんなにとるのか?」

 「翔太くん、さっきから『マジかよ』ばっかり。ボキャブラリーを磨かないと。」

 「英単語ならちゃんと覚えてるぜ!…ってそんな話じゃなくてさぁ…」

 「大学に行くだけなら余裕だって自分で言ってた。だから、受験勉強をどこまで極められるか確かめたいんだって。」

 「なんかぶっとんでるな。」

 「正直うらやましいよ。僕にとって早稲田は高い壁だから……」

 「だから負けたくない。負けられないんだ。」


 気が付けば、翔太と智久はラーメンを平らげていた。箸が進んでいないのは自分だけのようだ。智久が口を開く。


 「ひょっとして、種市さん、玲央くんのこと、好きなんじゃない?」

 「何でそう思うんだ。」

 「いや、いくら自分の勉強余裕だからって、わざわざ自分の受験と関係ない模擬試験受けようと思うかな。仲良くなるきっかけ作ろうというようにしか思えないんだ。」

 「俺もそう思ってたぞ!智久!」

 「どうなんだか。」


 二人が好き勝手に話しているのを尻目に、さっさと自分のラーメンを食べきる。


 「とにかく今は、俺も受験勉強どこまで極められるか、限界までやる。考えるのはそれだけ。別に種市がどうとか、せりかがどうとか関係ない。」


 そう言って、脂の浮いたスープを飲み干した。


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