第1684話 空間における透過技法

 七耶咫に憑依して操っていたそのナニカは、自分の『時魔法タイム・マジック』に強引に干渉してくる『魔』の概念の効力を感じ取ると、そのまま神斗の方に視線を向け直す。


「成程、お前が現在迎えている『透過』技法の到達点は『魔力』干渉領域にまで及んでいるのか。流石に長い年月を『魔』の概念に費やしてきたというだけの事はあるな……」


『魔』の概念自体が幅広く決して極められるモノではないが、その中の『魔』の技法の一つに過ぎない『透過』でさえ、多岐に渡る効力が存在しており、その全てを極めるには気が遠くなる程の年月を要する。


 七耶咫の身体から離れて実体化をしているそのナニカは、神斗の『透過』の到達点を『魔力』領域に近しいものと認めた。どうやらその言葉通り、神斗の『透過』はそのナニカが用いようとする為に必要な『魔力』に干渉して事象を阻止してみせた。


 この『魔力』領域と呼ばれる『透過』を簡単に説明を行うとするならば、一つの指標ではあるが使用頻度として高い『透過』の技法として、アレルバレルの大魔王領域に居る多くの者達が使う『透過』を例に挙げると、自身の『魔法』を妨害する障壁や結界をやり過ごして貫通させるモノが多い。


 しかしそこに『空間除外イェクス・クルード』といった『時魔法タイム・マジック』領域に在る『魔』の概念を用いられると、貫通を行う事が出来なくなり、そのまま使用者の『透過』の効力が無効化されて、魔法の効力通りに次元の彼方へと消し去られてしまう。


 これが一般的な『透過』技法の到達領域の実状なのだが、この神斗の『透過』の研鑽の末に辿り着いた研究結果では、時間に対して干渉する『時魔法タイム・マジック』領域にある『空間除外』にさえ、その起こされた事象の齎す効果そのものに、他の領域で扱われる『透過』そのものを反映させる事を可能とするものである。


『透過』技法の到達点が『時空じくう』領域以上にまで届いている存在は、あらゆる世界を見渡しても珍しい程で、この領域に居る者であれば、相手が『空間除外イェクス・クルード』や『概念跳躍アルム・ノーティア』、更には『空間』に干渉するその他一切の効力を貫通して、事象の上書きを強引に行えるという事であり、つまりは『透過』としての到達点と呼んでも差し支えない領域区分となる。


 この上にもまだ『透過』の更なる到達点は存在するが、それはもはや『空間』や『時間』どころか、彼らが認知出来る三次元空間内で認識が行えないモノに対しての干渉が行われるといったもので、当然に下界の存在が辿り着くにはあまりにも現実味が薄く、到達している者を例に挙げるのならば『天上界』に君臨する『となってしまう。


 つまりはこの『時空』領域に限りなく近くに居る神斗の『透過』は、同じ下界に居る存在の『空間』に干渉する『魔』を完全に打ち消す事が可能となるのであった。


「言っただろう? 私の『透過』技法は君達より遥かに進んでいるとね」


 勝ち誇るようにそう告げた神斗だが、七耶咫に潜んでいたナニカは口角を上げて笑った。


「確かにお前の『透過』は『時空じくう』領域に達しかけている事は間違いなさそうだが、実はまだ不完全なのではないか?」


「何……?」


 そのナニカの指摘に神斗は眉をぴくりと動かした後、真意を確かめようとするかの如く、そのナニカを見る視線を鋭くさせた。


「そう考えられる根拠としては、まずお前があの青い髪の少年を何もせずに見逃したという事だ。私の予想ではお前の『透過』は、あくまで『時空じくう』領域に近しい『立体りったい干渉領域かんしょうりょういきの範疇とみるが如何か?」


「……」


『透過』を実際に用いる者や、もう少し空間や時間に理解と知識がある者でしか、この両者の会話の内容を理解出来ないだろう。しかしナニカの言葉を受けた神斗は、明確に苦虫をかみつぶしたかの表情を浮かべてだんまりを貫くのだった。


 沈黙した神斗に対して畳みかけるように、そのナニカは言葉を続ける。


「『空間歪曲イェクス・ディストーション』を発動させた時、お前が『透過』技法を展開しかけていたのを私は確認したが、私の『空間歪曲イェクス・ディストーション』が、飛ばした先の空間座標に干渉するものだと気付くと、直ぐさま『透過』を使うのを取りやめただろう? それはお前が『空間魔法』を用いようとした私の『魔力』に対しては『透過』で阻止を行えるが、先に少年を飛ばした私の『空間歪曲イェクス・ディストーション』の効力に際した空間座標に対しては、この位置からでは探る事が困難である事に加えて、そこまで自身の『魔力』を届かせる事が不完全なのだろう? 確かにお前の『透過』は、多くの者達が辿り着く『透過』の到達点の先へは行っているが、それはあくまでこの場で行う私の『空間魔法』に対して行える干渉程度のモノだ。実際の『時空じくう』領域に達している者であれば、空間座標だけに留まらずに、世界の至るところに移動させたその存在自身、及びその存在に付加される『魔』の概念にさえ、打ち消す事ぐらいは可能とするだろうからな」


 そのナニカが神斗に対して行った指摘に、彼は少しだけ表情を曇らせるのだった。


 神斗はその何者かに指摘されるまでもなく、自身の『透過』の領域が『時空じくう』領域の一端程度にまでしか届いていない事を理解はしていた。だが、流石にこれ以上の研究を行うには前例がない為に知識が不足していてどうしようもなかったのである。


 いくら妖魔神である彼が寿命にまだまだ余裕があろうとも、この世界で自身の先を行く『魔』の概念を持つ存在が確認出来ない以上、その先へ一歩でも足を進ませるには、自らが切り開く形で新たな道を見つけなくてはならない。


 だからこそ神斗は、自身と同じく独自に『透過』の研鑽を行っていたイダラマや、見た事のない『透過』技法を用いていたエヴィに興味を持って、自身が見える範囲でその効力を検分してみせたのである。


 しかし神斗は気づいていないだろうが、こんなやり方では『時空じくう』領域にある『透過』に辿り着く事は不可能と断言が出来るだろう。あくまで同じ思想や同じ研究を長年続けていることが前提で、更に今後も神斗と同様に数千年規模で生き続けられる協力者が居なければ、たった一人ではいくら数千年生きようが、ヒントもなしに見つける事などは到底不可能といえる。


 ――所詮『透過とうか』などは、『魔』の概念の一端に過ぎない。


 しかしそれでも神斗にとっては、この『透過』こそが『魔』の概念の根本を司るモノだと信じて研究を続けている。


 だからこそ神斗は、この場で自分の行える『透過』の全貌を正しく指摘してみせた何者かに、少しでもヒントが隠されていないかと、そのヒントから繋がる遥かな高みを目指して複雑な感情と、少しの期待感を抱かせられてしまうのであった――。

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