第1741話 神斗と王琳
「どうやら天狗共が向かっている方角から省みるに、狙いは『鬼人族』の縄張りでしょうか? 悟獄丸様も何処かで見ておられるかもしれぬというのに、何があったのか知りませぬが。帝楽智殿も思い切った事をしたものですね」
そう神斗に話し掛けたのは九尾の妖狐の『王琳』であった。
王琳はコウエンと決着をつけた後に、ふと自分が通したイダラマ達がどうなったのかが気に掛かり、それを確かめに山の頂の元まできたのであった。
「そうだね……。まぁまだ
「ん……?」
どこか神斗と自分の話が噛み合っていない印象を受けた彼は、訝しむように眉を寄せながら神斗を見たが、その神斗は何か思案顔を浮かべながら小さく溜息を吐いていた。
ここに来る時に見る神斗のいつもと違う印象を受けた王琳は、この場所で何かがあったのだろうと悟り、それを聞き出す前提で再度口を開いた。
「ところで神斗様。此処へ七耶咫の奴がきませんでしたか?」
その言葉にぎろりと神斗の視線が動き、
「むっ……!」
流石に王琳もその神斗の変わりように驚き、その敵視するような視線には、つい身構えてしまうのだった。
「どうやって彼が七耶咫を操ったのかずっと疑問に思っていたが王琳、
声を荒げてそう口にする神斗だが、別に殺気や殺意というものはなく、先程のような敵視するような視線では決してなかった。
だが、神斗の鬼気迫るといった様相を鑑みれば、余程にこの場で彼にとって重要な事があったのだろうと容易に察しがつく王琳であった。
「一体何の事を言っているんです……? 確かに俺は七耶咫に妖魔召士の人間共を貴方がたの元に案内をするように告げましたが、それ以上の事は何も存じていませんよ? ここへはいくら待っても戻ってこない七耶咫の奴を探しに来たんですよ」
神斗は王琳の言葉が真意であるかを確かめるような視線を送っていたが、やがては細めていた視線を元に戻して改めて小さく頷くのだった。
「どうやら本当の事みたいだね。どうやらあの『魔』の理解者と結託してこの場に送り込ませたってわけじゃなさそうだ」
「神斗様、何があったのか詳しく教えてくださいよ。それと此処に居る筈の七耶咫の姿が見えませんが、いったいどういう事なんです?」
「ああ……。少し話は長くなりそうだけど、君にもここであった事を全部話しておこう」
…………
王琳は神斗から直接何があったのかを聞いて、最初は『透過』単一方向からの攻撃の無効化までを会得していたというイダラマに感心し、次にエヴィという見た事も聞いたこともない種族が行った真鵺を越える程の『呪い』の強さに興味を覚えて、そして何より最後に話された七耶咫を操っていた『人間』のような存在が起こした出来事に、その目を輝かせたのだった。
「神斗様、その七耶咫を操っていた人間が、空間を自在に狭めた上に、神斗様の到達している領域の『透過』すらも抑え込んだというのは本当なんですか?」
「間違いないね。そいつ自身の『透過』到達領域は、間違いなく私より上だ。奴の口ぶりから鑑みるに、ここから遠く離れた場所へ自在に物質を送ったり、その離れた空間に対して『魔』の概念の伴った力で影響を与える事も可能とするだろう。何より私が『空間』干渉領域に達しているとカマをかけてみたんだけど、あっさりと私の『透過』が『空間』干渉領域に非常に近しいが、あくまで『魔力』干渉領域の範疇だと明確にしてみせていた。それは確実に私の行える領域を熟知していなければ出来ない事の筈だ」
神斗は実際にシギンと相対していた時の事を鮮明に覚えている様子であり、どうやらこの妖魔神はその時の事を貴重な経験として間違いなく記憶しているようだと『九尾』の王琳は判断するのだった。
「は、ははは……! そうですか……っ! 俺も直にそいつを
神斗からシギンの話を聞かされた王琳は、もはや崖の下の空を飛翔する天狗の大群など眼中になくなったかのように、オーラを纏わせながら目を煌々と輝かせるのだった。
子供のように目をキラキラさせながら嬉しそうに話す王琳を見て、神斗もまた溜息を吐きながらもその表情はとても嬉しそうにしているのだった。
本来はこの妖魔山に居る者達の中でこのように、神斗や悟獄丸のような『妖魔神』に対して、こうも馴れ馴れしく話を行える存在はあまり居ない。
それこそ今この目の前に居る『九尾』や、あっさりと族長の座を捨てて自由奔放に身一つで動き回る三つ目の鬼人である『殿鬼』やその娘である『紅羽』、またとある人間と共にこの世界から消えてしまった『鵺』の一族にして最強の『
過去にはまだ他にも神斗達と堂々と話を行っていた妖魔も居たが、その妖魔もある日突然に姿を消してしまった。
もうその存在の事は神斗でさえもあまり覚えていない程に、古い出来事となってしまったが――。
王琳の嬉しそうな表情を見ながら頭の片隅においやられていたその存在の事を思い出しかけた神斗だが、直ぐに崖の下の天狗達を視界に捉えると、その存在の事も再び忘れ去られてしまうのであった。
……
……
……
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