第1742話 神斗の提示する褒美

「さて、神斗様。そろそろ俺は戻ろうと思いますが、七耶咫の奴は無事ですか?」


 先程までシギンの話を聞いて感動を露わにしていた王琳だったが、今はもういつもの表情に戻っていて、彼の配下である『七尾』の七耶咫は何処に居るのかと神斗に訊ねてくるのだった。


 この切り替えの早さが王琳の凄いところなのだろうが、あまりに唐突過ぎた為に神斗は苦笑いをした後に口を開いた。


「ああ、彼女はもちろん無事だよ。今は私が寝居に使っている小屋に寝かせてある」


「色々とご迷惑をお掛けしてすみませんね、神斗様。では、案内をお願いできますか?」


「それは構わないが王琳、一つ頼み事を任されてはもらえないか?」


「え? まぁ俺に出来る事でしたら別に構いませんが」


 神斗から頼み事があると言われた王琳は、これまでそんな事を頼まれたことがなかった為に、少し返答に悩んだ様子だったが、直ぐに頷いて見せるのだった。


「すまないな。お前に中腹付近の様子を見てきて欲しいんだ」


 その神斗の言葉を聞いた王琳は、再びちらりと崖の下を見下ろし始めた。


「さっきの天狗の件ですか? いったい何があったのかまでは存じませんが、単なる天狗達の暴走というわけではなく、率いているのは帝楽智ていらくち殿のようですし、放っておいても別段問題はなさそうですがね」


 ここから崖下を移動していた天狗たちの中に『天魔』の姿があったかどうかなどの目視は難しかったが、あまりに空を移動する天狗たちが普段と違って統率が取れているところから省みて、率いているのが『天魔』の帝楽智で間違いないと王琳は判断をしたようであった。


 その様子から流石に『三大妖魔』のトップ同士であった『王琳』は、同じ『三大妖魔』の天狗の首領たる『天魔』の事を熟知している様子であった。


 そしてその王琳の発言から多少の山でのイザコザがあろうとも、帝楽智であればそこまで悪いようにはしないだろうという、王琳から帝楽智へのある種の信頼感のようなものを神斗は感じ取るのだった。


「いつものようにこの山だけの問題なのであれば、お前の言う通りに直ぐに片がつくのだろうが、どうやら人間達がこの山に入り込んできた事も一つの要因を担っているようなのでな。本来ならばこの山を統括する立場に居る者として、この私が出向くべき事なのだろうが、少し悟獄丸の戻りが遅い事が気に掛かる。イダラマとかいう人間を気にして追いかけて行ったようだが、さっき話をした『妖魔召士』と交戦を行っているとすれば、もしかするともしかするかもしれない。私の言いたい事が分かるな?」


 淡々と事情を話す神斗だが、その顔からは真剣さが伝わってくる。


 それはつまり先程の七耶咫を操っていた存在が、神斗と同じ妖魔神である『悟獄丸』と交戦状態であった場合に、万が一ではあるが『悟獄丸』が敗北を喫する可能性があると、この場で王琳に対して暗にではあるが示唆しているのだった。


 本当にそう考えているからこそ、彼には山の一大事である筈の『天狗族』と『鬼人族』の抗争の方を王琳に頼んでみせて、そして本来であれば心配する必要がない筈の『悟獄丸』の安否を『神斗』自身が、自分で確かめに行くと口にしているのであった。


 確かに遡れば数千年という規模で『妖魔山』に君臨してきた、たった二体の『妖魔神』の片割れが人間によって始末されたとなれば、天狗族と鬼人族の抗争という大規模な事件をさらに上回る事になるだろう。


 まだ可能性があるという段階だからこそ、神斗からそこまで必死さは伝わってはこないが、それでも王琳程の『九尾』にすら任せずに自分で調べに行くと口にしてみせる程には、神斗の真剣さが窺えるのだった。


「成程、分かりました。では直ぐに事に当たります」


 実は王琳は神斗と別れた後に『イダラマ』達を探しに行こうと考えていたのだが、神斗に命令されてはそちらを優先せざるを得ない。それもどうやら『天狗族』の最高幹部達といえる『天従十二将』達が勢揃いしている事は『魔力』の奔流からも分かっている為、放置していい規模の話でもないことは明確であった。


 仕方なく自分のやりたい事を後回しにする事に決めた『王琳』は、少し残念そうに九本の尾をゆらゆらと揺らしながら、小さく溜息を吐いてそう返事を行うのだった。


「すまないな王琳……。よし、褒美と言っては何だが、七耶咫に残されている魔力の残滓から奴が用いた術を解析して何か分かり次第、お前にその術式を分かりやすく翻訳してやろう」


「――え、本当ですか、神斗様……!」


 元気なく尾をゆらゆらと動かしていた王琳だが、七耶咫を操っていたシギンの術式を解析してくれると約束してくれた事により、その尻尾をピンと立たせた後に相好を崩すのだった。


 この『ノックス』の世界で『魔』の概念の最先端に居るのは、紛うことなく『神斗』である。


 あくまでシギンという『謎』の存在を除けばではあるが、それでも『透過』一つをとっても『空間』干渉領域に片足を踏み込んでいる程の『魔』の概念領域に辿り着いている神斗が、全面的に謎の高位の『魔』の概念領域を操っていた存在の『術』の全貌を明らかにする事を約束してくれたのである。


 王琳は神斗程に『魔』に傾倒している存在である為、その神斗の翻訳してやるという言葉は彼にとって、他に比肩しない程の褒美である事に間違いなかった。


「約束するよ、王琳。だから山の安寧の為に頼んだよ?」


「も、もちろんです!」


 王琳は喜色満面といった様子で神斗に感謝の言葉を口にした後、うきうきとしながら七耶咫の居る場所へと案内されるのだった。


 ……

 ……

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