第1801話 王琳とシギンの実力差

 九尾の妖狐である王琳おうりんの『魔力』を直に感じ取り、これ以上は山の調査を続ける事が困難だという事情を口実に、シギン達は山の麓まで戻るのだった。


 サイヨウを除いた他の者達が、一体いつの間に移動が行われたのかとばかりに、唖然としながら周囲を見ていた。


 これはシギンの『空間』を用いる『魔』の技法であり、目に見える範囲や一度記憶した場所であれば、障害となるような『結界』などがなければ、その目的地までの距離を狭めて移動を行えるのであった。


 尤も、彼一人であれば障害となる『結界』が間にあったとしても、更に『魔力』を伴って発動される『空動狭閑』という『空間』を司る更なる高位術で強引に突破も可能となるが、相手の『結界』に用いる『魔力』の影響を全て受ける事になる為に、余程に耐魔力に自信がなければ滅多に多人数で行う事はない。


 特に今回の場合、妖狐の『王琳』の『魔力』にあてられてしまい、可哀想なまでに萎縮してしまっているゲンロクも伴っている為に、そのような無理をさせられる筈もなく、あくまで今回は『王琳』自身が彼らを見逃すつもりであったこともあり、通常の『空間魔法』が用いられた様子であった。


「ゲンロク、大丈夫か?」


「……」


 心配そうにコウエンがゲンロクに声を掛けるが、彼は無言で自分の身体を両腕で抱きながら震えるのみであった。


「サイヨウ、ここからはお前にゲンロク達を任せる。ひとまずは今晩はコウヒョウで宿を取ってやれ」


 そのコウエンとゲンロクの様子を見ていたシギンは、直ぐにサイヨウに指揮権を渡して、ここから一番近いコウヒョウの町の宿で休ませろと告げるのだった。


「シギン様は、どうなさるのですか?」


 突然の命令にサイヨウは、素直に頷く前に抱いた疑問をそのままシギンにぶつけるのだった。


「俺は少しだけ気になる事がある。安心しろ、少しだけ確認をしたら今晩中にお前達の取る宿に向かう。俺の分も取っといてくれ」


 そう言ってシギンは、明らかに一晩の宿で使いきれない程の金子が入った巾着袋をサイヨウに向けて放り投げるのだった。


「わ、分かりました」


 慌てて自分に向けて投げられた巾着を受け取ると、ノマザルやイッテツを一瞥した後にシギンに返事をするのだった。


「今の様子を見るにゲンロクは、妖狐によって『魔力』に対しての恐怖心を植え付けられている。宿に戻って直ぐにでも意識を失うように眠る事があれば、少し面倒な事になるかもしれん。注意して見てやってくれ」


「ええ、そのつもりです。あの妖狐はあまりに格が違いすぎる相手でしたからね。小生であってももう少しあの場に居れば、耐魔力を無理やりにでもあげる必要性があったくらいでした……」


「ああ。サイヨウの言う通りだったな。あんな化け狐が居るとは、流石は『妖魔山』だ。……」


 サイヨウの言葉にコウエンが続けると、ノマザルやイッテツも同意するように頷いていた。


 仲間達の王琳を見た感想を聴いたシギンは、やはりあの場で引き返すのは正解だったと改めて頷きを見せたのだった。


 そのシギンの頷きにどうやら他の面々は、シギン程の妖魔召士でもあの妖狐は侮れぬ存在だったのだろうと勘違いをした様子だった。


 ――実際にはシギンは『』に対しては、だという印象しか持っていなかった。


 王琳と出会う少し前にもっと大きな魔力を感じ取った事も原因の一端を担ってはいたかもしれないが、それを除いても実際にあの場でいくつかシギンは、王琳に対して試していた事があったのである。


 一つ目は王琳がシギン達に向けて姿を見せろと口にした時、あの時はまだ『サイヨウ』が『結界』を張っていた為に、あの状態であれば王琳の『魔力感知』にもっと精密性があれば、コンマ数秒分だけ本気の『魔力』を開放したシギンに対して反応を見せられた筈だが、結局はシギンの『魔力』の変化に姿を見せても気づかなかった。


 これが一つ目であり、二つ目は他でもない王琳の告げた言葉にあった。


 奴は確かにシギンが姿を見せる前から『魔力感知』でその存在を把握していたと口にしていたが、つまりそれはシギン達が居る事に気づける程の『魔力感知』を展開しているにも拘らず、その状態でシギンの行った『魔力コントロール』に気づけなかったという事を自ら証明した事にあった。


 開放した『魔力値』に気づけず、また基の状態の『魔力値』から変化させた『魔力コントロール』にも気づけず、その後の変動する『魔力値』を元に戻しても何も反応を見せなかった。


 これだけでもシギンは、王琳を取るに足らない存在だと決断を下すには充分過ぎるといえたが、極めつけは三つ目であった。


 王琳がシギンに対して『殺意』の視線を向けてきたとき、僅かながらにその視線を受け止めつつもシギンは『青い目ブルー・アイ』を放ち、一度だけ王琳の動きを封じて見せたのである。


 だが、何かをされたという感覚は少なからず感じてはいた様子ではあったが、何をされたのかシギンが青い瞳を元に戻した後も結局分からずじまいだったようで、その後は見当外れな言葉を妖狐は口にしていた。


 あの時点で完全にシギンはもう、王琳を敵にはなり得ないと断言が出来たのである。


 もしシギンがあの時に本気で王琳を殺そうと手を下していれば、すでに意識をされる前に王琳の首を刎ね飛ばす事も容易だっただろう。


 ――妖魔召士シギンと、この時代の妖狐の王琳との実力差が、それ程までにあったという事の証左である。


 これより数十年、ひたすらに神斗の元で『魔』の研鑽を始めるに至った王琳だが、この時代ではシギンより明確に格下と思える程の差があったようである。

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