第1682話 ノックスの世界で最高峰の魔の概念を用いた戦い

 現在『妖魔山』付近の空の上で『妖魔神』である神斗と、七尾の妖狐である七耶咫なやたが睨み合うように浮かんでいる。


 神斗はすでにオーラを纏って戦闘態勢に入っている状況だが、対する七耶咫もオーラは纏ってはいるが、攻撃に対する『結界』や、攻撃の為の『魔法』のスタックも行わずにそのまま沈黙を貫いていた。


 もちろん神斗がもう一歩踏み込んで攻撃を仕掛けようとするのであれば、七耶咫も何らかの行動を起こすのは間違いないだろうが、今の状態を見るに直ぐには動く様子もなかった。


(この私がオーラを纏って圧をかけているというのに、戦闘態勢に入るどころか防御や攻撃に転ずる予備動作すら見せぬとはな。これもこやつの作戦の内なのだとしたら大したものだ。 先程の言葉通りならば、てっきりこやつから攻撃を仕掛けてくるものだと思ったが。だが、狙いは明確にこの青髪の少年を連れ去る事だ。いくら面妖な『魔』の技法を用いようと、しっかりと本核となる部分を見極めればこの私ならば『魔』の対処は出来る筈だ。じっくりと見定める為にもここは圧を掛け続けて待つとするか)


 この七耶咫を操っている存在は、間違いなく未知なる『魔』の概念を用いて自身の『魔力』を七耶咫の身体で使っている。それだけで十分に警戒に値すると判断し、膨大な魔力を用いた安易な飽和攻撃などを取る選択肢を除外するのだった。


 神斗はこの七耶咫を操る正体不明の存在を侮るような真似をせず、慎重に慎重を重ねながら優位性を取ろうと『七耶咫』の観察を続けるのであった。


 ――そして遂に、七耶咫の方から先に動きを見せるだった。


 突如として妖狐の七耶咫の口から、神斗に向けて火が吐かれたのである。


「!?」


 神斗はてっきり何らかの『魔』の概念を用いた攻撃が行われると考えていたが、行われた攻撃は七耶咫の種族の性質と呼べる『妖狐』としての本来の彼女の『力』であった。


 ――だが、それでも彼が驚いたのは、ほんの僅か一秒に満たない時間であった。


 神斗は初見となる未知なる『魔』の力に対応しようと神経を研ぎ澄ませていた為、対処の仕方を強引に変えさせられたとはいっても、単なる妖狐の狐火程度の攻撃であれば、すでに準備を終えている『魔力』を攻撃手法に使って放つだけで事足りる。


 神斗は至近距離から放たれた妖狐の炎に向けて、身体に纏わせていた魔力を一瞬で手の先へと一点集中を行うと、射程も威力も七耶咫の炎に合わせる形で即座に放った。


 流石はこの世界の『魔』の第一人者と自負するだけはあり、唐突な七耶咫の攻撃際して見事に相殺以上の効果をもたらして、一気に『魔力波』が狐火ごと跳ね返してそのまま七耶咫を呑み込もうとする。


 これだけの至近距離で両者ともに恐るべき速度で行われたやり取りである。取れる選択肢も限られているが、当然に準備期間はたっぷりとあった両者は、直ぐに戦闘構想状態で用意していた行動を間違わずに、そして現実になぞり始める。


 七耶咫自身の放った狐火と神斗の『魔力波』が、彼女の眼前にまで迫ったと同時に、今度こそ彼女は『魔』の力を行使し始める。


 両手に可視化出来る程の『魔力』を纏わせたかと思うと、左手だけを前に突き出して『魔力波』ごと自身の放った炎を押し留める。


「それは『結界』か? この私の『透過』を見ていたにしては学習能力が足りないな、それは悪手だ!」


 じっくりと七耶咫の対処法を観察していた神斗は、相手がようやく『魔』の力を行使して『結界』を施したところをみて直ぐに『魔力コントロール』を行い、もはや瞬時と呼べる程の速度で『結界』を貫通させようと放った自分の『魔力波』に向けて『透過』を行う為の新たな『魔力』を送り込もうとする。


 神斗は『魔力波』を放った方の逆側の手を突き出すと、互いの間に『魔力波』と『結界』を挟んで合わせ鏡にしたように、両者ともに手を前に出した状態で『魔力』を押しつけあうのだった。


 だが、この拮抗状態はあと僅かの時間で七耶咫側に傾いてしまうだろう。何故なら『神斗』は拮抗状態を行う為に『魔力』を送ったのではなく、その七耶咫の『結界』をなかったかの如く貫通させようとしているのだから。


