第1715話 口元を綻ばせる、副総長ミスズ

 百鬼なきりに道案内をされながら彼らの集落へと向けて歩いていくソフィ達一行だが、この場に居る全員がすでに『妖魔』に監視されている事に気づいている。


 だが、すでにエイジやゲンロクが『結界』の効力を変えて、防御主体と呼べるものに変わってからは、攻撃をされるまではこちらからは手を出さず、相手を泳がせて様子を見る事にしているのであった。


 もちろんエイジ達の張っている『結界』規模を上回る攻撃が行われるだろうと判断した場合は、ヒノエやスオウといった前衛を任されている妖魔退魔師の組長達が、その襲撃に備える対策を行って動きを封じ、更に中衛に居るミスズやキョウカが敵たちを無力化させる為に動くだろう。


 まだその背後には、最上位の妖魔召士である『エイジ』や『ゲンロク』、それに大魔王ソフィや大魔王ヌー、更には『死神』のテアに、最後尾には妖魔退魔師組織の最高戦力の総長シゲンも待ち構えている。


 まだまだ『禁止区域』ですらないこの山の中腹近辺では、いくら妖魔達に監視をされようが、そこまで懸念を抱いていないというのが、この一行の実状なのであった。


 対する監視を行っている側の鬼人達は、自分達より遥かに格上であった『百鬼』が『妖魔召士』達に『式』にされているという判断の元、かなりの戦力が集められて妖魔山を登ってきているのだと少々浮き足だっていた。


 少し前に天狗側の縄張りへと向かっていった人間達の存在もまた、この鬼人達を浮き足立たせている要因を担っているだろう。


 鬼人達の縄張りへと本来の足取りのままで進むソフィ達と、戦々恐々としながらも同胞たちの到着を待つ鬼人の監視達、睨み合いと呼ぶには一方的ではあるが、この状況が決して少なくはない間続くことになるのだった。


「奴ら襲ってこねぇが、何を企んでいると思う?」


 最初に鬼人達の監視に気づいてからそれなりに時間が経ち、前を歩いているヒノエはそのまま前を向いたままで、横に居るスオウにだけ聴こえるように小声で話し掛けるのだった。


「さてね……。直接視線を送ってきている連中はそこまで大した事はないし、人数もそんなに多くない。だけどここは何をいっても『妖魔山』の中だ。奴らのテリトリーである以上はいくらでも罠を仕掛けられるだろうし、このまま様子を窺っているという事は、この先に罠を仕掛けている可能性は高いだろうね。たとえば今監視している奴らは襲うつもりじゃなくて、仲間に情報を渡すためだけに俺達の動向を窺っているだけの可能性もあるしね。それこそたとえばだけど、今から俺達全員が背後を振り返って、いきなり本気で逃げようとしたりすれば何を考えているか直ぐに分かると思うよ」


「ハハッ! 確かに奴らにしてみれば、そんな事をいきなりされたら何事かと考えるだろうな」 


「ふふっ、だろう? 奴らが単なる見張りだけだったなら、直ぐに尻尾を見せると思うよ」


 サカダイの町に居る時や、普段の合同任務の時には決して見せない種類の笑みを、この場では互いに見せ合っている。


 それはこの『妖魔山』という場所で死を覚悟して臨んだ雰囲気があったからだろうか、スオウとヒノエはまるで同じ組の仲がいい隊士同士のように談笑を行ってみせるのだった。


 そのスオウ達の様子を後ろから見ていたミスズだが、表面上はいつも通りではあるが、内心で非常に喜んでいるのだった。


(今のスオウ組長は全く気負っている様子がない。ヒノエ組長に組織の最高幹部として、一組の組長の座を奪われる前の本来のスオウ組長そのままだ。これで少なくともこの『妖魔山』に居る間は本来の力を発揮出来ずに危機に陥るという事を避けられるでしょう。スオウ組長が十全に本来の力を発揮出来るならば、他の組長格に引けを取らない筈ですからね……)


 そこまで考えたミスズは、無意識に遂に取り繕っていた表情すらも取り払って相好を崩すのだった。 


 ミスズはこの『妖魔退魔師』組織の副総長として決して少なくはない期間、スオウ組長が思い悩んでいる事をずっと気にしていたのである。


 特務の施設内の訓練場でソフィに肩入れをしているのを見た時も彼女は、少しだけスオウの過去を思い出して感傷的になったりもしていた。


 今のスオウ組長も最高幹部として組織の最高戦力と数えられる強さを有してはいるのだが、それでもヒノエに一組の座を奪われてしまう前までの彼とは、実力が雲泥の差であるとミスズは考えている。


 若い時に抱く全能感というものは、齢を重ねるごとに失敗や挫折を経験する事で少しずつ失っていくものであるが、それでもスオウという一人の天才剣士は、もしあのまま挫折を知らぬままで今もそのままで居られたならば、もしかすると自分や、片目を失う前の『キョウカ』組長にさえ、匹敵していたかもと考える程であった。


 自分に絶対的な自信を抱き、天性の賜物と呼べる程の刀の才に、何より他者に真似が出来ない程の距離感を測る事の出来る優れたあの目。


 ミスズは自身が編み出した刀術である『幻朧』という切先が完全に消える技を彼に初見で全て躱された時、本物の刀の才を目の当たりにして、まだ幼かった彼女はスオウに対して背筋を凍らせた過去を持つ。


 もしあの時のままのスオウが、そのまま成長を果たしてこの場に居たならば、今頃はもしかすると副総長の座にはスオウがついていたかもしれないとまで考えられる程であった。


 しかしそんな彼も人並みに挫折というものを経験して、今では二組の組長という座に落ち着いている。


 そんなスオウを見て惜しいと思う感情を決して否定は出来ないミスズではあるが、それでも彼は自分と同様にまだまだこれからの人間であり、失った時間を取り戻して更なる成長を見せられる逸材と信じて疑っていない。


 ――だからこそミスズは今日まで、少しでもスオウが挫折から立ち直れるように気を掛けてきた。


 もちろんそれは総長であるシゲンの為でもあり、自分の為でもあり、サカダイの町を中心としたこの『ノックス』の世界の人間達の為だという打算的な部分もあるが、それでも彼女はこの最高幹部全員を含めた『妖魔退魔師』全員が、無事に次の代へと繋ぐその時まで無事に生きていて欲しいと願っているのであった。


(スオウ組長……。もし貴方が今も挫折をしたままであったのならば、私はこの山で貴方を死ぬ気で守る覚悟もありましたが、どうやらもうその心配は要らなそうですね)


 そこで新調したばかりの眼鏡がずり落ちそうになり、慌てて右手でくいっと上げたミスズだが、彼女の口元は変わらずに綻んだままであった。

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