第1711話 山を登る道中にて
王琳は戦闘を終えた後、ゆっくりとコウエンの亡骸の元まで歩いていく。
「まだ何かあるかもしれぬと、少しだけ期待したのだがな……」
王琳が『二色の併用』を有した状態で放ったあの『隣火』であれば、本来ならば亡骸すら残らずに完全に燃え尽くされてしまっていただろうが、彼の言葉通りにギリギリまで『魔力』を抑えた事で、そのまま身体だけは残ったようであった。
何処までも王琳の自身の『魔力』に対してのコントロールは凄まじく、あっさりとこのように寸分違わずに手加減を加えることを可能としたようである。
しかしそれでもコウエンが絶命をした事には変わりなく、王琳は見開いたまま絶命している彼の目元に手をやると、その瞼を手の平で閉じてやるのだった。
「確かに少しずつ人間達も成長を果たしてはいるようだが、あまりにも『魔』の扱い方がお粗末すぎて、要領が悪いと言わざるを得ないな。こやつも総魔力値自体はとても優れていたのだが……」
コウエンとの会話の中で確かめた事でもあるが、戦闘における『魔』の技法の使い方、それに伴う戦術などがあまりにも威力に目を向け過ぎていて、少しでも対処されるようなことがあればあっさりと諦めてしまう。その癖に相手の耐魔力に抗う術を身につけることをせず、更に『魔力値』を高めようとするのだから、余計に強くなる為に年数が掛かってしまうのであった。
「俺達ほどに寿命があれば少しくらい遠回りしても確実に強くなれるが、他でもない寿命の短い人間共がこんな体たらくではあまりにも勿体なさ過ぎる。こやつらには物事を教えられる師というものがいないのだろうか? 寿命が短いならば、短いなりに色々と工夫を重ねる事が先決だと思うのだがな」
王琳はせっかくの逸材がこのような形で時間を浪費して、そのまま生涯を終えていくのを目の当たりにして、勿体ないと嘆きながら溜息を吐くのであった。
「俺も一度くらいは身を隠して人里へ行ってみるかな……」
王琳は誰も居なくなった場所で一人、真面目な顔でそう口にするのだった。
……
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……
イダラマ達がまだ山の頂に登る前、ソフィ達は百鬼の案内で鬼人達の縄張りといえる集落に向かっていた。
エイジやゲンロクが各個隊列に『結界』を張ってくれているおかげもあり、まだまだこの辺の妖魔達には気配を悟られる事もなく、無事に山の中を進んでいく事が出来ていた。
もう少し登った山の中腹付近にまで辿り着けば、イダラマ達の時と同様にエイジやゲンロクの『結界』を看破して居場所を突き止められる事にもなるかもしれないが、まだまだ今のところはその心配はなさそうだと一行は感じられていたのだった。
「こうやって直接山の中に入るまでは色々と気張っていたが、実際入ってみればそこまで大したもんでもねぇな」
定められた隊列の先頭を歩いているヒノエが胸を張って堂々と歩きながらそう口にすると、同様にヒノエと並んで先頭を任されているスオウが反応して顔をヒノエに向けた。
「まだまだ麓から少ししか登ってきていないし、エイジ殿たちのように優秀な『妖魔召士』達が『結界』を用いてくれているんだから当然の事だよ。でも気を抜かないでよ、ヒノエ? 先頭を任されている僕達が何かしくじるような真似をすれば後列に大きな迷惑を掛けてしまう。先頭を守るっていうのは自分達の安全だけじゃなくて、この組んでいる編成全員の安否も任されているっていう事なんだからね?」
「ああ、そんな事は百も承知だ。とりあえず前方右側はお前に任せるから、左側は私に任せろな」
「分かってる。それと見敵後はまず僕がこの長い得物を利用して仕掛けるから、小回りのきくヒノエにトドメを刺して欲しい。君の咄嗟の機転のセンスと、何もかもぶっ壊す破壊力だけは頼りになるからね」
普段であれば絶対に言わないような言葉にきょとんとしていたが、やがてヒノエはにんまりと笑みを浮かべた。
「何だよ何だよ、チビ助ぇ? 今日はえらく素直じゃねぇか! 緊張してんのかよぉ?」
そう言ってヒノエはスオウの頭の上に手を置いて、優しく撫でるのだった。
「ちょっ! やめろよ、何で緊張感を持てって言った傍から、そんな風なんだ君は!」
ヒノエの手を鬱陶しそうに払いのけながらブツブツと文句を言い始めたスオウだが、どうやらそれを見た彼女は何かを思いついたようにスオウにすり寄っていく。
「ヒノエ組長! もう少し貴方は緊張感を持ってください! 今ここに居るのは私達組織の人間だけではないのですよ!」
また何かよからぬ事を考えていると察したミスズは、後方から声を上げてヒノエを窘めるのだった。
「す、すんません!」
スオウを後ろから抱き締めようとしていた手を引っ込めると、慌てて振り返り頭を下げるヒノエだった。
「クックック! ヒノエ殿とスオウ殿は本当に仲が良いのだな」
そしてソフィが笑いながらぽつりとそう呟くと、ヒノエは大きく頷いて笑うが、反対にスオウは勢いよく首を横に振ってソフィの言葉を否定するのだった。
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