第1802話 悍ましい程の魔力の持ち主

 シギンはサイヨウ達と別れた後、再び単独で『妖魔山』を登り始めた。当然に彼の目的地は、先程感じた『魔力』の持ち主の居る場所である。


(今はもう全くあの存在の『魔力』を感じられぬ。どうやら普段は身を隠しているのだろうか? 完全な『魔力』の隠蔽が行われているようだが、それならば何故あの時にあのような分かりやすいバレ方をするような『魔力』を発現させたのだろうか)


 シギンは『空間』を狭めながら少しずつ移動を行い、先程の妖狐と別れた地点まで数秒で戻りながらも思考を続けていた。


 一気に『空動狭閑くうどうきょうかん』でこの場所まで戻ってきても良かったのだが、先程の『妖狐』がまだこの地点に残っていれば、流石に『魔力』の残滓から戻って来た事が分かるだろうと考えた為である。


 シギンから見てどれだけ格下の存在であっても、あの九尾の妖狐であれば、魔力の残滓からすでにシギンの『空間魔法』の『魔力』を覚えられている可能性はある。


 相手の発動させた『魔』の技法から、その術者の『魔力』を追う事は初歩的な『魔力感知』法であり、ある程度の『魔』の理解者ともなれば、残滓から相手の魔力量、つまりは『魔力値』まで追う事も可能となる。


 もし王琳の立場がシギンであったのであれば、すでに『空間魔法』の技法の残滓から、シギンの『魔力』の解析を終えて、再びこの地に戻って来たと直ぐに感じ取れていただろう。


 だが、シギンはもう王琳程度の『魔』の理解者であれば、余程に気付かれるような大掛かりな『魔法』さえ使わなければ、姿や魔力を隠蔽しながらの移動で気付かれる事はないだろうとアタリをつけていた為に、空動狭閑ではなく、こうして『結界』を用いながらの『空間魔法』でこの場に戻ってきたというわけである。


 そして同じ理論で今度は、その王琳の前に膨大な『魔力』を感じさせた『存在』の『魔力』の残滓から、既にその者の『魔力値』まではまだ把握出来てはいないが、その前段階の『魔力』そのものの種類までならば解析を終えている為に、その存在が今居る場所を容易に特定出来ていたシギンは、禁止区域とされている場所の中の『洞穴』へと足を運び始めるのだった。


 今のシギンは『王琳』の前で張った『結界』よりも尚、魔力を費やして発動させる強力な代物であり、まず間違いなく中の存在であってもバレないだろう。


 これまで以上に存在を悟られないようにと、慎重に足を踏み入れたのであった。


 中は想像以上に薄暗く、外から見た感じとこうして中に一歩足を踏み入れた後では、印象がまるっきり違っていた。


 シギンが息を殺してゆっくりと洞穴の中を進んでいくと、洞穴の天井に何やら吊るしてある札が見えた。


(これは対象を強引に封じ込めるタイプの『結界』の力をした札だな。しかしこれは相当に古い『結界』様式のようだ。どうやらこれを施したのは俺と同じ『妖魔召士』のようだが、札に封じ込められている『結界』の魔力の残滓からみるに今から最低でもだろうな)


 そしてその札の数は一つや二つではなく、奥へと続く道にびっしりと吊るされているのが見えた。


 この中の一つ一つの札が、今の『最上位妖魔召士』達が全力で込めた『魔力』を遥かに凌駕している。


 しかし当時であれば、今よりもその効力が強力なものであったのだろうと、シギンは感じさせられるのだった。


(もうあと数十年もすれば、札に残された『魔力』も掻き消えてしまい、この中に封じられている何者かは表に出てくるだろうな。しかしここまで念入りに封じられている妖魔の存在など初めて知った。いったいどんな奴が中に居るのだろう……、かっ……!?)


 間違いなくシギンが居る場所から、少し先にその『存在』が居る。


 しかしシギンはこれ以上近づけば、どれだけ自身の姿を隠蔽する『結界』を施していたところで、バレてしまうと判断してそのギリギリ見つかってはいないだろうという場所で足を止めたのであった。


 ――そしてその『存在』は、小さな洞穴の中に居た。


 何やら天井から吊るされている『封印式札』の内側から、詠唱を行う何者かの低い声がシギンの耳に聴こえてくる。


「――ぁっ」


 次の瞬間、シギンは悍ましい『魔力』の奔流を直ぐ傍で感じ取り、慌てて洞穴の外へと『空間魔法』で抜け出した。


 どうやらシギンに対しては吊るされている式札の『結界』の効力は反映されなかったようで、何事もなく外へと出る事に成功した彼であった。


 流石は歴代で最強と謳われるだけの『妖魔召士』であるシギンは、このような突然の行動であっても隠蔽の『結界』は無意識に継続できていた。


 しかしそれでもシギンは全身が総毛立ち、脂汗をびっしょりと流している事に気づいた。


(い、今の奴の詠唱は『呪詛』か、それとも『魔法』に対する詠唱なのか分からなかったが、とんでもない『魔力』が込められていた。それも封印式札が俺と奴の間に多くあったというのに、俺は一瞬死を覚悟させられた。まず、間違いなくあの札がなければ、今の俺は奴の悍ましい『魔力』が発せられた何らかの『魔』の技法によって殺されていただろう……)


 シギンは山の中で感じ取った『魔力』の持ち主の『存在』が、想像以上の者であった事に驚きながらも、あの時に全員で一度引き返すという決断は何よりも正しかったと強引に理解させられた瞬間であった――。

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