 いくら威力を押し殺す程の『結界』規模だったとしても、同じく『魔』の概念の一つである『透過』技法を用いられてしまえば、その『魔』の事象によって引き起こされた運動エネルギーや、質量等に左右されず、完全に『結界』自体を無視して七耶咫の元に『魔力波』を送り込まれてしまうだろう。


 七耶咫の張っている『結界』規模は、すでに『最上位妖魔召士』である『イダラマ』や『コウエン』を遥かに先をいっている『魔』の領域であるが、流石に神斗の『透過』技法はそれすらも上回る。


 正しい『透過』の在り方と呼べる使い方を以て、神斗の『透過』に用いる『魔力』が、拮抗状態にある『魔力波』に届けられた瞬間、やはりというべきか七耶咫の『結界』は存在したままで、その『結界』の内側を素通りするかの如くすり抜けて『七耶咫』に向かっていく。


 確実に七耶咫は神斗の『魔力波』に呑まれたかと思われたが、実際には『結界』を『透過』技法によって完全にすり抜ける寸前に、七耶咫の目が青く輝き、更には空いている右手に『魔力』を移して、とある『魔』の技法を放つのだった。


「ようやく使ったな……! それは私の攻撃に対する軽減行為、いや、相殺行為目的の『魔』の技法か?」


 当然、このまま直撃するとは毛程にも思っていなかった神斗は、口角を上げながら満足気に笑みを浮かべてそう告げた。


 しかし神斗の『魔力波』に向けて放った七耶咫の『魔』の技法は、軽減や相殺を狙ったものではなかった。


 ――僧全捉術、『返魔鏡面掌へんまきょうめんしょう』。


 先程から青く輝いていた七耶咫の目と共鳴するかの如く、右手も青い光を放ったかと思うと、残り続けていた『結界』の外側。つまりは神斗側に向けてそっくりそのまま『魔力波』と『狐火』が、同威力と同速度で跳ね返されていく。


「これはもう、完全に私の影響下にないな……」


 自分の放った『魔力』で間違いはないが、完全にその『魔力波』は神斗の『魔力』と『透過』の影響を受けてはいないものであった。そして完全に自分の放った殺傷能力の膨大な『魔力波』が、放った神斗を消滅させようと迫ってくるのであった。


 七耶咫の『結界』を貫く為の『透過』技法であった為、すでにその神斗の『魔力』の影響にない『魔力波』に、行われた一切合切の『透過』効力は意味を為さない。


 仕方なく神斗は自分を消滅させようと迫ってくる『魔力波』と、同規模の威力の『魔力』をぶつけて、神斗自身が放った『魔力波』を相殺させようとする。


 ――しかしその隙を逃す七耶咫ではない。


 完全に自分が攻撃の対象から外れた瞬間を狙い、神斗が相殺を目的とした『魔力』を展開し始めた瞬間を狙って、今度こそ先程見せた『空間魔法』を展開する。


 一瞬で七耶咫は神斗の近くで完全に意識を失って停止している状態のエヴィの元に辿り着くと、高速で印行を結び始める。指の動きが一般人では目で追えない程に、妖魔である筈の七耶咫が慣れた手つきで『術』を発動させる為の印行を結び終える。


 ――僧全捉術、『移止境いときょう……――』。


「ちっ! させてなるものか!」


 七耶咫を操っている者が、エヴィに向けた『捉術』を行使した瞬間、その効果が完全に発揮される前に、神斗は一気に最大限まで『魔力コントロール』を用いて『二色の併用』で自身の『魔力』を上限まで高めると、その膨れ上がる『魔力』の余波の指向性しこうせいを操り、エヴィに向けて放つのであった。


 それは所謂『魔力圧』と呼ばれるモノで、相殺を後回しにした『魔力波』とは違い、能動的に込めた魔力というわけではなく、自身の『オーラ』を高める事で比例的に膨れ上がる『魔力』の余波を体内に押し留めようとせずに受動的な魔力の余波として周囲にばら撒いたのである。


 ――当然にその余波の矛先は、この場から消えようとしていたエヴィに向けられた。


「ば、馬鹿な……! こんな『魔力』の使い方をする者が『魔』の概念を語るでないわ!」


 遠くの場所へと飛ばす事を目的とした捉術である『移止境界』の効力によって、エヴィがこの場から飛ばされる事には変わりがなかったが、その直前に神斗の『魔力圧』の衝撃がエヴィを襲う。


 すでにエヴィは『特別攻撃』の為に『呪蝕カース・エクリプス』で自分の耐魔力を下げて準備を終えて待機状態であった。つまり神斗の『魔力』の余波程度の影響でさえ、エヴィの用いた敵を仕留める為の『特異』が展開されて、絶大なる効果を発揮してしまう事だろう。


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