第1829話 概念の冒涜者と苛む精神

「待たせたな。次はお前だ、


 シギンを『結界』の内側へと閉じ込めた後、先程動きを止めておいた神斗の方へと歩き出した煌阿は、今も唖然としながら煌阿を見ている神斗にそう声を掛けるのだった。


 洞穴の中で一度煌阿の『魔』の理解度を目の当たりにしていた神斗だったが、それでも『空間』を自在に操るシギンを相手にしては、流石に煌阿といっても歯が立たないだろうと確信していた。


 だからこそ彼は、この場で動けなくされた時にも悔しい思いこそはしたが、自分がこの後に命の危険を感じるとまでは考えなかった。


 だが蓋を開けてみれば、悟獄丸ごごくまるを相手に短期間で勝利をして見せたシギンは、この目の前に居る煌阿こうあに敗北を喫してしまい、意趣返しとばかりに『結界』に閉じ込めてみせた。


 つまり今の煌阿は、あのシギンという妖魔召士の『魔』に真っ向からぶつかっても何とか出来る程の『魔』の概念を手にしているという事である。


「やれやれ……。驚いたよ、煌阿。君が居なくなる前までずっと共に行動をしていたつもりだったけど、まさかこんな力を隠し持っていたなんてね」


 内心では今の煌阿を前にして、少なからず恐れと呼べる感情を抱いているであろう神斗だが、そんな事を表面上ではおくびにも出さず、飄々とした態度でそう声を掛けるのだった。


「ふん、別に隠していたわけではない。お前らと居た頃には周りに強い『魔』の力を持つ者が居なかっただけの事だ」


「それは……。つまり君が居なくなった原因と戦った事で『魔』への理解度を深めたって解釈でいいのかい?」


 これまで神斗の言葉に素直に返答をしていた煌阿だったが、その最後の言葉には返事をせずに代わりに神斗に更に近づくのだった。


「お前がどういうつもりであの人間の元に。だが、そこまで俺を憎んでいたのならば、回りくどい真似をせずに!」


……? ?」


「この期に及んでとぼけるか……。まぁいい、今更お前に謝られても許すつもりはない。それにおかげでこうして俺は卜部の力や、そこに居る人間の力も得られたんだ。後はお前の身体を奪う事で溜飲を下げるとしよう」


 神斗はその言葉に先程までシギンと煌阿の戦いに唖然としていた時の表情に近しい表情を浮かべていたが、やがてゆっくりと更に自分に近づいてくる煌阿に身の危険を感じ取ったらしく、慌てて彼は口を開くのだった。


「待て、煌阿! ――!?」


「ああ、そういえば悟獄丸の奴もそこに居る人間にやられたらしいな? そして俺の存在はもう忘れ去られているときた。つまり、後はもうこの山を実質支配しているのはお前だけというわけだ。丁度いい、この俺がお前の代わりに支配し直してやる」


「ま、待て――!」


「安心しろよ、神斗。精々、


 そう最後に神斗に告げた煌阿は、精神体となったその姿のままで、少し前に殿鬼の身体に乗り移った時のように、地面に縫い付けられたかのように動けなくなっている神斗に向けて飛び掛かるのだった。


「やめっ……!?」


 煌阿の精神体の身体がオーラに包まれたかと思うと、まるで『魔力』そのものが黒いモヤに変貌を遂げたかの如く見えた。


 そしてそのまま『魔』の概念を用いた精神体の煌阿によって、神斗は抵抗出来ずに自身の体内へと侵入を許してしまうのだった。


 …………


 そしてその様子を煌阿の張った『結界』の内側から見させられていたシギンは、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべるのだった。


 しかしそれは先程まで朗らかに会話を行っていた神斗に対して、憐れみや同情を向けたというわけではない。


 その表情の意味とは、精神体となっていた煌阿が、神斗に乗り移る時に用いる方法があまりにも効率を度外視したような原始的な手法であった為であった。


(なるほど……。やはりあやつは『魔』というものを一から学び、努力や研鑽を行って修めていたというわけではないのだな。あやつの『魔』の概念の根本となる本質は、今のような無作法に丸呑みを果たすのみで強引に奪い取っただけに過ぎないのだ! くっ……! な、何と、何と『魔』の概念を愚弄するような行為なのだ! 何よりもそんな『魔』を嘲弄する冒涜者に、こうして無様にも『結界』に閉じ込められてしまった俺自身が許せぬ!!)


 煌阿の他者を乗っ取る手段とは少し異なるが、同じ精神体となって乗り移る『魔』の技法を心得ている。


 しかし今の煌阿が行ったような相手の意識がある状態で、強引に相手に苦痛を与えながら奪うような手法ではなく、相手に痛みなどを与える事もなく、影響や痕跡を残さぬように少しの間だけ操るように利用させてもらう程度であり、決して煌阿のように用が済んだら使い捨てにするような扱いはしない。


 自身の生涯の大半を『魔』に捧げてきたシギンは、自分の大事な『魔』の概念をこれでもかと貶められたような気分に陥り、そしてそんな相手に敗北したのだという実感が、彼の精神を蝕むようにジワジワと苛むのだった。

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