第1387話 ヒュウガの選んだ選択

「え? い、いや……」


 ヒュウガはこれまでの態度と変えたかと思うと、恐ろしいほどの剣幕でミスズに手を出していないのかと『キクゾウ』と『黄雀こうじゃく』に問うてくるのであった。


「安心するがよい、ヒュウガ殿。俺達の相手をした『妖魔退魔師』はその『ミスズ』とかいう人間ではない。俺が直接聞いた名は『特務』所属の『カヤ』という者と、確か……『サシャ』と呼ばれておる者だった」


「カヤ……? そんな妖魔退魔師の名は私には聞き覚えはないが、サシャ殿とやらは確か、奴らの組織の『二組』の副組長を務めていた女の名だった筈だ。どうやら本当に『ミスズ』殿とは戦っていないようだな。焦らせやがって……」


 心底ほっとしたというような表情を浮かべながらそう告げる『ヒュウガ』を見て、キクゾウと黄雀こうじゃくは顔を見合わせるのだった。


「まぁ、最悪の事態だけは避けられたみたいだが……。それにしてもキクゾウよ、私は『ジンゼン』に『王連』を使わせろとお前に命令した筈だぞ? それを勝手に私の命令に背き、剰え『組長格』ですらない若造共にいいようにされただけに留まらず、おめおめと無様を晒しながら敗北したとの報告をしにくるとはな。情けないとは思わなかったのかね?」


「そ、それは……」


 どうやらヒュウガも思い通りにいかない事の連続で、相当に頭にきているのだろう。


 普段の彼であればもう少しマシな言葉を使っていたと思うが、今回は辛辣な言葉を並び立てて自身の右腕であるはずの『キクゾウ』にくどくどと苦言を呈するヒュウガであった。


「戦場から報告に戻ろうとする事を提案したのは主ではなく、俺だヒュウガ殿」


 口ごもる『キクゾウ』の代わりに『黄雀』が口を開いた。


「ほう……? 何故そんな真似をしたのだ『黄雀こうじゃく』。まさかお主程の妖魔が臆病風に吹かれて逃げたくなったとでも?」


「臆病風とは違うなヒュウガ殿。冷静に見極めた上で退かねばやられると判断したまでだ。お主は副総長の『ミスズ』とやらを甚く気にしておるようだが、当代の妖魔退魔師達は、その多くが侮れぬ力を有しておる。一人一人を相手にするのであれば、確かに何とか出来たかもしれないが、あれだけ固まって一気に反抗されたならば、この『黄雀こうじゃく』であっても退かざるを得なかった」


「……」


 堂々とヒュウガの目を見てそう言い放った『黄雀こうじゃく』に、流石のヒュウガも苦い表情を浮かべて何かを思案し始めるのだった。どうやら『黄雀こうじゃく』の話す内容が本心であると理解したのだろう。


「お前がそこまで言い切る程までか」


「間違いなくこのままでいれば全滅は免れぬぞ? ヒュウガ殿が思っているより遥かに厄介な連中がこの森に揃って居るとだけ断言しておこう」


 ヒュウガは『黄雀こうじゃく』の言葉に小さく舌打ちをするのだった。


(本当に何もかもが上手くいかないものですね。本来であればここに『イツキ』が居て、目障りな妖魔退魔師達を片付けた後、ゲンロクの居る里へと襲撃を行い、一気に勢力を伸ばす準備を整える事が出来ていた筈なのですが……)


 理想と現実の差を思い知るようにヒュウガは溜息を吐くと、ゆっくりと顔をあげるのだった。


「仕方がない……『ジンゼン』達が戻ってきたら、一度この『加護の森』を離れて、別の場所へと移動を行う。この場に残っていても、もう事態が好転する事はないだろうしな」


「そういえば『ジンゼン』達は何処に? 私がここに来た時は『魔力』が枯渇しかかっていた為に、休んでいるようにと伝えておいたはずなのですが……」


 この場に居たはずの『ジンゼン』と『退魔組』の者達の姿もないことにようやく気付いた『キクゾウ』は、嫌な予感がしつつも恐る恐る『ヒュウガ』に尋ねるのだった。


(そういえば主は『王連』を使役している人間が、こやつの命令で動かされたことを知らぬのだったか)


 『黄雀こうじゃく』はすでにジンゼン達が何処へ向かっているのかを知っている為、静かに胸中でそう呟く。


「私がこの洞穴に姿を見せた時に『ジンゼン』は、もう『王連』を使役するだけの魔力が戻ったと私に伝えてきたのでな。それならば『退魔組』の『特別退魔士とくたいま』達と協力して、この場所から一番近くまで来ていた『妖魔退魔師』達を始末してこいと命令しておいたのだ。流石にあの人数に加えて『王連』まで一緒なのだから心配はない筈だろう。そろそろ戻ってくる頃合いだと思うが……」


 そう言ってヒュウガは『ジンゼン』の魔力を探り始めるが、その『ジンゼン』の魔力を探知する事が出来なかった。


 しかし探知が出来ないのも無理はない――。


 ――既に『王連』だけではなく『ジンゼン』もまた、敗れ去ったあとなのだから……。


 ……

 ……

 ……

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